100円玉の勇者

@takkunchan

100円玉の勇者

レジに、おにぎりとお茶のペットボトルを置き、尻ポケットから財布を取り出す。

「あと、33番ひとつ」

「合計、900円になります」

 財布から1000円札を抜き、店員に渡す。

「100円のお返しになります」

「ありがとうございます」1

 100円玉を受け取り、財布にしまおうとしたが、しまえなかった。

 磁石のS極とS極を、N極とN極を近づけるときのような、反発する力を感じた。無理やり財布の中にしまおうとしたが、100円玉は強い力で抵抗した。押し込もうとしても、押し返されてしまう。

 不思議に思いつつも埒が明かないので、おとなしくそのまま、ポケットに入れようとした。しかし、ここでも100円玉は同様の反応を示した。自分のポケットから何か強力な磁力でも発しているのかと、勘違いするほどに100円玉は猛反発した。結局、100円玉はポケットにも入れることができなかった。

 仕方ないと諦めて、100円玉を手に持ったまま、店を出ることにした。しかし、レジを離れようとすると、体をぐわんと揺り戻される。さすがにおかしい。足にぐっと力を込めて進もうとしても、踏み出した足を軸に、その勢いのまま、その場でくるっと回転して倒れこんでしまった。ついに、レジの前から動けなくなった。

 この100円玉には何か憑りついているに違いない。そう確信し、空きっぱなしのドアのに向かって、思いっきり100円玉を投げ捨てた。

 100円玉は水平にまっすぐ飛んでいったが、次第にスピードを落とし、空中で一時静止した。完全に地球の重力を無視している。目を疑うような光景だ。すると、100円玉は逆方向に回転を始めた。100円玉を投げて飛ばした時と同じスピードで、くるくると手のひらに戻ってきた。

 何が起こっているのか、はっきりとは分からなかったが、できることを試してみる。次は、腕を思いっきり振り上げ、地面に向かって100円玉をたたきつけた。

 100円玉はまた地面すれすれでぴたりと静止した。そして、また投げたときと逆方向に回転をしはじめ、手のひらに戻ってきた。

 こいつは俺を気に入っているのか? それともここを離れたくないだけなのか?

 試しに、いったん100円玉をレジの上に置いてみることにした。

 意外なことに、100円玉は動かなかった。ぴたりと止まったままだ。

 しかし、しばらくすると、ぴくぴくと100円玉は動き始めた。少しずつ右に左にと重心を傾け、100円玉は歩き出す。

 もう俺は、その光景に釘付けだった。100円玉は小さいながらも確かな足取りで一歩一歩前に進んでいく。その姿をじっと見ていると、彼が目指していることをなんとなく理解することができた。彼の視線の先には、募金箱があった。おそらくだが、この100円玉はこの募金箱の中に自らの身を投じようとしているのだ。自らの身を捧ぐことで、アマゾンの森林減少を少しでも食い止めようとしているのだ。

 しかし、そんな果敢なアマゾンの勇者の前に、大きな壁が立ちふさがる。ぴたっと勇者の歩みが止まる。募金箱が大きすぎるのだ。100円玉の何倍もの高さあがる募金箱を前にして、銀色に輝く小さな菊の花が寂しそうに揺れている。その様子をただ見守ることしかできない自分が歯がゆい。

 ゆっくりと、100円玉が振り返った。どうやらこちらを見つめているような気がする。勇者は自分の体を振り上げている。どうやら何かを意味するジェスチャーのようだ。

 「…! なるほど、分かったぞ!」

 やさしく勇者をつまんで、手のひらに乗せ、募金箱の最上階まで一気にリフトさせる。その間も勇者はただ一点のみを見つめていた。お別れの時が近づいている。

 手のひらを募金箱の穴ギリギリに近づける。彼の脚力ならば、ジャンプすれば十分に届く距離だ。

「…達者でな」

 勇者は何も言わず、体をこくりと傾け、募金箱の中に飛び込んだ。ジャラジャラとした金属音を立て、100円玉の使命は無事に果たされることとなった。募金箱の中には数多くの、さまざまな種類の効果があり、「あの100円玉」がどれであるかを判別することはもうできない。少し寂しいが、とてもすがすがしい気持ちに包まれている。


「お客様! お客様! 大丈夫ですか? ほかのお客様がお待ちになっておりますので…」

 後ろを振り返ると、100円玉を握りしめた人たちによる、長蛇の列ができていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

100円玉の勇者 @takkunchan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ