転生したら青森だった!

ゴッドブレンド

第1話 明けない寒波

「連日2m以上の雪が降り続き、排雪も間に合わない状態になっています」


 地元のニュースキャスターが青森市内の雪が降る光景を映していた。

 それを横目で見つつも、毎朝の日課である仏壇に水と線香をあげる。


「お父さん、毎朝、雪がいっぱい降って大変だよ」


 手を合わせた先にある仏壇の父の写真は仏頂面だ。

 生前もあまり笑ったりする事は多くない人だった。


 父が亡くなって15年。

 所有している広い敷地を持て余しながらも母と2人で暮らしている。

 自分も38歳とよい歳になってくると、除雪に手間取るようにもなってきた。


「さすがにきついから、使わせてもらうよ」


 そういって仏壇の前で、腰に手を当てて『強化』を使う。

 腰痛が酷くてたまらない。


「あーら、魔法だったら、よぐわがんねぇもんば、まだ使って!」


 母がそれに気づいて、シップを投げるように置いていく。

 30年近く経つのに、母は自分が使う魔法に対してまだ苦手意識があった。


 そう、自分は魔法が使える。

 正確に言うと覚えているのだ。この世界に来る前の前世の記憶である。



 前世の事はもう段々と記憶も曖昧になってきたが、この世界で言う中学生くらいの頃から施療院と呼ばれる施設で働いていた。魔法による人々の治療をする国の施設で、孤児上がりだった自分には、仕事と生きていく事を両立できる場所として労働できる機関だった。そこでの記憶はあまり思い出したくない。


 結論から言うと、自分は魔法の使い過ぎで勤続2年で殉職することになってしまった。国としてそういった機関を立ち上げたところまでは良かったが、労務管理まではまだ整っていなかったのだろう。若い命が真っ先に亡くなる環境というのは、前世の感覚では仕方がない事だと思っていた。しかし、その感覚もこの世界で生きていく上で違うものだと認識できるようになるきっかけがあった。



「おめぇ、んだったごとそんなこと許されるはずねぇ!」


 8歳の時、前世の記憶について思い切って父に話した際、怒鳴られた。


「わぁ、気持ち悪りぃごどわるいこと考えるった考える息子だじゃだな、自分犠牲にして仕事するって親悲しむや」


 いや、だから、孤児だという話もしたのだが、父はもうそれを忘れているのか。

 気持ち悪いと言われ、覚悟していたとはいえ、少しだけ言葉が心に刺さる。


おめぇおまえ、昔生きてた時の記憶あるって言っても16歳くらいで亡くなってるんだべ? それだばなら、まだわらしでまともな考え方でぎねがっただげだ」


 寡黙だと思っていた父が、ここまですらすらと話すのは珍しい事だった。

 自分も「親」というものと話す事には慣れていないのだろう。

 この時は父の言葉に含まれた意図に気づけていなかった。


「まだ、ほがになんが他になんかあるんだが?」

 

 そう言われて、初めて魔法の話をした。

 施療院は文字通り、治療をベースにした病院に近い施設だった。

 いわゆる、ゲームなどで言われる回復魔法の分類だろう。

 怪我人の治療などが主な職務として行われていたのだ。


「まだ使えるんだが?」


 父の問いに頷き、瞬時に指先へ小さな炎を灯す。


「わっ、あぶねぇじゃ!」


 驚く父。それから少しだけ考えるそぶりを見せた。


だばそれなら、どうしても人の為になる時以外は使うな。誰がさかに言えば悪用される可能性さあるし、人さもにも言うな。使い過ぎで死んでまったんだろしまったんだろ?」


「わかったよ、父さん」


 捲し立てる父に、おそるおそると答える。


「父さんじゃなねぇ、お父さんだ。お、つけろ。親の事、そんな軽く言うもんじゃねぇ」


 変な所に拘ると思いつつも、自分を受け入れてくれたらしい父。

 自分はそれに強く頷いたのだ。



 時は流れて大人になり、否、今世では大人になる事ができて。

 父が言っていた言葉を噛みしめられるようになった。


 この世界で、生きて、知識を得るほど。

 魔法というのは異質だとわかった。

 異質さは人と人の隔たりを大きくする。


 だからこそ、父が『気持ち悪い』とストレートに述べてくれたのは、周囲からそう思われても仕方がない事なのだ。今となっては父なりの言い方で教えてくれたのではないかと思えるようになった。


 こう言ってはなんだが、自分が生まれ育った地域である青森は、この世界における田舎と呼ばれる区域になる。田舎は人と人の距離感が良くも悪くも近い。人が人に関心があるから、異分子に対して過剰な反応が現れる傾向もあった。


 前世の記憶がある事を歪ながらも受け入れてくれた父には感謝している。あの日から家にいても良いという感覚ができて、心を落ち着かせられる場所として家族がある事を初めて知る事が出来た。


 しかし、そんな想いを胸に秘めて暮らす中で、事態は急転する。

 1日に3m程の降雪が続く日々が突如として、始まったのだ。



「し、死んでる」


 雪を掘り進むと、近所の人が雪の中からでてきた。

 氷漬けになって何日目だろうか。


 これで自分の知る限り、見た『人』の数は300人程になる。そっと遺体を横たえて手を合わせた。最初は埋めようとしていたが、あまりに数が多すぎた。

 今となっては遺体を簡単に整えて、横に置くだけにしている。


 住宅街は雪に埋もれており、掘り起こした家屋も停電で真っ暗になっていた。暴風雪でインターネットなどの使用もできなくなり、連絡手段は途絶えて久しい。


 最初は一時的な災害だと誰しも思っていたのだろう。しかし、違っていた。最後に見たニュースの内容が寒波への警鐘と気温もマイナス60℃を大きく下回る可能性がある事。そして逃げろという事だけを伝えていたのは覚えている。


 しかし、警鐘を鳴らすには遅すぎた。


 道路は雪で埋まってしまい、移動はできなくなり、暴風で空も見えない。救助らしきものの動きは一切なく、雪は霏霏ひひと積もっていき、人が雪に埋もれるのに時間はそうかからなかった。


 凍てつく気温。

 今はもうマイナス60℃より低い温度なのではないだろうか。

 正確な気温はわからない。知り得る手段がなくなっていた。


 実家は人が6人分ほど縦に並べれる高さはある氷壁に囲まれている。

 数年前に独自で編み出した『防寒結界』により、他の家同様に雪で埋もれる事はなくなったが、家を出て結界が作用していない部分は氷壁になっていた。


 食料の調達は難しい。

 食品を取り扱っているスーパーなどは深い雪の下になってる。

 ガスストーブなど、電気がなくても活用できる暖房がない限りは、家の維持すら難しい環境。雪下で氷漬けになっている家が大半だ。


 もはや、雪かきすれば解決できるレベルではない。

 雪をかき、氷を砕きながら掘り進めて、なんとか物資を調達するしかなかった。

 救助も見込めない為、もはや無人の集落と化したご近所の家から順に、食料や燃料を調達する事でしか生き延びる事が難しくなってしまう。


 これまで騙し騙しでやってきた魔法『強化』『付与』

 これけでは状況を打開するのが難しくなってきていたのだ。


 また、それらの労力に対して得られる結果はひどく、惨憺たる有様だった。

 自分一人であれば生きていく事は出来るだろう。

 ただ、母をこのままにしておくわけにはいかなかった。


 『他の人の目気をつけろ』


 この危機的状況において、父とのおぼろげな約束は破綻しつつある。

 父の警告は、この人がいない状況においては形骸化していた。

 守るべきものへの優先順位を変えて、これを明確に破らなくてはいけない。

 そう、最大の禁じ手であった『飛行』を使用することにしたのだ。




 空を飛ぶ38歳のおっさん。


 絵面は酷いが、上空からの光景はもっと酷かった。

 町が白に埋もれて、よほど高い建造物ではない限り、文明の痕跡として残っているものが目に見当たらない。雪の白さと暴風。風の音だけが支配する世界。

 街の明かりはもう、ない。


 海岸の方は表面が凍結しているのか、雪が積み重なっていた。

 どこからが海なのかわかなくなっている。

 港には倉庫もあるだろうが、それを雪で掘り起こすというには目印がなさすぎた。

 ただ白い山がいくつも重なって広がっているのしか見えない。


 それでも海岸側へ近づくにつれて、独特な三角型の建物が見えてくる。

 全長70m程あるこの田舎では一番高い建造物である観光施設だ。

 半分ほどが雪に埋もれているが、高いのと三角型の独特の構造故か。

 雪で倒壊していないようだった。


 文明の匂いが残る三角の建物へと、無自覚に飛行先を変える。

 この奇怪な三角型の建物は、上の階層で出っ張った部分に展望台があった。

 そこから見える光景はおそらくもう、ただの白一色だろう。

 常に風は強いまま。気候も変わり景色が見える時間はそんなに長くない。


「光……?」


 停電してから、かなりの時間が経っている。

 それだというのに建物の内部で一部光る所があった。自家発電だろうか。

 避難した人間がいるのかもしれない。


 一瞬だけ淡い期待が胸に湧く。

 だが上空から建物を見るに、当然ながら出入り口はない。

 地上から見える上層も表層は凍結しており、氷と雪で覆われていた。

 出入り口があった場所は既に雪に埋もれてしまい、境目もわからない。


 おそらく雪下、数十メートル下に正面の入口はある。

 そこまで雪を掘り起こして入れるだろうか。

 防寒具に通している結界よりも自身の外にいられる時間的な制限もある。

 ここまで来た手前。街中での探索拠点は確かに欲しい。

 一部出っ張っている展望台が目に入る。


 あそこから入るしかない。

 展望台の硝子を破った後は、中から『防寒結界』で建物を包めばいい。

 破壊した分以上の舗装は可能だ。

 即座に持っている鉄スコップに力を『付与』し始める。


「どるあぁぁああ!!」


 掛け声をあげてガラスを打ち砕くべく、空中からの突進。

 

 ゴーグルとマスクをつけていなければ、速度と外気で眼球はいかれているだろう。

 目的を見据えて、スコップを叩きこむように振り下ろす。


 想像していた以上に脆い音ともにガラスは破れた。

 すぐさま、滑り込むように中へ入る。

 破れたガラスの内側には、段ボールやらでバリケードならぬ補完している痕跡。

 それも急ぎ、蹴り飛ばす。


「人はいる!」


 驚きや喜びの感情が混ざり合った。

 少しだけ強く声に出してしまう。


(防寒結界、発動)


 声を出しながらも、侵入した箇所へ即座に『防寒結界』を張る。

 補装は元々貼ってあっただろう段ボールを一部貼りなおす。

 結界の起点とした。


「外よりかは温かい」


 恐らく気温としてはマイナス10℃くらいだろうか。

 これならばこの寒波前から有り得た気温だ。

 ギリギリ生きていける環境ではないだろうか。


 そっと、着けていたゴーグルを外す。

 外した瞬間に感じ取られた室温。人が生活する上で問題がないように感じる。

 『防寒結界』は物質のみを対象としているので、体面までは覆えない。

 着ている防寒具だけに通している。


「人がいるとしたら光が見えた中階か……」

 

 手袋をつけ直しながら、周囲を確認する。

 想像していたよりは展望台は散らかっていない。

 利用もされているようには見えない

 階層が上であり、ガラス面が露出しているからか。恐らく上の方が寒いのだ。

 

 普通の建物であれば、下からの熱量が上に伝熱する。

 ここは海に面しているだけ合って、底冷えの方が強いだろう。

 しかし、上空からの外気に曝されているのもあってか。冷え込んではいる。


 下の階層へ進もうとエレベーターと階段のあるフロアへ行く。

 案の上、階段の所から下へ寒気が降りてこないように補装されていた。

 当然ながらエレベーターまでには電気は通っていない。


 こうなると動かなくなったエレベーターの所から、飛行魔法で降りた方が無難かもしれない。考えながらも、ガクッと項垂れるように近くのベンチへ座り込んでしまう。


 ここまでの移動と、侵入する際の魔法行使で疲労していた。

 また、外のマイナス60℃より下の気温と室内の気温差でも少し眠くなる。


「おっさんには重労働すぎる。少し横になろう」


 一人でそう呟きベンチで横になる事にした。

 少し回復してから進むことにしたい。




「工藤、上から何かが割れた音がしたっ!」


 10階で作業していたはずの佐藤が、異常が起きた事を報告してきた。


「どったら、音した?」


 6階の貸し会議室で石油ストーブをばらしメンテナンスをしている工藤。

 そっと作業を止めて聞き返す。


「なんが、ガーンって!」


 鈴木は言葉にならない表現しつつも、焦っているようだった。


「もしかしたら『2階のアレ』が上の階に移動したんじゃねっ?」


 鈴木はそう言うと顔を曇らせていく。

 

(1階からどうやって上の階層に移動するんだ? 物理的に無理だろ……)


「大丈夫だや。それはねーよ。物理的に無理だ」


 工藤は内心とは別に、相手を落ち着かせる言葉を選ぶ。


「物理ってなんだよ! あいつきっと上さ移動したんじゃねっ!?」


 この話になると鈴木は変な事を言い始める。

 余程『2階のアレ』に対して恐怖心が植えつけられているのだ。

 安心させないと暗い感情に捉われたままになる傾向があった。


「わがった。それじゃ、2人で上の様子を見に行ぐが」


 鈴木は怯えと困惑の混じった目をしていたが、それでも頷いた。



 展望台の窓を突き破ってから、15分くらい経過しただろうか。


 座り込んで水分補給をしていると、ドタドタと騒がしい音が聞こえてくる。

 それが下からだと気づく前に階段側のドアが開かれた。

 突如として二人の男が入ってくる。


 やはり人がいたのだ。

 数ヶ月、凍死体しか見ていないので、生きている人間を見て安堵してしまう。


「おっー……」


 声を掛けようとしたが、それよりも先に二人組の一人が大きな声をあげた。


「うおおぉぉぉっ! ほんつけぇぇっ!」


 赤い消火器をこちらにむけて噴射した。


「うぇぇええ!?」

「おぉぉぉい!?」


 消火器男の隣にいた男と、自分の感嘆符と疑問符が重なる。

 消火器を持った男の歩みは止まらない。噴射しながらこちらに近づいてきていた。


「どわわわわ」


 気温が低いので噴射される粉末が冷たい。

 直接かかるので『防寒結界』を貫通してくる。

 咄嗟に持っていたスコップに結界を扇状に掛けて、盾のように防いだ。


 こ、腰が痛い。防ぐ際の体勢が悪かったようで、反動で後ろに倒れそうになる。

 仕掛けてきた人間も直近まで迫っており、消火器を持ち直そうと構え直していた。

 まさか、あれで殴るつもりだろうか。


「ただでねぇ! 待で待で、待ってくれ!」


 一緒にいた男がごちらに向かって走りながら叫んでいる。


「工藤っ!? どげ! そいつ処理しないとっ!」


「んでねーべ!?」


 目の前で物騒な会話のやり取りが始まっていた。

 けれども、それでなんとか消火器の噴射は止まってくれてもいた。



 二人とも20代前半くらいだろう。

 ここは公共施設のはずだ。

 仮に占拠した人間の物だったとしても、いきなり仕掛けてくるものだろうか。


 警戒しながらも体勢を立て直しながら立ち上がる。

 それに気づいてか、工藤と呼ばれていた男がおそるおそると話しかけてきた。


「すみません! あ、あの、ほんとうぅぅに……! すみませんでした! 僕ら、ただちょっと上の階から物音がしたから様子を見に来ただけで……」


 様子を見に来たついでに消火器を噴射したのだろうか。


「い、いや、その、お邪魔なら退散するよ」


 鉄スコップを持ち直し、入ってきた窓に向かう。

 いや、さすがに飛ぶ所を見せたら駄目か。

 人目がある事に気づいて咄嗟に動きを止める。


 展望台の割れた箇所を基点にした結界も解除しようかとも考えた。が、自分が去った後の事を考えるとそれもあまりよくないだろう。


「いや、待ってください! お互い第一印象はちょっと悪かったと思うのですが、少しお話ししませんか? ここに閉じ込められてから外部と連絡もつかなくて人と会うのも久しぶりなんですよ!」


「ちょっと悪かったではすまないファーストコンタクトだったと思うのだけど……」


「鈴木ぃ! お前謝れよぉお!」


 後ろで控えていた鈴木と呼ばれる男に向かって突然叫び出す工藤。

 いきなりの怒声に近い叫びに自分も驚く。

 なんだろうか、この人達は。大丈夫なのだろうか。


「謝れと言われたので謝りますっ!」


 そういうと消火器を持っていた鈴木と呼ばれた男は、消火器を置き目礼をした。

 正直謝る態度ではないと思うが、そこに拘っていても仕方がない。


「わ、わかったよ、いきなり襲い掛かってきた人間に話せることは少ないけれど、それでもいいならどうぞ」

 

 事前に少ないと言っておくことで、ここまでたどり着いた工程方法である魔法に対しての説明を省く。仮に聞かれたとしても答える気はない。


「あ、はい!ここでは何なので、下の温かい所に行きましょ」


 工藤とはそう言うとしたにいくように促してくる。


「10階で冷凍帆立の汁物を作ったんだっ、それ食べようっ」


 切り替えが早い。この鈴木という男はあまり深く考えないタイプなのかもしれない。工藤という男だけであれば、話を聞く気にはなれなかったが、むしろ、この何も考えていない鈴木の態度を見て警戒が薄らいだ。


 2人は入ってきた階段へ向かう。自分も後へ続く。お互いに疑いも少しあったろうが、自分はそれ以上に人と話せたことで何かを見出したかったのかもしれない。少しだけ抱えてきた問題を紛らわせられる気がしていた。




「なんでこの本州最北の海沿い側に熊がいるの……」


 一通りの話を聞いた後に質問する。

 下の階層に降りて、この寒波以降で初めての人との情報交換をした。

 事前に話しで聞いていた通り、室内の気温は温かい。

 久しぶりに20度以上の気温で過ごす快適さにも驚く。

 

「わからないですっ。ただ、あの日、雪が降り続けて逃げてきた日に停電していた自動ドアを手動で開けたままにしていたから、入ってきたのではないでしょうかっ」


 鈴木と呼ばれた男が、なんとか拙いながらも丁寧にこちらへ伝えようとしていた。


「いや、そうではなくて……」


 なんで海側に熊が降りてきているのか。熊自体、山の方ならともかく、ここにいるのがよくわからない。信じられない話だが、二人の話では食品やお土産を多く置かれている1階のフロアに熊がいるそうだ。それもかなり大きいらしい。


「疑問はごもっともなんですが、来たんじゃないですかね?」


「いやいや、なにを言って…」


 言いかけたが、工藤は真摯な目でこちらを見ている。


「信じられないかもしれませんが、雪崩がすぐここまで来てしまったんですよ」


 二人とも自分に対しては訛りがほとんどない話し方をする。

 おそらく県外に出た事があるのだろう。

 あまり訛りのない自分を見て使い分けているのか。


「あまりに降雪量が多くて雪崩が起きている事なんてわからなかったんですけどね。けど、この施設の高い所から海側を見るとわかります」


 工藤の推測に御馳走になっていた帆立のスープの器を置き、窓側へ行く。

 ここは10階で確かに高い場所になるが、窓から外の景色を見る。

 来る前にも散々見てきた白だけの光景だ。


 海に面したこの建物があったから、海とのおおよその境界線は推測できる、が。


「い、いや、そんな、雪で海面が覆われているだけだと思ってたけど」


 景色を見てようやく気づく。


「そうです。見える範囲の海の部分だと思っている所は、それだけの雪が降り積もり、山側から海岸側へ流れてきた可能性があります」


「そんな話あるわけないだろ……」


 否定しつつも、降雪だけで実家周辺が雪に埋まっていた事を思い出す。

 貯まった雪はどこに行くか。下に流れるだけである。

 自分は説明のつく光景を何度も見てきたのではないか。

 家にかけていた『防寒結界』の有能さ故に、認識が浅かったのかもしれない。


「僕たちも雪が降り続けてからは、外に出れなくなっているので、真偽の確証は取れません。1階と2階も熊に占拠されていますし、なによりお土産コーナーなどの食品もほとんど食ベられてますので」


「熊にとっては運がよかったわけだね」


「でも俺らにとっては運が悪かったすっ!」


 今の話は信じられないが、工藤の推論は大きく外れていない気がした。

 鈴木は威勢がいいけど、特に何も考えないで喋るタイプなのもよくわかってきた。

 久しぶりに人と話す安心感のようなものがこみ上げてくる。


 もらった情報の代わりに、先に魔法の事は伏せて、外の状況で知ってる範囲の事は二人に伝えてみる。


 家から一歩も出ずに状況を傍観していた自分。

 街を展望できる中央拠点にいた若者の見解。


「やはり人と話をして、情報交換できたのは良かったよ」


 それらを比べて、素直に礼を述べる。


「こちらもです。鈴木が外に出たがっていて、一時期は3階の窓を突き破って外に出ようした時があったのですが、止めて正解でした」


 周囲が20m以上の雪で覆われている以上、3階から飛び降りる……というより掘り起こしていくのは可能だと思うが、そこから先は文字通り道がない。雪を掘り起こして前に進むしかないのだ。彼らの行く末が行き止まりになるのは明白だろう。


だばそれなら、どうしても人の為になる時、以外は使うな』


 父の言葉が頭をよぎる。既に決心は固まっていた。


「さて、それじゃあ行ってくるよ、階段のバリケードは解除しないから安心して」


「えっ?どこにいくんです?」


「1階。熊退治さ」



 1階と2階はエスカレーター続きで繋がっており、部分的には一つのフロアとなっていた。全階に行けるエレベーターは停電で止まっており、階段だけ封鎖すれば確かに熊は上がってはこれない。


 3階の階段もバリケードを施し、鉄の扉でロックもかかっている。3階自体を放棄する形にはなるが、安全を優先してきていたのだろう。工藤の気持ちはわかる。


「若いのに慎重な性格なんだろうな」


 『付与』と『強化』でひたすらスコップで雪を掘り続ける。

 2階の外壁の窓へ向けてだ。


 外での稼働時間は限られているが、排雪は雪に『防寒結界』を掛けて出力を外側へ向ける事で、自動的に外に噴出させるようにしてみた。


 この手法は初めてである。工藤の部分封鎖と鈴木の消火器を見て思いついた。要は外に出す力をどこに向けるかだけだ。もっと早くに気づいてればよかったと思う。


「魔法自体、お父さんとの約束あったから止めてたけど、人助けだからいいだろ?」


 吹雪ではないが心身と積もる雪。誰もいない空間で、亡父に向かって呟く。


『人の為になる時、以外は使うな』


 ――今が正にその時だろう。



 30分程、極寒の中で雪かきをして、2階の窓ガラスを割り建物内部へ降り立つ。

 そのまま音を立てずに歩くと、1階の玄関口の方に熊はいた。

 2メートル弱は身の丈があるようで、確かにでかい。


 音は立てていなかったが、すぐにこちらに気づいて突進してくる。


「ごめんな、この状況でお互いここまで生き延びてきたのに」


 思わず言葉にしてしまう。

 そして先程、上の階から拝借したペットボトルを取り出し蓋を開けた。


 瞬間、中から下へ垂れ落ちる水に『物理付与』温度変化による凍結。

『防寒結界』による止まったエスカレーターを上がってくる熊へと軌道経路を作成。

 そして即時、発動させる。

 瞬時に形成された大きなつららは加速し、熊へと突き進む。


「そうか、多分これが『攻撃魔法』なんだ。応用の問題だったのか」


 物理を無視した加速する氷槍は、熊を貫通し。

 勢いを止めずそのまま熊ごと壁へと突き刺さった。


「内にこもっていたら、わからないよな。外に目を向けないと駄目だったんだ」


 すぐに動かなくなった熊を見て、初めての『攻撃魔法』の行使、実践を終えた。




「うわっ、きったねぇっー」


 熊が荒らした一階の汚れっぷりを見て鈴木がぼやいている。


「こ、これ1人でやったんですか……」


 絶命している大きな熊を見て、工藤は驚いていた。


「一飯のお礼だよ、それとこれをあげよう」


 持っていたスコップを渡す。


「えっ、これは?」


 鉄スコップならこの施設にもあるのだろう。別段、ありがたくはない代物だ。


「これで雪かきして環境を整えればいい」


「いや、雪かきってそういう量じゃないですよ」


 工藤がそれはないと言いつつも、スコップを受け取る。


「なんでも、外へ目を向けてみないと先に進めないからね」


 受け取ったスコップが想像していた以上に軽いことに気づく工藤。


 『付与』されたスコップなら、雪もソフトクリームのようになる。

 優れ物なので活用して欲しいのだが。


「それじゃ、帰るよ」


 別れを告げて『飛行』を使う。


「と、とんでるっ!?」


 驚く鈴木を見て左手をあげた。

 これまで隠してきた魔法を人前で見せる事にしたのは、もう決めていたからだ。


『どうしても人の為になる時、以外は使うな』


 それなら人の為に使おう。

 父から受けた忠告の返答を何十年も経って出していた。

 そして、そのまま2階の割れた窓から飛び立つ。


「なんだったん、あの人……」


 受け取ったスコップを持ちながら呆然とする工藤。


「わやだ。空飛ぶおっさんだっ……!」


 鈴木は割れた窓から寒気が入ってこない事に気づかず、壊れた窓を見ていた。

 

 久しぶりに見える空からは、尾を引く光芒が見える。

 すぐにまた曇り、雪が降り続けるかもしれない。


 もしかしたら、一瞬かもしれない。

 それでも、確かにその時に見た空は晴れていた。

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