夜は明け、空は晴れる

 結局、トウキチは解放された。

 彼の処置をしたという医師は再構成刑の執行者として登録されたことのある者の誰でもなかった。見つかった写真の名前や記録を見た男は黙り込んでしまい、トウキチは解放されたのだ。

「あなたがそれ以上のことを覚えていないのは幸運だった」

 男はそう言った。

「ただ、この件は追求したい。無理強いはしないが、協力してくれるならあなたは自分を取り戻すことができるかもしれない」

「自分を取り戻す? 」

 トウキチは怪訝そうに言った。

「そうだ。あなたは記憶も身分も奪われ、顔も変えられた。自分が何者か知りたくはないか? 」

「知りたくない、といえば嘘になりますが」

 彼はいままでかかわってきた様々な人々の顔、特にアカネの顔を思い浮かべた。

「強いて知るまでもないと思っています」

 戦争の体験は強烈だった。トウキチはあそこでまた生まれ変わったのだ。縁もゆかりも無いというわけではないが、顔も知らない過去の自分を希求する気持ちはなかった。

「そうか」

 男は残念そうだったが、それ以上強いることもしなかった。

「わかってはいると思いますが、このことは他言せぬように」


 トウキチが家にようやく戻ると、来訪者があった。

「兄ちゃん」

 すっかり大人びたアカネだった。できる女性官僚のオーラを全身にまとって、少し疲れている様子と目の輝きの強さがいかにがんばっているかを物語っている。時間を作るのも大変なはずだ。

「やっと見つけた。やっと会えた」

 初めてあったときの野良猫のような敏捷さで彼女は飛びついてきた。

「お、おい」

 とまどうトウキチの胸で彼女は少女のように涙をこぼした。

「生きててくれて、うれしいよう」

 トウキチの胸に、ずっとつかえていたものがすとんと落ちた。

 彼はアカネの背中を優しくたたくと、家の中へと案内した。

「頼んだぜ、お人好し」

 本物がどこからかそう呼びかけてきた気がする。

 わかってる、あんたの分も引き受けた。なによりこれが俺のありかただ。

 兄妹の時間はようやくぎこちなさも無く始まろうとしていた。


 おわり

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遠い遠い回り道 @HighTaka

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