第50話

 「あなた!!」


 式場に響く轟音と眩い色彩。

 それにそぐわぬ甲高いレイの声。


 ゼインズとアルディアの交戦は激化している。その上天井の崩れが酷い。

 目が痛くなる程の強風が吹き荒れたかと思うと、それが炎を伴って熱風となって襲ってくる。

 そうかと思えば水が床一面に広がって、いきなり凍り始める。


 体を2つ折ったまま、動けずに顔だけ相手を見上げると悦に入った声が聞こえてきた。

 

 「リカルド。いい眺めだな…。」


 跪く自分の様子に満足しているのだろう。

 声帯は無事らしく、不気味な笑い声が聞こえる。

 しかし、笑みを浮かべている筈の顔は、肉塊となって表情さえ読み取れない。


 目の端に檻から助けた子供達が腰を抜かして座り込んでいるのが映る。


 「向こう行け!!…早く!!」


 大声に驚き、子供達は反射的に腰を浮かせて3人の方へと走り始めた。

 

 余所見の瞬間、ドルマンの辛うじて残ったグレーの双眸がこちらを捕らえる。

 それに気付いたのはシードルが先だった。


 「リカルド!」


 シードルがリクの前の正面の防御壁を更に強める。

 だが、片目が剥き出しで位置が分かりにくいが、ドルマンの目は上を向いていた。


 「…上だ!!」


 「えっ!?」


 顔を上げて防御しようにも、これではもう間に合わない。

 ドルマンが放ったのはまたも岩だった。

 近付いてきた岩の向こう側に、今更自分の防御壁が現れたがもう遅い。


 悪足掻きでもう一度防御を繰り返そうとした時、ふわりと閃光が辺りを包む。

 レイの防御だった。


 「くっ…!!」


 剥き出しの目にその光の眩しさは強烈だったのだろう。

 必死でドルマンが目を覆い隠す。

 岩だけでなく、炎までもが消え失せる。

 檻には倒れた子供と燻る煙だけが残った。


 「レイさん!?しっかり!!」


 「気失ってるんだ…。早く医者に見せないと…!」


 シードル達が焦りながらレイに呼び掛けているのが聞こえる。

 愚図愚図している暇はない。

 もうとうに限界は来ていたのだ。早く治療を受けさせないとならない。


 「シードルさん!あのカートに!」


 ジェーンの示す先には荷台付きの滑車があった。動けないジェーンの代わりに、子供達が台車を転がして来る。シードルはそれを受け取ると、荷台にレイを押し込んだ。


 「ありがと!レイもうちょっとだからな!頑張れよ!」


 少しずつ光が後退していく。

 ぼんやりとしたドルマンの輪郭を見つけると、一気に頭に理論と文字を浮かべた。


 光が消えるのと、念じた雷が現れたのは同時だった。レイ程のものではないが、これでもドルマンの目眩しにはなる。

 すぐにドルマンがはっきりと見えると、強靭な防御で身を守りながら雷を跳ね返していた。


 「馬鹿が…。敵に回す存在の力も計らずに…。」

 

 ドルマンの視線は明らかにリクを通り越し、後方に向いている。

 恐らく自分をやり込めたシードルとジェーンにも仕返しせねば気が済まないのだろう。


 気力で立っているドルマンに負ける訳にはいかない。

 こちらも足に力を入れ、前屈みながらも立ち上がった。


 「タチ悪ぃな…お前。」


 ただでさえドルマンの目の向きが分かりにくいのに、ゼインズ達の激戦の影響で視界が眩んで攻撃がどこから来るか予測できない。


 全方位に防御して備える。

 一秒も待たずに、四方から雷が包む込む様にこちらに迫って来た。


 「…クソ。」


 自分が先程ドルマンにやってのけた技だ。

 この速度を出すのに自分は何日かかったか。

 それをドルマンは何とたった一度で習得している。

 自分より才能は格段に上だ。

 

 「援護する!」


 シードルがそう言ってリクの横に立った。

 

 カートにどうにかもたれかかっているジェーンが見える。

 そもそもレイの処置が必要なのに、援護などさせる訳にはいかない。

 

 「駄目だ。そっち先にしろ。」


 ドルマンに同じ様に攻撃を仕掛ける。

 四方から雷で攻撃をするが、やはり防御で躱された。


 「お前はどうすんだよ!!」


 「どうするもこうするもあるか。やり残し潰すだけだ。」


 「違う!!怪我だよ!!お前そのままだと…!!」


 「刺し違える位やってやる。」


 途端にシードルが恐怖に引き攣った様な顔を向けて来る。


 「…リカルド。」


 その表情の理由はもちろん分かっている。


 「例えだ。墓に入る気は毛頭ねえよ。」


 ドルマンの攻撃をまたも防御すると、血が少しずつ床に落ちる。

 これでは説得力などない。


 「…なあ。レイが危ない。」


 相手の唇が何か言わんとするのを先制する。

 シードルは言葉を引っ込めて唇を噛み締めてしばらく震えていたが、レイとジェーンを見ると声を絞り出した。


 「…約束だぞ。」


 「ん。」


 そう言って頷くと、シードルは走り去った。


 「行こう!ジェーン!」


 「リカルドさん…!」


 去って行くカートの中のレイに一瞥くれると、すぐにドルマンに目を向けた。

 

 これまで死を目前にした魔道士が魔力を最大限使うのを見た。


 ドルマンも同じ表情をしている。


 油断すれば間違いなく仕留められる。


 





 復活したゼインズは苦戦していた。

 どうにもアルディアと攻撃が被さってしまう。

 今まで使っていた魔術だけでなく、特殊なオプションが付いている為に戦いづらくて仕方ない。

 剣を持ったアルディアが同じ魔術を身に付けているのだ。レイと同様、攻撃を防御でかき消そうとすれば、眩しい閃光の中で武器のない状態は不利である。

 

 「どうにも弱るな…。」


 アルディアはゼインズに焦点を合わせた。

 ゼインズは通常通りの防御で凌ぎながら、素早くアルディアの周りに集中する。


 放出されたいくつもの雷がアルディアを取り巻こうとするが、その内の一つにアルディアが同じく雷を吹っかける。


 眩い光が現れ、ゼインズはアルディアの行方を追う。

 足音が聞こえた方角へと動くが、そこにアルディアはいない。

 床のひび割れを避けながら行動するにも限界がある。


 「…くっ!!」


 長剣が脚を掠めた。

 痛みを堪えながらその場を瞬時に離れると、閃光が消える。


 「ゼインズ相手に単純な武器が重宝するとはな。」

 

 「フン…。その割には仕留めるのに時間がかかるじゃないか。」

 

 「負け惜しみか。まあいい。いい加減今生の別れとしよう。」


 アルディアは笑うと、長剣をゼインズに向けた。

 武器さえあればこちらとて負けない。


 「あの短剣しかないか…!」


 攻撃力は長剣には敵わないが、あのは何にも替えられない。

 考えている間にも、どんどんアルディアの攻撃がまたも迫り来た。

 繰り返し攻撃を念じ、閃光に次いで現れるであろう長剣に警戒する。

 しかし何故か光の空間が現れない。それどころか攻撃は真っ直ぐに向かい、アルディアは普通に防御をしている。


 「…?」

 

 疑問に思いながらも攻撃を畳み掛けると、また閃光が現れた。今度は光が消えた後に、長剣がこちらを突いてくる。

 アルディアの動きが何故か一拍遅い。


 微かに泳ぐ目の方向を辿ると、天井に向けられている。

 天井の崩れから身を守る様に防御しているかと思えたが、それは違った。

 何故か天井をそのものを保護しているのだ。

 

 「ハハ…。アルディア。」


 「…追い詰められて異常でもきたしたか?」


 昔から頭首という与えられた役割に嵌《はま》ろうと足掻いていたが、アルディアは元来感情的な部分が多い。ゼインズの余裕を見せる様な態度にあからさまに機嫌を損ねた。

 

 「いや、魔力を手にしてもが気になるのかと思うとおかしくてな。」


 「!!」


 アルディアの顔色が変わった。


 「察しはついてる。見せてもらうぞ。」


 「やめろ!!」


 ゼインズの目が上空を仰ぐと炎に変わり、アルディアの防御がそれを追いかける。


 だが一足ゼインズの方が早い。


 壇上の天井を炎が包み、ガラガラとアルディアの周辺に物体が落下して来る。


 ---ダンッ!!!---


 勢いよく上階の壁が抜け落ち、壇上とリクとドルマンのいる下の空間が真っ二つに分断された。


 「…やはりな。」


 床に散らばった物は大量の旗やら武器やら防具だった。

 そしてそれら全てにブルグ教の図形が彫り込まれている。


 「あの短剣の図形に詳しい様だったからな。やはり他の図形も調べていたか。」


 その内一つの長剣を手に取り、ゼインズはアルディアに振りかざした。


 「さあ…してみようじゃないか。」

 

 

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