第3話 ヘンな弓の正しい評価?
アーベルは悩んでいた。
頭を抱えて悶絶するほど――ではないが、その迷いはじわじわと続く頭痛のようにアーベルの脳のリソースを消費し続けていた。
勇者の一行が村にとどまっているのは、長く見積もっても数日。
そしてそれは、おそらくアーベルが勇者に直接自分を売り込める最初にして最後のチャンス。この機を逃せば、次に勇者を目にするのは、彼が魔王討伐をした後の世界での話になるだろうと、根拠はないがアーベルは確信していた。
その一方でアーベル自身は、年齢をはじめとして、明らかに未熟。
もし可能性があるとすれば……。
アーベルは壁に掛けてある自作の弓、村の大人たちが笑いつつも関心を寄せるヘンな弓を見上げる。
この発明、自信はそれなりにあるが、もしかしたら自分以外にも似たようなものを作っている人はいるかもしれない。いや、人の考えつくことなどだいたいは同じだ。いると考えた方が自然だろう。
ましてや、今売り込もうとしている相手は勇者。広く世界を渡り歩いている人物なのだ。どこかで似たようなものを見てきている可能性の方が高い。
それでも、これに賭けるしかない。
少しでも役に立つ人間だとアピール出来る物があるのならば、何でも使うしかない。
アーベルは弓を取って、勇者が宿泊している村の集会所に向かった。
「ほう……」
驚くでも、バカにするでもない。
しかし、さほど関心が高いようにも聞こえない反応。
それがアーベルの売り込みを聞いた勇者、ナガヤマコウサクの口から出た音だった。
「この弓は滑車を使っていますので、どんなに非力な人でも弓の名人が引くのと同じくらいの力で射ることが出来ます。それに滑車の組み合わせを変えることで、力のある人は素早く引けるように設定することも可能です。威力は弓の強度次第ですが、今のままでも最大射程距離は二百足距離です」
「どう思う?」
ナガヤマコウサクは、傍らの大男、レイウェンに意見を求める。
勇者と共に旅をしているという戦士だ。
よりにもよってこの人に話しを振るか、とアーベルは思う。
こういう、力が無い人の都合など考えもしないタイプは、
「最初から普通の弓を引けるやつを募ればいいだろう」
とか言うに違いない。
せめて逆側に控えていた少女――。あの日、アーベルの窮地に現れた人に聞いてくれていたら、まだ話しは違っていたかもしれないのに。
夢潰えたか、と床に視線を落とすアーベル。
「まずは試射してみろよ」
レイウェンはぶっきらぼうにそう言った。
「傭兵やっているのに、武器の善し悪しが分からないんですか?」
レイウェンにそう皮肉っぽく返したのは、勇者ナガヤマコウサクだ。
「パーティーに加えるかどうかはアンタの判断だ。自分で使ってみて決めればいい」
レイウェンは頑なに、試射するようにとナガヤマを諭す。
「仕方ないな……。少し借りるよ」
「じゃあ――」
勇者の前で直接プレゼン出来る!
アーベルは密かに拳を握って興奮を抑え込み、直ちに外に出て試射してもらおうとした。
だが、ナガヤマは席を立たなかった。
「ああ、ちょっと今は忙しいから。後で見ておくよ」
「はぁ……」
すっきりしないナガヤマの答えに、てっきり今すぐにでも実際に試してもらうものと思っていたアーベルは肩透かしをくらう形になったが、その日は弓を置いて帰った。
目の前で試射してもらえれば、使い方など細かいことは都度説明出来るのに……。
そう思うものの、実践で使う武器だと考えれば、制作者の注意など聞かずとも使えて、かつ故障しないことこそが重要なのかもしれない。
勇者には勇者なりの、武器を鑑定する際の流儀があるのだろう
翌日。
今か今かとナガヤマコウサクからの返事を待つが、日が傾きだしても回答はなかった。
これは結局ダメだったパターンかな……。
アーベルが諦めかけた頃、家の外で物音がした。
「誰?」
庭のトラップの音だった。
「……」
「あ、勇者の……。ええっと、忍びだっけ?」
アーベルを訪ねてきたのは、勇者一行のひとり。あの日、アーベルを魔物から救ってくれた恩人でもある少女だった。小柄で寡黙で、どこか遠くの国から来た人なのか、アーベルが見たこともないほど暗い黒髪の少女だ。
「私としたことが……不覚」
「あー、そのトラップは母さんも良く引っかかるんで……」
忍び、というのがなんなのかをアーベルは知らない。
戦士でも、僧侶でもなく、魔法使いでもない。武道家に近いのかなという気はした。
ただ、アーベルの張っていた侵入者検知のトラップに引っかかったことが悔しいらしく、無表情な中にも少しだけそんな色が見えていた。
「昨日の返答を持ってきた」
忍びの少女は唐突にそう告げた。
「は、はい!」
「ナガヤマ曰く、魔王討伐を共にしてほしいとのことだ」
「えっ!?」
「返答は今すぐでなくとも構わない。よく考えて――」
「行きます! ぜひ!!」
「あ、ああ……」
即答だった。勇者からの伝言を持ってきた凜が、忍びの凜が戸惑うほどに早い答えだった。
やっぱりあの弓がちゃんと評価されたのだろう。
一日中感じていた不安は、今や喜びの燃料としてくべられ、アーベルの心を熱く燃やしていた。
やったぜ!
アーベルは瞬時に妄想する。
勇者と共に魔王の幹部を次々に打ち破る自身の姿を。玉間で勇者たちと共に、王に魔王討伐の報告をする自身の姿を。
「いいのか……?」
ぼそっと凜がつぶやいた。
「え?」
「いや、なんでもない。私は忍びだ。主の意向が全てだ」
「はぁ……」
アーベルは女の子の気持ちが分からない。
これもきっとそういうことなのだろう。
よく分からないが故に、そう判断することにした。
「よろしくお願いします!」
「うむ。ぬしがそういうのならば、私はそのままナガヤマに伝えるのみ」
凜はそう言って集会所へと帰って行った。
「あ、そうだ!」
アーベルは庭で洗濯物を取り込んでいるはずの母親のところへ走る。
勇者に認められたよ! 俺、魔王討伐に行ってくるよ!
そう伝えるために。
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