第10話


 僕は結局復学することになった。理由は簡単、佐々木さんがそうすべきだと言ったからだ。

 彼女の言いなりになるのは不服だったが、彼女が正真正銘僕のためにそう言ってくれているのは分かったし、本当のところ、その方がいいのもわかっていた。


 今はバイトのシフトを減らしてもらって、大学にも通っている。人は弱っている人に手を差し伸べることはないが、回復しかかっている者には手を差し伸べたがる。自分のやったことが無駄になることを、みんな恐れて、逆に自分がやったことによって誰かが笑うのが好きなのだ。

 僕が前向きに生きれば生きるほど、たくさんの手が差し伸べられ、僕に選ぶ余地があるほどだった。でも、結局一番つらい時に助けてくれた人が、一番素敵な人だし、一番大事な人なのだ。

 これは、佐々木さんが教えてくれたことだ。

「私、もう一人でも生きていけるんです。もし佐伯さん、別れたくなったらそう言ってくださいね? 私は嫌ですけど、そうなったなら、ちゃんと諦めますから。諦められますから」

 彼女は本当に強くなった。香織ももう少し生きてたら、これくらいしたたかになれていたかもしれない。そう思うたびに、また胸がチクりと痛む。手を差し伸べられなかった自分。当時の自分を、殴りたくなる。

「誓うことはできないけど、今は君のことを愛しているよ。本当に」

 もう僕らは、互いに寄りかかりあって生きる必要はない。もし互いに別の人が好きになったら、それでも構わないと思ってる。ただいまは、偶然と運命が味方して、僕らは愛し合っている。そして未来のことも、信じている。


 何年後だろう。きっと大学を卒業したら、だと思う。その時もまだこの人のことを信じられているのだったら、プロポーズしよう。


 雨上がりの空は青く澄んでいた。僕は大学に向かう。友だちもいないし、めんどくさい課題だってたくさんある。現実社会というのは憂鬱で、僕らの心をどんよりと曇らせる。ため息も、愚痴も、下品な笑い声も、聞きたくない。でも僕はもう耳をふさがない。

 未来は希望で満ちている。こんな世界でも、生きていく価値がある。僕はそう、心の底から信じているのだ。

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残滓 睦月文香 @Mutsuki66

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