第49話
「駄目ぇっ!!」
ジェーンが喉から絞り出す様に叫ぶ。
だがそれも虚しいだけだった。
ようやくこちら側に着いたシードルと同時に天井向けて防御壁を作るが、ここから上はあまりに遠い。
アルディアの放った炎は空気を含ませグングンと威力を増す。
「リク…!」
ゼインズの声に振り向くと、その手が自分の手元を指している。
言わずもがなメモを求めているのだった。
ゼインズならばあの炎を止められるかもしれないが、直接手渡すには距離が遠いし、抱えたレイを下ろす訳にもいかない。
紙を睨みつけ、風の文字を頭に浮かべる。
「頼む!」
祈らんばかりの思いを受けたせいか、紙はすぐにゼインズの元へ辿り着く。
ゼインズが紙に腕の血を付け、すぐに天井を見上げた。
「無理だろ!間に合う訳…!!」
だがシードルの弱気な言葉は後に続かなかった。
「嘘ぉ!?」
今度は打って代わって素っ頓狂な声が口から漏れ出る。
それもその筈、見上げた広い天井には既に防御壁が張られていたからだ。
あまつさえアルディア自身を護っていた壁さえも破壊されていく。
炎は砕かれる様に消え、最下層達がわあっと安堵と驚きの声を上げた。
天才ゼインズがついに復活した。
「ゼインズ!!」
アルディアの殴りつける様な怒号が響き、雷がゼインズに落ちていく。
「何だ。素人攻撃じゃないか。」
そう言って鼻で軽く笑うと、ゼインズはこともなげに防御する。
間もなく、アルディアの身長を悠に超えた岩を身体にぴったりと囲い込むと、今度はその周りに火を巡らせた。
まるで巨大な窯の様だ。
「ぐっ…!!」
アルディアの苦しそうな声が聞こえたかと思うと、今度は岩から水が漏れ出す。
火を消して岩を押し除けようとしているのだろう。
洪水の勢いで岩が倒れ、中から所々焼け焦げたアルディアが現れた。
「頭首ならそうでなくてはな。やり甲斐がない。」
「…貴様…。」
ゼインズの勝気な言葉がアルディアの怒りをまた誘う。
しかし今度は微かな焦りと恐れの様なものも感じ取れるのは気のせいか。
「ゼインズ…!」
レイが微かな声で嬉しそうにそう呼ぶ。
ゼインズが魔力を得た今、恐れるものは何もなかった。
アルディアが防御しようと、ゼインズはそれを容易く砕く。
二人の魔力こそ今は同量だが、魔術の力量や技量はゼインズの方が上手だ。
「…凄ぇ…。」
ドルマンもアルディアも強かった。けれどこんなレベルの違う魔導士なんぞお目にかかった事がない。
風でアルディアの四方を取り囲むと防御壁を崩し、そこに矢の様な形の岩が飛ぶ。
ゼインズの攻撃は押す一方で、アルディアは防御壁を作っては崩される上に傷を負う一方である。
誰だって文字や公式さえ覚えれば要素は出せるし、攻撃はできる。理論だって慣れたらお手のものだ。
だが、いくつ文字と公式を思い浮かべて、どう着想すればこんな魔術になるのだろうか。
驚いてぼんやり見ていたが、腕の重みに気付き正気に戻る。
抱えている重傷人の手当が何より優先だ。
「とりあえずお前とジェーンは外出とけ。」
あなたはどうするのかと目で話しかけるレイを、数回頷いて適当にかわす。
ゼインズの怪我もかなり酷い。万が一、いや可能性はかなり低いだろうが、アルディアにやられない様に援護は必要だ。
シードルもジェーンに手を貸して、同じ方向へと歩き始めた。
「あ…!」
ジェーンが何か訴えかけ、皆が彼女に注目する。
「どうしたの?ジェーン…。」
「檻が…!!」
シードルの問い掛けにジェーンが答えようとした時だった。
バン---!!!!!
ゼインズ達の戦う音を突き破り、爆発音が背中に鳴り響く。
音の後に背中がすぐに何かを感じ取った。
「…っ!!」
呼吸を荒くさせ、何か身体の中心から少しずつ溶けだす様な不快感がする。
目で見るよりも先に、痛みを体験した背中の方が先に反応した。
これは火の温度だ。
後ろを慌てて振り向くと、子供達の入っている檻が炎に包まれていた。
「火!?どこから!?」
シードルがキョロキョロ見回すが、火元なんてこの距離から見えっこない。
「いいから消すぞ!!」
シードルと二人して檻に大量の水を掛けるが、何故だか火は一向に鎮火されない。
「…人…。」
そう呟くレイが見ている方向を追うと、燃え盛る檻の近くに何やらよろよろと動く人影がある。
もしかすると爆発で檻の一部が壊れて、子供の一人が外に出られたのだろうか。
「ちょっとこれ持て。近く行くから。」
「えっ!オレ一人で二人も!?」
レイを荷物さながらグイとシードルの腕に押し付け、檻へと急いで走る。
「熱いぃ!!!」
「助けて!!」
子供達が耐えきれず声を上げ始めるのが聞こえた。
走りながら今度は滝の様な水を降らせようと念じ、檻の上に集中する。
だがそれを待ち構えていたかの様に、炎がさらに強さを増した。
降り注ぐ滝を炎が呑み込み、子供達の狂乱する声が酷くなる。
「どうなってんだよ!?」
ようやく檻の前に到着し、周囲を見渡すが、何も変わった仕掛けなどない。
アルディアもゼインズも互いの戦闘に必死である。
ならば何故絶え間なく炎が上がり続けているのか。
「助けて…助けて!!!」
「!!」
目の前にいるのは練習場にいたあの少女だった。顔は火傷を負い、檻にしがみついて懇願している。
火が消えないとなると、檻を壊すしか他に手段はない。
「全員端寄れ!!」
そう叫ぶと子供達が避けたのを確認して、巨大な岩を檻にぶち込む。
すると檻の形が変形し、そこから体格の小さい子供達が何人かするりと抜け出した。
「もう一丁…!」
---ズッ-。
岩をもう一度出そうとした時、身近で妙な音が聞こえた。
「あ…?」
あまりにも自分の近くで聞こえたので、耳鳴りかと思ったが、そうではない。
数秒経って腹に凄まじく熱い温度を感じて音源はそこからだと分かった。
槍の様な岩が自分の腹を貫いている。
「
それに気付くと膝が勝手に崩れ落ちていた。
「フフ…。」
床に四つん這いになりながらも、反射的にくぐもった笑い声のしたそちらを振り向く。
先程檻の外から見えたのはこの人間だろう。
いや、確かに人間だが、容姿は少しその形とは程遠い。
骨が潰れているのだろう、捻じ曲がった脚でこちらによろよろ近付いてくる。
頭から体にかけては血塗れで、もう顔にかけては皮膚がただれていた。
だが、こそげた唇から漏れ出る声は、間違いなくドルマンのものだった。
倒せてはいなかった。
「…兵が足りないならば増やせばいい。」
不気味な顔が以前と変わらぬ嘲笑の声色で告げた。
「感謝しろ。お前の論文がようやく日の目を浴びる時が来たんだからな!!」
実験が開始した。
数年前と同じ光景がまたもリクの目前に広がっている。
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