晩山怪~山で妖怪を喰う~全一話の弐・ラスト


 その鉄塔の下──少し山の斜面を削った平らな場所に、揺らぐ炎の明かりが見えた。

(???)

 積んだ石の壁が 凵型をした風避けの場所で、先ほど尾根道で出会ったのと同じ山怪が、横に置かれた丸太の上に座って焚き火をしていた。

 石積みの風避けの上部は斜めになっていて、木枠組みに波トタンが張られた簡単な雨避けの屋根が乗せられていた。


 火の中で、パチパチとはぜる小枝の音が聞こえ、枝で串刺しにした何かの肉と、鍋に入った煮込み料理を怪物は木製の大スプーンでかき混ぜて調理をしていた。

 火の前に座っている山怪は、わたしに気づくと手招きをして焚き火を越えた側にある丸太を示す。

 どうやら、そこに座れという意味らしい。


 わたしが、示された丸太に座ると皿のような目をした山怪は、鍋で煮ていた汁物を木製の器に盛って、わたしの方に木を削った箸と一緒に差し出してきた。

 何の肉汁だかわからなかったが空腹だった、わたしは夢中で食べた。

 体の芯に染み込んでくるほど、美味い汁物だった。


 わたしが夢中で食べていると、山怪が竹筒から茶色の甘い酒のような香りが漂う飲み物を注いだモノを、わたしに差し出しながら言った。

「美味いか……ゆっくり噛んで食べろ……山の果実の発酵酒だ……ほら、この焼いた肉を食べながら飲むと、もっと美味いぞ」

 山怪は、枝串に刺して焼いた何かの肉も、酒と一緒にわたしの方に差し出してきた。

 わたしは、山怪に頭を下げると受け取った木器の酒を飲んだ。

 酒も美味かった。

 焼いた肉も美味かった。


 空腹が満たされて、落ち着いたわたしは、恐る恐る言葉が通じる山怪に話しかけてみた。

「尾根道でお会いしましたね、道を譲っていただいて」

「それは、オレじゃない……別のヤツだ」

 わたしは、他にも山怪がいるのかと思った。

 山怪が親しみを込めて、わたしに話しかけてきた。

「オレも昔は、人間だった……今夜はここで休め……日が昇ったら、朝日を目指して歩けば、迷わずに里に出られる」


 わたしが、食べた肉がなんの肉なのか聞く前に睡魔が訪れ──わたしは、座ったまま微睡みに落ちる。完全に眠りに落ちる前に山怪の声で。


「また会おう……山が恋しくなったら、いつでも帰っておいで」

 と、いう声を聞きながら、わたしは眠りの領域に落ちていった。


 木々の間を抜けてくる朝日の眩しさに、わたしは目が覚めた。

 山怪の姿はなく、灰になった残り火から煙が微かに出ていた。

(昨夜の出来事は夢だったのか?)

 そう思える不思議な体験だった。

 火の始末をした、わたしは山怪に教えられた通り、朝日の昇る山に向かって下り。

 別ルートの登山道から無事に、里に下りるコトができた。

 わたしは、山怪と出会った山に向かって感謝の一礼をして帰路についた。


 数週間後──自宅の洗面台で顔を洗っていた、わたしは自分の手の甲に赤茶色の群毛が生えはじめているコトに気づいた。

 なぜか、懐かしさを感じる赤茶色の体毛を剃る気にはならなかった。

 赤茶色の毛を眺める、わたしの脳裏に山怪が言った。

《山が恋しくなったら、いつでも帰っておいで》

の言葉がよみがえる。


(こういう意味だったのか)

 わたしは、すべてを捨てて山にもどるか。どうするか? 悩んだ。

〔了〕

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晩山怪~山で妖怪を喰う~ 楠本恵士 @67853-_-

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