第51話
「おい起きろ。魔術が使えるか試せ。」
檻の中で倒れている子供にドルマンがそう言い放つ。意識が混濁しているに違いないが、頭首の息子の命には逆らえないのだろう。それぞれがどうにか頭だけを上へ向けて虚空を見つめ始めた。
5人いるが、内2人が頭を上げるのを止めてまた倒れる。
意識を失ったのか、最悪な結果になってしまったのか、こちらからでは確かめられない。
まだ首を上げている3人の中に、あの少女の姿が見えた。
ドルマンにとってはただの兵隊だろうが、こっちは情を捨てきれない。攻撃に巻き込む事は避けたい。
「動け。リカルドに攻撃を仕掛けろ。」
3人が怯えながらも目をこちらへ向ける。
流石に怪我を負った状態で人数差があればひとたまりもない。
防御を張り巡らせて身を守るが、数秒経っても何も起こらなかった。
「失敗か…!」
ドルマンが舌打ちをすると、3人を睨み付けた。忽ち炎が子供達を取り巻く。
懲りずに実験を続けようとしているのだろう。
「逃げろ!…っ!」
大声を出すと腹が苦しい。
ぼやける視界をまとめ上げ、子供達の周りを囲う様に水を被せる。
火が消えると剥き出しの目がこちらを忌々しげに見てきた。
すると頭に両手両足、そして腹に向かって岩が猛スピードで飛んで来る。
さっきからドルマンはこればかりだ。
「論文といい…真似ばっかだなお前は。」
「そうでもないさ。」
何をのたまうのかと鼻で笑ったが、その理由はすぐに分かった。
「…っ!」
衝撃でまたも目の前が暗くなる。
時間差で背後にも岩を仕込んでいたのだ。
背中への一撃は腹にまで響き、またも膝から崩れ落ちた。
「毎秒絶えず研鑚している。基礎から向上させているのだから決して真似ではないさ。」
「抜かすなよ…。人の事踏み台にしやがって…!」
腹も背も力が入らず、立ち上がるのが難しい。
ドルマンを見上げる事もできず、床を見るばかりである。
「ならば大人しく潰れろ!」
腹立たしいが立て続けに重なる攻撃に、防御で手一杯である。
言われた通り地面を這い、床しか見る事ができない。
床に魔術をかけて何ができると言うのか。
「…床?」
そう呟きながら顔を出来るだけ突き上げる。
何とかドルマンの足は見えるが、眺めにそう変わりはない。
「…あ。」
やっと案が浮かんだ。
足下を崩せばいいのではないか。
「…巻き込まれんなよ!ゼインズ!」
アルディアに集中していてそれどころではないのだろう。
リクの叫びに応答はしないが、反応を見ると聞こえているのは分かる。
「何を考えている?」
ドルマンが馬鹿にした表情でそう言うと、攻撃を更に加えようとして来る。
傷の具合は悪い。
防御もそろそろ限界である。
「踏み台の逆襲だよ!」
視線を一気にドルマンの足元へと注ぎ、ポツポツと素早く床に無数の火を灯す。
広く円状に炎がドルマンを囲み込んだ。
「ふざけた事を!!」
ドルマンが防御を固め、こちらの頭上に集中している。
雷だろう。轟音で攻撃力が分かる。
炎に重点を置くあまり、防御が杜撰になっている。
この防御でこれを喰らえば即死だ。
目に力を込めて集中する。
点在した炎が一気に輪を成した。
「死ね!!」
ドルマンがそう叫んだ瞬間、床が燃え盛り音を立て崩れ始めた。
「足下救われてろ!!」
足があの状態ならば動く事は難しい筈である。予想通り微動だにもせず、ドルマンはただただ炎に包まれて腕をバタつかせる。
相手の挙動を見ている場合ではない。魔術を放ったタイミングは同じだった。
既に雷の気配を後頭部で感じる。
もうこの速度で防御に切り替えても意味はない。
リクは雷から遠い場所へと大きく体を転がした。
式場が大きく揺れ、地面が割れる。
バリッ---!!
「ぐ…っ!!」
耳元で振動と破壊音が聞こえると腕が痺れる。
雷は腕を少し掠めただけの様だった。
落下させて随分打撃は受けさせたが、あのドルマンが階下に落ちた程度でくたばるとも思えない。トドメを刺す必要はある。
這いずる様に体を引き摺り、落ちた場所を慎重に覗き込む。
パキッ--。
床材が燃える音がする。
炎が階下を明るくしているが、周囲にドルマンは見当たらない。
「リク!!後ろだ!!」
ドンッ--!!
ゼインズの声が聞こえ、衝撃音が背で響く。
転んで仰向けになるとゼインズの防御壁が鋭い岩からリクの身を守っていた。
ユラユラと上半身を動かしながら、ドルマンが四足歩行の動物の様にこちらを睨む。
子供達が消えている所を見ると、階下から上る手助けをしてもらったのか。
「鬱陶しい奴…。」
リクのそんな戯言に構う程ドルマンにも余裕はない。
上を見ると既に広範囲な雷が落ちる準備が始まっている。
今までの技巧に優れた魔術ではなく、ストレートに大きな攻撃へ変わった。
精一杯集中して防御壁を張って備えると、躊躇なく落雷してくる。
「…く…っ!!」
意識が限界に達してきた。
内臓が悲鳴を上げて集中するのを拒否しているのを感じる。
だが2年もの月日と人生の結晶を奪ったドルマンより先に死んでなるものか。
「こ…の…野郎がっ!!!」
火事場の馬鹿力だろうか。
それは生きていた内で初めて感じたものだった。
防御と攻撃の公式が同時にうっすら頭に浮かぶのはいつもの事だが、意図せず長い公式が反射的に浮かぶ。
次の瞬間にはドルマンの驚愕する顔に豪炎が衝突していた。
「…がっ…!!!」
ドルマンの口から苦しそうな声が漏れる。
手応えは充分にあった。
自分の意識下で何が起こったのか分からないが、どっと気力を消耗した後の怠さが押し寄せて来る。
「…ヤベ…。」
目が自然と閉じてゆき、リクは気を失った。
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