エピローグ

美波が結婚する旨を明に告白した日から3ヶ月後の3月、下旬。


その美波が寿退職をする本日、勤務として最終日に運命の悪戯なのか、同じ手術に就くペアが、明と美波で組まれていた。




「ハセショウ」


…へい


「3-0絹糸」


……へい


「メッツェン」


………へい


ワンテンポどころか、スリーテンポも遅れて手術器具を医師に手渡す、器械出し看護師の明の下手くそすぎる手技を、外回り看護師である美波は終始ニヤついて見ていた。


手術が終わり、患者が手術室から退室すると、美波は明の元へ駆け寄る。


その嘲笑うような彼女の笑顔に、自分の稚拙な器械出しの手技のダメ出しを受けると察して明は、

「器械出しなんて随分としてないからな」と言い訳で予防線を張った。


「最終日にいいもの見せてもらったよ」


彼女の辛辣な皮肉に、明は思わず笑い出す。


「俺からの餞別だ」


思い出しては笑ってくれ、と返す。


「そんな餞別いらないよ」


美波は明との、同僚としての最後の会話を楽しんでいる様子だ。


新人教育の担当者として出会った日から今日まで、最後まで自分を見捨てずに指導し、優しく見守ってくれた明に、美波は心からの感謝の言葉を伝えた。


畏まって謝辞を述べられた明は「仕事だからな」と照れ隠しに言う。


「明と出逢えてホントに良かった」


「職場では"さん"をつけろ」


「はいはい、明"さ・ん"」


わざとらしく敬称に大袈裟なアクセントをつける美波に、明は笑って応える。


そして、


「美波」


「なに?」


「幸せになれよ」


明からの惜別の言葉を受け取った美波は、出会ってから今までの中で1番の笑顔を明に向けた。




終り

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【飽きた】〜もし、君を選んでいたら〜 @nora-noco

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