第4話 赤鬼は泣くか?
「私も一緒に行くよ!」
アーベルが勇者ナガヤマコウサクに認められ、魔王討伐の旅に同行することが決まった日。幼なじみのエリーザは開口一番、そう宣言したのだった。
おっとりしている、とかはまだいい方で、村の子どもたちの間でも、ちょっと抜けているんじゃないかと悪口を言われるくらい、エリーザはおとなしい性格だった。
そのエリーザが真っ先に決断し、宣言したのだ。周囲には衝撃が走った。
「女の子がバカ言うんじゃないよ!」
たいていの大人たちは頭ごなしに否定し、エリーザの母親に同情した。
エリーザは、まず母親と薬草の師匠である村の魔女に報告に行ったそうだが、母親は寂しそうに笑い、魔女は何も言わずに少しだけ難しい顔をしていたという話だった。
そして当のアーベルのところにエリーザが来たのは、順番でいえば3番目だった。
「本気なの? 危険だと思うけど……」
「危ないかもしれないけれど、アーベルは行くんだよねぇ?」
「そりゃ魔王討伐が終われば、他の村や街に誰でも行けるようになるし。そうすれば、また昔みたいにみんなの生活も良くなるはずだし。自分にも出来ることがあれば、頑張りたいよ」
「だったら私も協力するよぉ」
エリーザは意外と頑固だ。
さて、どうしたものか……?
アーベルは悩んでいた。
実は、正直な話しをするならば、アーベルはエリーザが一緒に行きたいと言ってくれたことを喜んでいた。同時に、大切な幼なじみだからこそ、村で安全に暮らしていて欲しいという気持ちも大きかった。
それにアーベル自身の気持ちはさておき、一緒に行くにはなにかと問題がある。
まず、勇者ナガヤマコウサクに認められたのはアーベルであって、エリーザまで同行していいとは誰も言ってない。
次に、エリーザの家の事情もあった。
エリーザは一人っ子。そして父親はエリーザが小さい頃に他界したと聞いている。もしエリーザが一緒に村を出てしまうと、母親ひとりが残されてしまう。
同じことはアーベルにも言えるのだが、アーベルの場合、父親は健在だし、母親も笑い飛ばしてくれる明るさがある。だがエリーザの母親からは、時々なにやら計り知れない暗い影を感じることがあって、そのことがどうしようもないくらいアーベルは気になっていた。
「ねえ、エリーザのことなんだけど……」
夕食の席で、アーベルは母親に相談してみた。
エリーザの家とは母親同士の仲が良かったから、何か解決に繋がるヒントが得られるかもしれないと思った。
「一緒に行くって言ってるんでしょ?」
「そうなんだよ」
「あたしとしては、お前をひとりで行かせるよりは安心なんだけどね……」
そう言って母はため息をつく。
「最後は本人が決めることだとしても、お前もちょっとエリーザちゃんのとこ行って、話しをしておいでよ」
「あー。うん、そうする」
気乗りはしない。
でも、たとえ自分の中で答えが出ていなくても、話しはしに行くべきだと思った。
翌日。
いつもなら師匠とエリーザと三人で柵の外にちょっと出ようかという時間帯に、アーベルはエリーザの家を訪ねていた。
「ちょっと待ってね、今したくしてるからぁ」
部屋からエリーザのおっとりした柔らかい声が聞こえてくる。
どうしようか? ここでしっかり話しをするべきか。
でも……。
アーベルは少し考えてから、場所をいつものように柵の外に移してから話そうと考え直した。エリーザの母親がどういう心境なのか正確には分からないが、ここで話しをはじめるよりは、師匠もいる場の方が良いような気がした。
「ねえアーベル、旅に持っていくと便利なものを師匠に教えてもらおうよ」
「えっ……」
「だって、師匠って旅してこの村に来たんでしょ?」
「ああ、そうだね」
「あっ。あと、旅に持っていく薬草もたくさん集めておかないとねぇ」
村のゲートへ向かう途中、旅に出ることについての話をどう切り出そうか考えていたアーベルの顔をしたからのぞき込むようにエリーザが話しかけた。
「そのことなんだけどさ……」
「どうしたアーベル? 今日は遅いではないか」
「師匠!」
地面ばかりみて考え事をしていたせいか、気付けばゲートに到着していた。
まあいいか。続きは薬草を採るのを手伝ったりしながらで。
その日。
アーベルは師匠に軍師盤でコテンパンにされて、
「こりゃ、集中力を切らすでない!」
と珍しく怒られた。
あとになって思えば、この時の師匠は旅に出ることになったアーベルを案じていたのかもしれない。言葉足らずではあるが、集中力を維持できないようでは命を落とすぞ、と言いたかったのだろうと思っている。
しかも、考えれば考えるほどエリーザになんといえばいいのか分からなくなり、結局大事な話など何一つできないまま帰宅した。
そして帰宅後に、事態は動き出した。
「ただいまー……。ってあれ!?」
そこにいたのはエリーザの母親だった。
しかも深々と頭を下げている。
「どどど、どうしたの?」
「アーベルに話しがあるんだってさ。まあ座りなさい」
そう代わりに答えてくれたのは、アーベルの母だった。
「あの子……、エリーザを――」
よろしくお願いいたします。
というのではないか、と半分期待して、半分恐れていた。
だが、そうではなかった。
「村に、私のところに残してください……」
ああ、そうだよな……。
それが真っ先に思い浮かんだことだった。
いつも元気なエリーザがいなくなってしまったら、この人は生きていけない。そういうことなのだろう。
そのことに気付いていながら見ないようにして、一方でエリーザが旅に付いてきてくれたらいい、という自分の漠然とした希望を叶えるように無意識に方策を練っていたのだ。
だからエリーザと話しをする機会が幾度もありながら、肝心な話題は出せず、師匠には軍師盤で徹底的に負けたのだ。
「そりゃ、そうですよね……」
そう答えるしかなかった。
「お前からも、何とかエリーザちゃんを説得してやっておくれよ」
「うん……。なんとかするよ」
なんとかしなければなるまい。
だが、どうしたものか……?
「これは勇者様の魔王討伐を助ける旅なんだ。はっきり言うけど、エリーザはのろいから足手まといだ」
「…………」
翌日の草原。
薬草を集める合間に作った花輪を自慢しに来たエリーザに向けて、アーベルは冷たくそう言い切った。
自分と一緒に旅に行くために、村の魔女に教わった薬作りの知識と技術を披露しようと、一生懸命に薬草を集めていたエリーザに向かって放ったのだ。
アーベルの血管は耳の後ろではち切れそうになって、顔はカッと熱くなり、視界ではエリーザの姿を捕らえていながら、何も見えていなかった。
「む……」
師匠には殴られるかもしれないとアーベルは覚悟していたが、師匠は息をひとつはいただけで何も言わないし、もちろん殴ったりもしなかった。
エリーザがおっとりしている。のんびり屋で、ちょっと抜けているというのは村の子どもたちの定番の悪口。そしてエリーザは気付かないふりをしているが、きっと気にしているであろうこと。さらにぽかぽか陽気の昼下がりに花輪を自慢しに来るというこのタイミング。
これ以上ないくらいに綺麗に決まった。
みるみるうちにエリーザの目には涙が浮かび、その場でしゃがんで泣き出した。
師匠が鋭い目でアーベルを見ている。
アーベルはその目をまっすぐに見て無言で頭を下げ、柵の中へとひとり帰って行った。
「明日旅立つ。明朝、村のゲートに日の出までに来るように」
その晩、アーベルの家に凜が言付けに来た。
いよいよだ。
母親との約束。エリーザを村に残すという約束はこれで叶っただろう。
見送りにも来てもらえないと思うと少し寂しいが、これだけ徹底しておけば、後から追いかけてくる心配もない。
「行ってくるよ」
「がんばんなさい!」
母が空元気でも、そう力強く答えてくれたのがせめてもの救いだった。
その男、ゴロにつき じんてつ2:50 @jintetsu250
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