第53話

 「う…っ…。」


 広い祭典場を呻きながら片腕で這いつくばって前進する。

 使えない片腕が血を流し、ただ服を汚しているのが不快だ。


 レイは目標物に向かって真っ直ぐと進んでいた。


 案外一定の苦痛は気絶を防いでくれるものだなんて呑気なことが浮かぶ。いや、そんな事でも考えないと前に進めない。

 

 ひたすら一心不乱に進むと、ようやく手がリクの腕に触れた。


 うつ伏せになったままリクは体勢を一つも変えていない。

 恐々と腕を掴み、脈を確認する。


 「…良かった。」


 リクの無事を確認してホッとする。

 壇上ではゼインズとアルディアが横たわっているが、生死の判別がつかない。


 「ゼインズ…!!」


 だが心配するのも束の間、雷が近くでドンと音を立てて落ちて来た。


 アルディアは動く様子も見せないし、ゲルトは再起不能だった筈だ。

 それであればこの凄まじい攻撃は残る一人しかいない。


 「…ドルマン…!」


 まだ生きているのだ。

 それもリクがこんな状態なのに対し、あちらは魔術まで放つ余裕さえある。

 まして二足で立ち上がることもできず、ドルマンがどこにいるのか見渡すことも不可能だ。


 「…どうしたら…!?」


 焦るレイを追い詰めるかの様に、炎が降って来る。

 耳と傷に熱さを感じ、衝撃音が響く。


 「…っ…。」


 「あなた…!」


 あまりの激しさにリクが微かに呻き声を漏らした。

 助力に期待したいが、変わらず目は閉じたままである。

 とにかく攻撃に当たらない様に的を小さくさせようと、リクの体にしがみつく。

 二度、三度、幾度となく周囲に雷が落とされるが、伏せているだけで何もできない。

 半ばヤケだが、せめて攻撃がどこから現れるかだけでも窺おうと仰向けぎみに体勢を変える。

 半身で寝返りを打つと、足の近くに何か光るものが目に入った。


 「…あ…!」


 短剣だった。様々な攻撃に巻き込まれたのか、最後に見た場所からえらく遠い所に吹き飛ばされていたらしい。

 ドルマンに気付かれぬ様に、足で手繰り寄せて懐に収める。

 攻撃が繰り出されるのに備えて素早く動いたが、運良く何もなかった。

 数秒遅れて炎が少し離れた位置で通り過ぎる。


 「…?」


 攻撃があまりにも鈍過ぎる。

 おまけに一度も命中すらしていない。

 もしやドルマンはこちらを確認できない状態なのではないか。

 とは言え相手の状態も分からぬまま、頭を上げて確認するのは危険である。

 そのまま無駄に攻撃をやり過ごしていたが、後頭部にドルマンの攻撃とは違う振動を感じるのに気付き、レイは床に密着した。

 耳を澄ますと、地響きの様に何かが唸る様な音が床下で渦巻いている。それも段々と音が近付いているではないか。

 

 ドン---!!


 「きゃっ…!?」


 リクが空けた床の穴から何と炎の塊が噴き出す。どうやら魔術が上昇していたのを後頭部で感じ取っていたらしい。


 「が…っ!!」


 穴の周辺で呻き声が聞こえたので、目を向ける。

 最後に目にした姿より痛々しくなったドルマンであった。

 片目が潰れたのか、手で抑えて弱々しく歩いている。

 

 「リカルド!!無事か!?」


 「ゼインズさん!!レイさんもいますか!?」


 追って穴の下からシードルとジェーンの声が遠く聞こえて来る。

 返事をしたところで、穴から今いる場所までは遠い。

 代わりにハンカチを出し、風を吹いて穴まで飛ばした。


 ドン---!!

 

 ハンカチが下に届いたタイミングでまたも炎が下から打ち上げられる。

 賢いシードルはレイが穴から距離のある場所にいると判断したに違いない。

 目視できる範囲で助力しようと攻撃を何度も打ち込んで来る。

 しかしドルマンとて逃げない程馬鹿ではない。

 よろよろと歩きつつも、あの状態にも関わらずまだ防御壁でしっかりと身を守っているいる。大分穴から距離が遠のいた。


 視界が狭くなり、こちらに気付いていないのか、攻撃が止んだ。


 チャンスである。


 今この場でドルマンを仕留められるのはもう自分しかいない。

 防御壁を掻い潜る魔術など自分には不可能である。残る戦術は肉弾戦のみだが、魔術で無双する相手に、ましてやこの体で通用するのか。


 腕から意識を剥がして、腹と脚に力を込める。

 二本の脚でどうにか直立するも、失血のせいでふらついていてすぐに尻餅をついた。


 「…どうすれば…。」

 

 拍子にカランと鞘の中で短剣が音を立てる。


 短剣を鞘から出して握り込んだ。


 いや、歩けないのであれば這えばいい。

 まだそれくらいの体力はある。


 「少し待ってて下さいね。あなた。」


 変わらず何も応えぬリクの顔を少しだけ眺め、ドルマンの元を目指して這いずり始めた。


 


 


 「視覚に隠れましたね…。いる位置さえ分かれば攻撃できるんですが…。」


 ジェーンが天井に開いた大穴から目を凝らしてドルマンを探している。パラパラと降ってくる床材の破片が降り注ぐのを頭を振って払い除けた。

 それを見てシードルが眉間に皺を寄せる。


 「…まずい。それどころじゃないな。」


 建物の崩壊は止まる筈もない。

 本来なら上階に向かって手助けなんてしている暇はないのだ。

 それどころか攻撃ばかりして損壊に加担していては救命にもならない。


 「先程の様な大型の攻撃でなくて…少しの攻撃ならまだできますか?」


 「程度にもよるけど…。今のオレの技術じゃ加減は難しいよ。」


 舞ってきたレイのハンカチを強く握り締めてシードルは天を仰いだ。

 今は上階から建物が崩れる音しか聞こえて来ない。魔術の攻撃音が聞こえないということは、リクやゼインズが再起不能になっていることも考えられる。


 頼れるのは重傷のレイのみ。

 

 「…ジェーン。君耳いいよね?ドルマンが檻に火を仕掛けたのにすぐ気付いてた。足音聞こえる?」


 「え…?ええ…。でもここからじゃ流石に誰の足音か…。」


 「多分リカルドもレイもあの怪我じゃ歩けない。ゼインズならとっくの昔にドルマンなんて仕留めてるだろうし。」


 「なるほど…。分かりました…!」


 そう頷くとジェーンは耳を澄まして、一定の方向を指差した。


 「魔導士ってのは如何に勉強と訓練ってもんが必要か分かるよ。」


 目を閉じて集中し、かつてに記憶した公式を思い出す。

 ジェーンの指差した方向に目を向けると、シードルは一気に鋭く細い雷をそちらへ放った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

黒のつがい @kdbsd011

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ