ぼくらのろくでもない卒業式

コトリノことり(旧こやま ことり)

DAYBREAK FRONTLINE



 あるはずだった卒業式の日。思い出なんて何一つない中学の屋上の、朝がきそうな空の下で僕は君を殺した。




「ははっ、やっぱ、アレだな、杭って打たれると痛いもんだな」

「……ホームセンターの材料でつくった、適当な杭だけどね」

「イヤすっげえよくできてるよ。オレの心臓、再生しそうにねーもん。銀もぬってあんの?」

「うん。シルバーアクセとかの材料。表面にぬってるだけだけど」

「すげー。エイジ、手先器用だな。吸血鬼になって頑丈になったオレの体、もう動けなくなってるわ」


 心臓に杭を刺されたヨウは、まるで昼寝でもしているように屋上に横たわりながら笑った。残念なことに、夜明け前の空はくらくて、星も見えないけれど。

 僕とヨウは一年半前くらいに知り合って、友達になった。友達と呼べる存在は僕にはヨウしかいない。なのになんで僕が唯一の友達を殺すことになったかっていうと、簡単な話で、一年前に世界は一度壊れたからだ。

 世界中に未知のウィルスが広がった。そして、そのウィルスに感染した人間は人間じゃないものに変化する。まるで物語にでてくるような、『吸血鬼』みたいなものに。

 正式名称はもっと長いけど、面倒だから感染して変化したヒトのことを吸血鬼ってみんな呼んでいる。強靭な肉体と簡単には死なない体、日光には弱くて、夜にしか活動できない存在。さらにはエネルギー補給のために人間を食べなきゃいけないっていうところまで、フィクションにしかなかった吸血鬼とまるで同じ。なにが原因で感染するかどうかはまだわかっていない。でも、人種も性別も年齢も関係なく、世界全体で4割くらいの人間が吸血鬼ウィルスにかかって、いわゆる人類の敵になった。

 その四割の確率で、ヨウはウィルスに感染して吸血鬼になった。

 僕は、感染しなかった。


「やー、心臓刺されても意外と喋れるもんだなー。日の出までもつかなぁ」


 世界は混乱した。報道も政府もまともに機能しなくて、感染しなかった人間たちで集まって、吸血鬼に襲われないようにシェルターを作ったりした。夜は吸血鬼たちが人間を狩りにくる。

 それでも人間はしぶといもので、一年経った今、ある程度の打開策を見つけた。


「なあエイジ、どれくらいがいいとかあんの? オレたちのほうにはさー、そういう話あんまりはいってこねえからさ」

「うーん。別に全部は必要ないらしいよ。杭で潰れてないところを食べたら、平気みたい」

「へえ、そうなんだ。オレらんとこだと、人間に捕まったら心臓どころか、脳味噌まで丸焼きにされるって聞いてたわ」

「そんなの、僕たちのほうだって吸血鬼は人間を捕まえて牧場みたく家畜化するらしいって聞いたよ」

「あー、ぶっちゃけその計画はあるらしいよ。まあ今の状況じゃあ難しいだろうけど」


 吸血鬼の弱点は心臓に杭を刺すことが有効だっていうのは早い段階でわかっていた。細すぎたら抜けるから、そこそこ太さか長さはいるけど、まあ、子どもの腕より細いくらいで十分。自信がなかったら、できれば銀とかを塗るといい。そうやって心臓を突き刺されたら、感染者たちは動けなくなる。そうやって動けなくして、日光にあてたら、呼吸不全を起こして、死ぬ。

 とはいったって、彼らの肉体はオリンピック選手だってかなわないくらいの強さを誇る。銃とか打たれても平気だ。あとめちゃくちゃ早く動く。だから、そんな簡単に心臓を刺されたりしない。

 そう、肉体。感染した彼らは、ただの人間の僕たちよりももっともっと強い体を持っている。それがある限り、人類はじり貧だ。


「エイジ、レバーとか食べれたっけ」

「……レバーはよく食べてたけど、さすがに生の心臓は食べたことないよ」

「そりゃそうだよなあ。オレの心臓、美味いといいな」


 そこで発見された、画期的な方法。人類の希望とる打開策。

 吸血鬼の心臓を食べること。

 吸血鬼の心臓を食べると、吸血鬼と全く同じ、というわけではないけど、ただの人間の体よりも桁違いに頑丈になって、長時間動ける肉体に変化する。そのうえ、人間を食べなきゃいけないとか、夜しか活動できないとか、困る副作用はない。吸血鬼ウィルスのいいところだけをとったみたいに、感染者の心臓を食べたら人類の肉体は『進化』する。

 食べられたくなくて、なんとかしようとしたのに、結局は自分たちが食べる側になるんだから、ほんとにどうしようもないなって思う。

 そうして今は、狩られる側だった人間たちは、吸血鬼を狩る側に回っている。

 多分、そのうち野良の吸血鬼は駆逐されて、人類は予防注射を打つみたいな感覚で吸血鬼の心臓の一部を摂取するようになるだろう。そのために、それこそ吸血鬼牧場みたいな形で囲ったりするんだろう。

 築き上げられたシェルターで、ようやくまともになった人類側の統制の下で、その機会を待つこともできた。

 だけど、僕は、そこで大人しく待つことはしなかった。


「エイジがオレのこと食べたら、これでエイジも外、好きなように出られるようになるな」

「……そうだね」

「今はさ、まだ暗いけどさ。朝日とか、青空ってめっちゃキレイなんだぜー。こう、川辺でぼーっと見てたら、いろんなことがどうでもよくなるみたいな……まあ、オレはもう見れなくなっちまったけど」


 僕はウィルスが広がる前から、昼間、外に出るなんてことなかった。

 先天的な皮膚病があって、日光に当たったら身体中が火傷したみたいに敏感に反応する。過保護な母は、家に紫外線が入り込まないように窓という窓をふさぎ、僕を家の中でずっと育てた。「あなたを愛しているからこうしているのよ」といつも言っていた。だから小学校も中学校もほとんど通ってない。試験だけ受けて、進級だけはしていた。

 強制的に引きこもりになった僕とヨウが知り合ったのは、夜の散歩のときだけだった。

 昼間は外に出られないけど、夜の空の下なら体に影響はない。睡眠導入剤や抗不安薬を飲んでいる母親は夜は薬でぐっすり眠るから、案外簡単に抜け出せた。

 そこで道端で、ほんとうに偶然出会ったのがヨウだ。自転車を漕いでいた彼が、僕を見て驚いたようにハンドル操作を誤って派手に転んだ。いわく、「めっっっっっちゃ肌が白かったから、幽霊が出たかと思ったんだよ」とのこと。

 それからたまに夜になってから会うようになった。お互いの家族の話や昼間は外に出られないこと。よく聞く音楽の話。同じ中学の同級生ということまでわかって、夜の学校に忍び込んだり、試験前には公園のベンチで勉強したりした。

 「卒業式くらい、学校にこれたらいいのにな」ヨウはそう言った。でも僕は昼間、外に出ることはできない。卒業式も当然いけない。

 じゃあ昼間ダメなら、夜にしたらいい。卒業式の日、夜明け前に学校へ行って、二人だけの卒業式をしよう。そんな約束をした。

 当たり前だけどウィルスが流行って学校に通うなんてとはなくなったし、卒業式もなくなった。

 だけど、ヨウは約束を守って、二人だけの卒業式を開催してくれた。

 卒業証書のかわりは、手作りの杭と、友人の心臓。


「それにしてもさ、ヨウも無茶するよね。こっちのシェルターまでやってきてさ。あの時に狩られてもおかしくなかったのに。そういうとこ、ほんとバカだよ」

「だってさ。もし約束忘れられてたら、イヤじゃん」

「忘れるわけないだろ、バカ」


 吸血鬼の心臓を食べれば、人類は吸血鬼に勝てるようになる。

 それが判明しだした頃、僕が住んでいるシェルターの近くまで危険を冒してヨウはやってきた。

 僕はシェルターの中にいたけど、二人でよく聞いていた音楽が、外から爆走してやってきた車から大音量で聞こえた瞬間、まわりの制止を振り切って飛び出した。

 運転免許ももってないくせに、明らかにどこからか盗んできただろう派手なスポーツカーにヨウは乗っていた。騒音レベルの音楽を流しながら、僕を見つけて「約束、忘れんなよ! 屋上集合な! あと、オレ以外は絶対ダメだぞ!」と叫んで、スポーツカーから飛び降りた。運転手のいなくなったスポーツカーは、近くの木にあたって派手に爆発した。それに紛れてヨウは上手く逃げた。

 僕はそれが卒業式の話だということと、吸血鬼側も人間が心臓を狙っていることが伝わっていることが分かった。

 そして、ヨウが、僕に心臓をくれるつもりなのだということも。


「だいたいさ、なんでヨウはさ、わざわざ心臓くれるの。自分は死ぬのにさ」

「えー。正直、オレら感染者って、もうオワコンじゃん。このままじゃ食われるか捕まるだろうし。まあ、それで知らねえやつに食われるぐらいなら、家族もいねえし、じゃあお前かなーって」


 吸血鬼になった感染者は、最初は自分が人間以外の存在だなんてことを受け入れられないのがほとんどだ。ある日突然、自分が人間を食べなきゃいけない化けものになったことなんて認められない。だから感染したことを隠そうとする。でも、高まる飢餓衝動には勝てず、身近な存在――家族や恋人を食べてしまう。そしてそのショックで、自死すら簡単ではない体に絶望し、結果世界を恨むように吸血鬼として生きることが多いらしい。

 ヨウは元々家族と疎遠で、中学生なのに一人暮らしをしていた。だから、彼は自分の家族を食べたりなんかしていない。

 ヨウが、食べたのは。


「ヨウが、僕のことを食べて生きてくれるなら、それでもよかったんだよ」

「いやいや、吸血鬼は一回の食事じゃすまねーし。お前のこと食べてハイ終わり、じゃねーんだよ。だけどお前はさ、オレのこと食べたらそれでオッケーじゃん」

「だけど、……あの時、僕を食べてもよかったんだ。だって僕は、母さんを」


 世界が壊れた日。

 元々過剰なほどに過保護で、神経の弱い母はまるで発狂したようだった。家中のすべてに鍵をかけて、板で封をして、外からの侵入者も、僕が外へ出ることも禁じた。昼間なら、外に出れば他の生き残っている人間と合流してシェルターにだって行けるのに。それすら怖がった。

 町の中で取り残された僕らの家は、吸血鬼にとっては美味しいエサの対象だった。

 母は頼りなく包丁を握って、今にも破られそうなドアにおびえていた。

 だけど。いきなり外が一段と騒がしくなったと思ったら、急に何事もなかったかのように静まり返って。

 エイジ、と玄関の外から叫ぶ声がした。

 僕は外に出ようとした。母は開けるな、アレはバケモノだ、と何度も言って阻止しようとしてきた。

 だから。

 開け放たれた玄関の扉。そこにはボロボロな姿のヨウがいて。

 僕は、母さんが持っていた包丁で、母さんを刺していた。


「違う。あの時、お前の母親は生きてたよ。血の匂いに負けて、食べたのはオレだ。お前の母親を殺したのはオレなんだから、お前のこれはかたき討ちにもなるんだよ」

「……家の周りにいた感染者たちを追い払ったのも、そのあとシェルターに案内してくれたのも、ヨウだろ。僕にとっては恩人だ」

「それでも、お前の母親を食べたのは、オレだ。だから、これは、つみほろぼし? ってやつ」


 空の際が、明るくなる。白みだした夜の空。

 重たい雲の切れ間から、黄色い光が、のぞきはじめている。


「それにさ、周りの感染した奴ら見てわかんだよ。人間を食べれば食べるほど、オレらは人間だったころの記憶とか、感情とかをなくしてく。どんどんバケモノになっていく。それなら、かんぜんにバケモノになる前に、さいごの、選択くらいはオレがえらびたかったんだ」


 なんで、と叫びたかった。

 家族からほとんど捨てられたみたいに、独りぼっちだったヨウ。母はいても行動をいつだって監視されて、外に出ることもできない僕。

 僕たちの気が合ったのは、仲が良くなったのは、たぶん、驚くほど自然なことだった。

 それなのに。

 どうして、僕は、今からヨウを食べなくちゃいけないんだろう。


「……イヤだよ、本当はすっごいイヤだ。どうせなら僕も感染したかった。僕はもっとヨウと一緒にいたかった」

「オレだって、にんげんのままで、もっとお前と、いっしょにバカみてーなこと、したかったよ」


 ヨウの声が震えているのは、朝が近づいてきてるからだろうか。

 太陽の光を浴びたら、彼らは呼吸ができなくなり、窒息したように、死んでいく。

 じゃあ、僕の声が震えている理由は、なんだろう。


「でもさ、そんなのどっちになったって、お前はけっきょく夜しか外に出られねえまんまだろ。だけどきっと、オレの心臓食べたら、体が強くなる。きっと、昼もそとに、出られるようになる。オレのかわりに……って言ったら、おもてぇか。つーか、もう、おもたいよなあ。背負わせて、ごめん。だけど、もうどうしようもない、オレのかわりに、おまえが、」


 くらいくらい空に、うっすらと、白と、水色と、太陽の光がのぞいてく。


「あー……さいごに、お前と、あさひ、見られてよかったなあ」


 ヨウは心底まぶしそうに見つめた。僕は、そのヨウの顔を見ていた。

 最後まで、笑っていた。


「おまえは、ひるも、よるも、どっちの空のしたでも、じゆうにいきろよ」



 太陽が、薄暗い夜を、切り開いていった。

 夜が明ける。朝がくる。

 あさがきて、ぼくは、たいせつなものをなくして。

 そのかわりに、一生なくせないものをてにいれた。






「………おい、視力よくなりすぎて、太陽の光、目が痛いんだけど」


 青空が頭のうえ一杯に広がるころには、僕の口と手は、真っ赤になっていた。

 口の中に、なまぐさくて、少し苦くて、しょっぱい味が広がっている。


「あー……明るすぎて、目、痛い」


 痛いから、と言い訳して、にじんだ目をぬぐう。

 初めて見る、夜じゃない空が明るすぎて、まぶしすぎるから、それが痛いから、今は座っているだけだ。もう少ししたら、もうちょっとしたら、ちゃんと立つから。一人で立って、歩いていくから。


「まぶしすぎんだよ。お前の笑顔くらい、まぶしすぎるんだっての」


 だけど、今だけは、もう少し。

 友達だった抜け殻の横に座りながら、青空をぼーっと眺めていた。

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