髪留め

巴菜子

第1話 髪留め

 今日、中学の同窓会があった。20歳になった同級生はみんなそれぞれあの頃とは変わっていて、5年の長さを改めて感じた。


 久しぶりに会っても、仲が良かった子とは案外話せるもので、あの頃に戻ったようだった。戻ったようとはいえ、変化はあった。化粧をしていたり、髪型が変わっていたり、趣味が変わっていたり。化粧は私もしているし、髪型だって高校でがらりと変えたのだが、趣味が変わっていたことだけは、少し寂しいような気がした。


 かつて部活仲間だったあの人は、プロを目指して頑張っているらしい。かつて恋仲だったあの人は、もう結婚を約束した人がいるらしい。かつて新婚だったあの先生は、親になったらしい。かつてサッカー部のエースだったあの人は、もうサッカーをやめたらしい。かつてクラスの人気者だったあの人は、もう社会人らしい。かつて私の字をほめてくれたあの人は、アメリカにいて今日は来られないそうだ。


 とくに仲が良かったわけでもなく、必要最低限の会話しかしなかった。そんな彼女にふとかけられた、『字、きれいだね』という言葉が、私が『ありがとう』と返して終わった、たったそれだけの会話が、なぜだかすごく頭に残っていて、ふと思い出しては、少し字をきれいに書いてみたり。卒業式の日に借りて返し損ねた、百均で10本セットで売ってあるような黒い髪ゴムを、捨ててしまって構わないと言われたのに、なんとなくずっととってあって。同じような髪ゴムは何本も持っているのに、なんとなく特別扱いをしていたりする。


 連絡先は持っているが、髪ゴムの話以降一切連絡をしたことはないし、当時彼女に恋愛感情を抱いていたというわけでもない。ただ、彼女になんらかの感情を抱いていたのは事実で、単なる興味か、はたまた性格の違う彼女への憧れか。正直まったく覚えてはいない。いないが、趣味友達とも、恋人とも、部活仲間とも違って、なんとなく彼女は、なんとなく、特別だった。あの頃の私にとって、特別だった。ほかの人とは、なんとなく違うように思えたのだろう。


 彼女が覚えているかもわからないし、覚えていたからどうというわけでもない。実際、彼女はアメリカにいるわけで、外へ出て、何かに向かって進もうとしているわけで、昔の彼女のほんの一部にとらわれているような私は、関わってはいけないのではないかと思うのだ。向かう先すらみつかっていないような私が、進んでいる彼女に関わってはいけないのではないかと。まあ、関わるといっても、連絡を取ろうとか言うわけでもない。そもそも、連絡先が変わっていないとも限らない。


 ただ、彼女がアメリカにいるという話を聞いて、私も進まなければならないと思った。ごちゃごちゃ言っていたが、結局そういうことなのだ。進んでいる人からずっと目をそらしていたのに、目をそらした先に進んでいる人を見つけてしまって、外に目を向けられなくなって。自分を見るしかなくなったから、自分の現状を突き付けられて、また過去に逃げようした。でも、過去は過去で、みんな進んでいて、今からは逃げられなくて、ああ、進まなきゃ、って思ったんだ。


 きっと、向かう先はたくさんあるから。みつけたら、彼女にまた連絡してみるのもいいかもしれない。とりあえず、まずは、新しい髪留めを買おうと思う。

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髪留め 巴菜子 @vento-fiore

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