最終話

はるかと会うことで、何かが変わると思っていた。


彼女と会うことで、元の世界に戻れるのではないかと、正直なところ期待を寄せていた。


結果として、俺はまた美波と住む部屋に戻ってきている。


世界は戻らなかった。


何も変わらなかった。




昨晩の夕食の残りだけでは満腹感は得られないだろうと、牛肉と市販のルーを買い足して、俺はビーフカレーを作った。


やはり美波は俺の手料理に歓喜し、美味しい〜!と、誰が作っても同じ味になるであろう家カレーを、幸せ一杯に口に運ぶのであった。


満腹感と、こたつの温さと、連日続く日勤勤務の疲労から、俺の肩の上に頭を乗せテレビを見ていた美波は、やがてすやすやと寝息を立て始めた。


「美波」


「ん〜…?」


返事はするが、目が開いていない。


2人で幸せになろう。


そう伝えようとしたが、俺は彼女の手を握ることだけにした。




この世界に来て、改めて分かった。


人は生きていく中で、様々な選択を強いられる。

分岐点に着く度に選択し、到着した先が例え自分が望んだ未来じゃなくても、それが正解なのか、間違いだったのか、答えを出すのは自分自身でしかない。


この世界線に来てしまったことを過ちとするのも、来て良かったと思い生きていくのも、決めるのは全て俺だ。


現実逃避の先にあった、受け入れも、踏み出すこともできなかったこの獣道も、地を慣らして歩き続ければ道になるはず。


時に迷い、間違い、後悔の念に駆られながらも進んで、選んだ道は正しかったと、胸を張って自分自身に言える日が来るのを信じて…


そう信じて…はるかのいない道を俺は行く。


それもきっと、間違いではないのだから。


俺は美波の手を、いつまでも離さなかった。







強く抱かれる感触で、明は目を覚ます。


寝惚け眼で枕元に置かれた卓上時計に目をやる。


午前6時


スマホのアラームがけたたましく鳴り出すちょうど1時間前だ。

明は再び眠ろうと目を瞑ったが、


「明…」


自分の身体に強く巻き付くその正体に、睡眠を阻害された明は「どうしたんだよ?」と不機嫌に訊ねた。


「明…明………明ぁ……!」


背中に回る腕に力が増し、明は痛みを訴える。


「怖い夢でも見たのか?」


なだめ落ち着かせようと、流れる髪に沿って頭を撫でた。


鼻をしきりに啜る音が部屋に響く。

堪らずに明は、部屋の電気をリモコンで点灯させた。


「どうしたんだよ、はるか」


遂には胸の中で声を上げて泣き出したはるかを、明は子どもをあやすようにして優しく頭を撫で、彼女の心身を案じる。


明は2人分の身体を起こし、はるかの両肩に手を置き、覗き込むようにして彼女の表情を伺った。


「明…明……ホントに会えた…!」


「いや、会えたも何もずっと一緒にいただろ?夫婦なんだから、、、ていうかはるか、なんか痩せてない?」


「明ぁ…!」


はるかは明の首周りに腕を回し、再び抱きつく。

その衝撃に耐えきれず、明は咄嗟に左腕をベッドにつき身体を支えた。


右耳のそばで、カサッと何かが擦れるような音に、彼は首を右に捻る。

彼女の少し開かれた右手に、小さな紙が辛うじて握られているのが分かった。


まるで火に炙られたようなその紙に、赤字で何か書かれていることに気付いたが、明は気に留めず、妻以上の力で強く抱擁した。


明自身も説明のつかない、止め処なく流れ出る涙に戸惑いながら。



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