第48話

 ブルグ教の短剣で刺した人間が魔術を使った。

 もしや自分の仮説は誤っているのだろうか。

 

 考えるとどうにもそればかりに集中してしまう。

 一度深く目を瞑って意識を戻すと、シードルが高い声で叫んだのが聞こえた。


 「ゼインズ!!どうにか離れて!!」


 今アルディアに攻撃を仕掛ければゼインズに当たってしまう可能性が高い。その事が分かってアルディアもゼインズに掴みかかって離さないのだ。

 ゼインズは手負いである。このまま放っておくと頑強なアルディアにやられてしまうのは明白だ。

 助太刀する為にアルディアに殴りかかろうとするが、ゼインズの体で拳を防いで躱そうとするので一旦引く。


 「駄目だって!リカルド!!」


 「…悪い!」


 シードルはこの展開を既に読んでいたみたいだ。

 迂闊に手を出せばアルディアの思惑通りになる。だがこのままゼインズが滅入っていく姿を指を加えて見ている訳にはいかない。


 「ん?」


 揉み合っているゼインズの服から何かの紙が一枚落ちたのに気付く。

 紙はやがて舞ってこちらに辿り着いた。


 「これ…。」


 拾い上げると自分の筆跡で記されている事に驚く。


 「…それを見つけて…ここに来たんです。」


 後ろで声がして振り返ると、肩で息をしながらレイが微笑んでいた。


 「こんなのどこに…?」


 「書斎の本棚に。…紋章を見てここかと思っただけですけれど…。」


 正直自分にとっては大した事もないメモである。存在さえもとうに忘れていた。


 「…血?」


 「私のものですわ。額をちょっと切ってしまって…。」

 

 血の下に何か書いてある。

 よくよく目を凝らしてみると、見覚えのあるものだった。


 「お前これ…!」


 「…何です?」


 見紛う事なきブルグ教の図形である。


 レイがこの図形で魔力を得たのかは分からないが、その可能性は高い。

 

 何より怪我をしたというのがブルグ教の武器と共通する部分を感じる。


 「…!」


 紙の血を見て理解した。


 剣で刺した魔道士が何ともなかったのがようやく納得できた。


 武器で刺す事で魔術を封じるのではない。


 図形に血を接触させる事で初めて効力が発生するのだ。


 一滴で構わない。ゼインズの血さえ手に入れば一転する。


 揉み合うゼインズ達が幾分か床に血を散らしているが、アルディアのものならば取り返しがつかなくなる。


 「ゼインズ!!」


 直接ゼインズに近付くと、案の定アルディアがゼインズの身をリクの前と押しやった。


 占めた。


 血に塗れたゼインズの体に紙を押し当てる。


 アルディアがその光景に眉根を寄せるが、すぐに標的へと視点を切り替えた。


 「ゼインズ!!魔術を使え!!」


 思い切り大声で叫ぶと、両者は目を見開いた。

 すぐに激しく眩い雷が辺りを包み始める。


 自分とレイを防御しながら、2人の顛末を追おうと必死で目を凝らした。


 ぼうっと人影が現れ一人が立ち上がる。


 「戻った…魔力が…!!」


 歓喜に震えるその声はアルディアのものだった。





 ゼインズの体についていた血はアルディアのものだった。


 「…ヤベ…。」


 無論こんな一言で済ませられる訳もない。

 取り返しのつかない状況を招いてしまった自分を罰する様に唇を噛み締める。


 「この…!!ルド!!」


 シードルの罵声が響く。

 どうやら何かあった時の為に攻撃の準備はしていた様だ。

 間もなく空気を裂く音が同時に聞こえ、またも雷がアルディアとゼインズの周辺に落ちる。


 「短剣だよ短剣!!」


 「!!ああ!」


 シードルの言葉にハッとさせられた。


 なるほどその通りだ。


 もう一度短剣に刻まれている図形で魔術を封じれば何も問題などない。

 それに血を付着すればいいだけなのだから、至って手段も容易だ。


 「実に浅慮だ。」


 しかしそうは問屋が卸さない。

 アルディアの声が響くと、すぐに大岩が降って来た。


 頭首を冠した者の攻撃網はやはり凄い。

 防御をさせまいと次から次へと的確に集中を削ぐ様に攻撃される。

 ドルマンは洗練された魔術を繰り出していたが、父は戦法に優れているのか相手への追い詰め方が上手い。

 その上復活した魔力の絶大さは攻撃に顕著に現れていた。降る岩は巨大だし、烈火は猛スピードで駆け抜ける。

 少し離れたレイにまで攻撃が及ぶが、防御を分散させて集中し続ける余裕がない。


 「こっち来い!」


 急いでレイを両腕で担ぎ上げ、自分の周囲だけ防御に徹すると幾分か負担は減った。


 「重いでしょう…?」


 「胸ねぇのにな。」


 少し頬を膨らませる様子を見せる当たり、まだ気力はあるか。

 だが一刻も早く手当するに越した事はない。

 

 アルディアの雷に当てられてか、ゼインズは床に倒れ呻いている。

 どうやらアルディアの標的は、とどめを刺しやすいゼインズよりも、魔術を封じられる恐れからか自分達に移行した様だ。


 シードルも攻撃を放つが、アルディアはそれを難なく防御しながらも攻撃の手は緩めない。


 「往生際悪ぃ隠居だな。」


 憎まれ口など叩いている間はない。

 

 素早くアルディアの周りに目で円を描く。


 「喰らってろ!」


 円状に炎が現れると、アルディアを呑み込んで勢いを増していく。


 「やったか!?」


 シードルが興奮した声を上げているが、放った自分には分かっている。

 手応えがなかった。


 恐らく炎の渦の中にアルディアはいない。


 壇上机から嫌な気配を感じ、目でシードルに合図する。

 シードルとジェーンのいる位置からその場所は余りにも近い。


 シードルが防御したのを見計らい、机に雷を落とそうと見定めた時だった。


 「後ろ…!!」


 レイの高い声が耳を過り、雷を急いで防御に変える。

 同時に振り向くと眼前に迫っていた雷は消え、アルディアが現れた。


 「…っ!当たれよ!!」


 そう念じたところで今繰り出した炎より、アルディアの攻撃の方が速い。

 シードルがこちらに駆けて来る音がする。

 けれどそれももう遅い。


 ガンッ!!!


 歯を食いしばった瞬間に、上空からまたも家財が降って来た。


 するとアルディアは動きを止め、防御へと転じる。

 落とした人間達を目にすると怒りを滲ませた。

 最下層が頭首である自らに反抗している。

 長年の歴史を垣間見てきたアルディアからすると、それは信じ難い光景だったのだろう。

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