第52話

 崩れる住まいを魔術で修復する手立て等ない。

 家にいた魔導士達だけでなく、最下層達も逃げ出してパニック状態に陥っている。

 この様子だと誰が頭首の敵かどうかも判断する暇はなさそうである。髪色の違うレイだけ隠しておけば、無駄な戦いを避けられる。


 そろそろ2階に近づくかどうかという頃、ジェーンが足を止めた。


 「先に進んでて下さい…。」


 レイが出血していたからそちらばかり気を取られていたが、ジェーンの息はかなり荒い。ずっと腹部を押さえているのを見て、シードルは抱えてやれない非力な自分が腹立たしくなった。


 「何言ってんの。掴まって。左の方でもいいから。」


 「…肩を痛めます。」


 「いいから。」


 グイとジェーンを引き寄せると、軽い自分の体が浮いてこけそうになるのを踏ん張って留める。


 このままジェーンまでも動けなくなってしまったらどうなるのか。


 リクは今頃…。

 

 シードルの心中はざわつく。


 「シードルさん…。」


 「ん…?うん。」


 自分の顔を見て、ジェーンもつられて無言になった。

 急ぎ足になってしまうと、ジェーンは速度に追いつけない。だが、そんな気の利くシードルにこれ以上負担をかけてはならまいと、ジェーンは顔を歪ませ必死に速度を上げていた。


 「君って子は…。我慢強過ぎるよ本当。」


 「…力の源が近くにありますからね。」


 「え?」


 そう言って笑顔で数秒見つめられるが、よく分からず首を傾げる。


 「いえ。今は分からなくて結構です。」


 ジェーンは首を振って進路を真っ直ぐ見据えた。歩ける子供達は一緒になりながらジェーンに手を貸す。


 「…あら?」


 ジェーンが違和感を感じたのか、目で子供達を一人一人見つめている。


 「どうしたの?」


 問い掛けると、不思議そうな目で頭を振って子供達を数え始めた。

 

 「皆さん…。もう一人歩いてらした方がいらっしゃいませんでした?」


 子供達はキョロキョロと見ると、あっと小さく叫ぶ。


 「イーサンがいない!」


 「オレならここだよ。」


 そう言って一人の少年がカートの上の布をめくって顔を出した。


 「歩けよ!ずるい!」


 歩く子供達が不平を漏らすと、少年は首を慌てて横に振った。


 「違うよ!お姉さんが代わりに乗ってって言ったから…!」


 その言葉にシードルとジェーンは歩みを止めて顔を見合わせる。

 ジェーンがカートの上の布を剥ぎ取ると、レイの姿はそこにはなかった。


 「…レイ…!!」


 引き止められるのが分かって、途中で子供と入れ替わったのだろう。

 リクの元に戻ったのは明快だった。


 上階の外壁が粉になって崩れ落ちている。

 ジェーンを連れて脱出する事はできるだろうが、これでは式場に戻るまではもう保たない。


 崩れる粉があの時の火の粉を思い出させる。


 「リーゼルグの敵を討ちに来たんだ…。それなのに…オレ…。」


 感情がひとりでに言葉になって漏れる。


 本音はリクと一緒に残って戦いたかった。

 また家族を守れずに、同じ結末を迎えてしまわないか不安で仕方ない。


 「皆さん!!早く逃げて下さい!!」


 反応しなくなったシードルを他所に、ジェーンが子供達を階下へと走らせている。

 

 いけない。

 現実を直視するのも忘れていた。

 きっとリクもレイも無事だ。

 思考を騙してとにかく目前の事を消化させようと切り替える。


 「ごめんジェーン!ほらコレ乗って。」


 カートに入るのかと思いきや、ジェーンは上に掛けていた布を腹部に巻き付け始めた。うっと苦しそうな声を上げると、布をきつく固定して締め上げる。


 「えっ?何やってんの?もうちょっとで外じゃん!」


 「…今から上がってももう遅いかもしれませんね。」


 ジェーンが唇を固く結んで式場の方角を見つめた。

 カートに乗り込むとシードルの瞳に訴えかける。


 「行き先を変えていただけませんか?」


 「行き先?」


 ジェーンが少し先の方角を指し示す。

 そこには何もある訳もなく、ただ魔導士の部屋が並んでいる。


 けれど位置関係から式場の真下である事は分かった。

 

 「君…もしかして一人でも最初っからそっち行こうとしてた?」


 少し笑いながら頷き、ジェーンが肯定する。


 「下から援護するんです。当たらなくてもいいなら私も魔術は出せますし。」

 

 建物の上方のどこかで地響きが聞こえた。

 膝に揺れる感覚が伝う。


 「戦う事もできない人間の案ですが…どうかご協力いただけませんか?」


 ジェーンが目で訴えかけてきた。


 何も意見などある筈がない。


 「オレの人を見る目を侮らないでよ。」


 そう言うとシードルはカートを押して走り出した。


 








 

 剣と剣が絡み合い、高い金属音が鳴り響く。

 ゼインズとアルディアの怪我の具合はいつの間にか同程度になっていた。

 アルディアの防御壁の隙間を突いて、足に雷を落とす。


 「ぐあぁぁっ!!」


 さぞ傷に沁みたのだろう。防御壁は崩れ、アルディアは膝を折って悶えている。

 

 「魔術を封じる図形はここには無いのか。これは残念だな。」


 アルディアの歯軋りが響く。


 「馬鹿めが。そんなものはほぼ教会にあるに決まっている。」


 「ならば何故ベルドールの代からここまで拡大できた?教会にあるならば前王がいち早く抑えを働かせるだろうに。ガーダーは王に立ち向かう事ができなかったんだろう?」


 完璧な防御壁を作り上げ、ゼインズは剣の先をアルディアの喉元に突き付けた。


 「だから一部を贄にする。」


 「何?贄だと?」

 

 「一族の戦力を自ずから削るのだ。一定数の人間にあの武器を触れさせる様に仕向ける。」


 その言葉をようやく理解できた時、ゼインズの目は一人手に開く。


 つまりある種の協定だったのだ。


 魔術を封じる力を持ちつつも、今やエラリィ家の存在は戦争や防衛には欠かせない。

 だがダズル王はいくらか勢力を削ぐ事で、扱いやすい少数を管理下に置く対策を選択したのだろう。

 エラリィ家は図形を持つ教会、引いては王に逆らう訳にもいかず、一族の何人かを図形に接触させ一定数の魔導士に保っていたのだ。

 

 「先々代の頭首の時迄は幾度か王が奇襲を仕掛けてくる事もあったそうだがな。我が父の代では一度もそんな事は起こらなかった。」


 得意そうな顔で鼻を鳴らすアルディアに嫌悪すら湧いてくる。


 ダズル王は統治を怠っていた訳ではなかったのだ。一族の強さに呑み込まれてしまい、それでも国を維持させる為にこの協定を選択肢として選んだのだろう。

 

 「その協定がどれ程人の人生を歪めたのか分からないのだろうなお前には。」


 「腑抜けた台詞など吐くな。エラリィの栄華を存続させる為には止むを得ん。歴史を紡ぐ重責を担わぬ者が意見するな。」


 所詮意見が交わる事など有り得ない。

 分かってはいたが、やはり決着をつけなければ先には進めない様だ。


 興奮した所為でアルディアの喉が刀に当たり、切先が血で染まる。

 その血を武器の図形目掛けて散らすと、アルディアは大慌てで水を振り撒いた。

 隙ができたのを見計らい、ゼインズは走り出す。


 「な…っ!!」


 一瞬の油断を悔やむ声が耳に入った。


 容赦なくゼインズは強烈な雷と一太刀を叩き込む。


 「が…あ…っ!!」


 雷でアルディアの体が痙攣し続けている。

 これでは集中など一向にできまい。

 そんな体の震えを抑えようと右腕を曲げると、半分が消え失せているのにようやく気付いた様子である。


 「こ…の!!」


 アルディアの猛る声と視線が先代にとどめを刺した場面と重なる。

 手を緩ませる訳にはいかない。

 次々と放つ雷は確実にアルディアを弱らせている。


 親子二代続けて同じ手法で手にかけるとは何たる宿業か。

 ゼインズはもう一息とばかり、瞼に力を入れる。


 ダン!---ダン!---


 連続した雷がその度に激しく鳴り響き、アルディアへ次々と落とされる。

 

 「ゼイ…ン…--。」

 

 微かにそう聞こえたが、声は途切れた。


 アルディアの頭は垂れ下がり、ついに体をぐったりと床に伏せた。


 それでもゼインズの攻撃は止まらない。


 アルディアの体は雷に反応して、波打つ様に動いている。

 もうその体に意識が宿っていないのは明らかだった。


 やがて雷はうつ伏せになっていたアルディアの体を仰向けにひっくり返した。


 惨たらしく最後に一発また雷を打ち込み、ゼインズはようやく攻撃を止める。


 アルディアに近付き、グレーの双眸から生気が抜けているのを確認すると、ゼインズはその瞼を手で閉じる。


 長年の重責から解放された頭首の顔は実に安らかだった。

 昔のアルディアの面影が残っている。


 「…お前と私の人生も少しの違いだったのかもしれんな。」


 脳裏にカロリーヌの顔が浮かぶ。

 緊張は解け、後に残るのは激痛と朦朧とした意識だけである。


 ゼインズはアルディアの隣で体を横たえた。


 ふと壇上の下にゆっくりと動く金色の物体が這っているのに気付く。

 まるで吸い寄せられる様にそれは倒れたリクの方へと近付いて行った。


 先を見届けたいが、体がそれを許さない。


 ゼインズの瞼は閉じられた。

 

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