第47話

 「っ!!」


 鋭い痛みが左の肩を貫く。

 痛みから逃れたい一心で体が無意識に動くが、串刺しのままでは傷口が広がっていく。

 レイは右腕で左腕を押さえて食いしばった。


 「大丈夫か!?」


 「何…とか…!!」


 ゼインズを安心させたいと思ってそうは言ったが、痩せ我慢にも限界はある。

 息が少し荒くなるのは止められなかった。


 「余計な事を…!!」


 アルディアの激昂は収まらない。

 レイの手から短剣を引っ手繰り、何故かその刀身を見つめる。


 ズズッ---。


 壇上の下から地鳴りの様な音が聞こえた。

 すると今度は地面が大きく揺れる。


 「きゃ…!!」


 檻の子供達の悲鳴が聞こえた。

 壇上の淵にしっかりと掴まって身体を固定する。そんなレイの真横をゼインズとジェーンが転げ落ちていった。


 「ゼインズ!!ジェーン!!」


 ジェーンを庇った体勢のゼインズが床の上で低い呻き声を上げている。子供達のいる檻には一つも被害がなかった。それぞれ命に別状がないと分かり安心する。


 下を見るとリク達が戦っていた場所から土煙が舞っている。


 「あなた…シードル…。」


 リク達の動く姿が見えない。一体どうなっているのか。


 「…ドルマン…!」


 アルディアの声は震えていた。

 だがこちらの感情とは逆で、驚愕や悲哀といったものには思えない。むしろ何か安堵の様にも感じられる。


 これが家族を持つ同じ人間の感情だろうか。


 レイは内側から出る嫌悪を隠せず、アルディアを見返りながら睨み付けた。

 

 「何だ。」


 「っ!!」


 刀に込めたアルディアの力が強くなり、痛みに耐えかねて奥歯が軋む。

 筋肉も少ない細い腕である。アルディアなら左腕ごともぎ取るのも容易いだろう。

 だがそれでも少し痛めつけるだけで済ませるのは魔力を手に入れる手段をレイに求めているからに違いない。


 「ブルグ教とお前にどういう繋がりがある?」


 質問の意味が理解できない。

 マリア国民の典型の様な自分がブルグ教を信仰している様にでも見えるのだろうか。


 「…何故そんな…?」


 「馬鹿にしてくれるな。ブルグ教とエラリィ家の因縁は代々頭首に受け継がれる。」


 「因縁…?」


 アルディアが短剣の刀身をレイの顔に近付ける。

 今まで気付かなかったが、こびりついた血で剣の根元に何か彫られている事に気付く。


 円形の中に模様がある図形である。


 「この図形は間違いなく魔術を封じる力を現す。この家の何人もの人間がそうやって魔術を封じられてきた。」


 「え?」


 「ブルグ教の剣を持つなど教会に縁のある人間としか考えられまい。」


 驚きのあまり目玉が飛び出そうになる。


 「これが!?」


 まさか持っていた短剣がブルグ教のものだったとは。

 リク達から魔術を奪った代物を何も知らずに振り回していただけに背に悪寒が走る。


 「これこそが我ら一族の唯一の弱点だ。歴代ダズル王もこれを以て一族と均衡を保とうとしていた。」


 「…ダズル王?」

 

 「一族4代目頭首ガーダーまではダズル王とブルグ教会が結託して我ら一族を抑え込んでいた。5代目であるベルドールの代からそうはいかなくなったがな。」


 痛みでただでさえ集中できないのに、難しい話となるとさらに頭が追いつかない。

 アルディアはそんなレイの表情を見て鼻で笑う。


 「茶番だな。正体を聞こうか。」


 アルディアはそう言うとまた剣を強く握った。


 「言え。」

 

 ガタン!!!


 天井から風を切って椅子が落下して来た。


 アルディアが天井に目を向けた途端、待っていたと言わんばかりにヒュンと音を立ててその目へと何かが飛んで来る。


 「がっ…!!!」


 片腕で目を押さえてアルディアが苦しんでいる。その足元に落ちたのは小さな岩石だった。


 「オレの論文読むよりも色んな事よくご存知みたいだな。」


 飛んで来た方向を見ると、ゼインズとジェーンに肩を貸しているシードルと、リクの姿があった。


 「無事でしたのね…!」


 だがアルディアが油断する事はない。

 急所への攻撃にも耐え、片腕は剣から手を離さず保たれている。

 レイの腕と顔色を一瞥すると、リクがアルディアを見据えた。


 「そいつに正体も何もない。オレを探しに来た女房だ。偶然魔力を持ったみたいだけど。」


 剣を持つアルディアの腕をリクが見た。

 明らかに自分の存在が障害となっているに違いない。

 迂闊に魔術を放つ事ができず、隙を窺っている様子が分かる。

 

 「論文の先を答えろ。」


 アルディアがただそれだけ言い放つ。


 「…ブルグ教の図形だ。図形と何らかの接触を起こせば魔力が手に入る。」


 リクが苦々しげにポツリと答えた。


 「ほう…?その図形とは?」


 「…。」


 リクが黙った。

 答えられる筈もない。


 「知識を渡すのが口惜しくてたまらんか。」


 そう言うとアルディアが刀をレイの背中の方へと振り切った。

 

 「ああっ!!」


 体に熱が走り、傷口の痛みが堪えられなくなってきた。

 耐えられず叫ぶと、皆の動揺する顔がこちらに向けられる。


 「レイ!!」


 シードルの甲高い声とリクの歯軋りする音が聞こえた。


 「違う。…その図形が分からない。論文にはブルグ教と魔術の関係性だけ書いて締め括った。」


 「なのにお前の妻は魔力を得ている訳か。」


 「魔力があれば私も先に恩恵に預かってる。」


 疑わしそうなアルディアの口ぶりに対してゼインズがすかさず口を出した。


 「つまりその娘にしか手掛かりはないという事だ。万一の事があれば方法から遠のくぞ。」


 アルディアがフッと笑う音が聞こえた。

 その笑い方にレイは何かゾクリとしたものを感じる。


 「ゼインズ。来い。」


 いきなり名指しされたゼインズが訝しげな瞳でアルディアを睨む。

 だがレイの方を心配そうに見つめると、こちらに向かって来た。


 「駄目です!来ては…!!」


 自分は何とも無力なのか。

 リクもゼインズも助けようと乗り込んでこの様である。挙句リクが研究内容までアルディアに開示してしまった。


 言われた通り足手まといそのものだ。


 「跪け。顔は下だ。」


 ゼインズはもう目の前まで来ていた。

 アルディアの言葉にゼインズが膝をつく。

 その態度に満足そうな顔のアルディアは、片手でレイの短剣を取り出した。


 次にアルディアがとる行動はきっと皆予測がついている。

 短剣だが首の後ろを突き刺すくらいには十分な長さだ。


 「駄目!!」


 リクもシードルも魔術を放てない。


 この剣さえ肩から離れたらどうにでもなる。


 この剣さえ…。


 「…そう。そうだわ…。」


 あの時シードルの前で啖呵を切ったのを今更になって思い出す。


 腕が無くなる覚悟くらい決めた筈だ。


 アルディアが背を向けた。


 どうかこの一瞬に気付いて攻撃して欲しい。


 そう願いながら唇を強く噛むと、肩から脇にかけて刀を一気に滑らせた。


 ブツッ---!!!


 「…っ!!!」


 嫌な音がして刀からついに体が離れる。


 強い衝撃が頭にまで響いて声にならない。


 リク達に自由の身になった事を知らせなければと、アルディアに気付かれない様にゆっくり立ち上がる。


 どうやら脇にかけて身を切っただけで済んだ様だ。腕はしっかりぶら下がっている。


 するとこちらの姿に仰天した顔のリクがすぐに見えた。


 「このバカ!!」


 リクが大声で罵声を浴びせてくる。


 元々リクかシードルのどちらかが集中はしていたのだろう。

 アルディアの頭目掛けてすぐに雷が降るが、残念ながら難なく避けられる。


 しかしゼインズは一瞬の隙を見逃さなかった。アルディア目掛けて飛びかかると、短剣が壇上の裾へと飛んで行く。


 するとその音で気絶していた先程の魔道士が目を覚ました。

 起き上がるなり、側にいたレイが重傷を負っているのが分かると、すぐにこちらを睨む。


 「この…!!」


 眼前に雷が迫って来る。


 「きゃ…!!!」


 レイの前に現れた防御壁が音を立ててそれを弾くと、今度は魔道士が雷に打たれる。

 気付くと隣にリクがいた。


 「何やってんだお前!!」


 手を貸してもらい座り込むと、リクがしゃがんで怒鳴りつける。


 「…ごめんなさい。…足手…まといね…。」


 さすがに話すのが苦しい。

 リクが眉根を寄せると立ち上がった。


 「…休んどけ。」


 「短剣…効果…。」

 

 「分かってる。」


 言わんとした事はリクにもすぐ伝わった。


 間違いなく先程の魔道士にレイは短剣を突き立てた。


 それなのに魔術が使えたのは何故なのか。

 

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