夏草




 刈っても、引っこ抜いても、鳥に食べてもらってもまだ、際限なく伸びる夏草。

 深緑、緑、若草、千草、萌黄。

 生命力あふれる色に染め上げて、土の存在など微塵も感じさせないようにみっちしと、腰の辺りまで生い茂る。


「おらあさぼってんじゃねえ」


 のんびりと言うが、内容は容赦ない。

 男は社長である老婆にちょっと休憩とだけ言ってこの場を離れた。

 本当は草のにおいがしない所まで避難したかったが、吹き続ける青嵐のおかげで逃げようがないので断念して、少し離れた木叢こむらの下で組んだ手を枕に仰向けになった。

 視線は自然と木の枝へと向かう。

 数多く、けれど天上から圧力でもかけられているかのように上へ伸びられずに細かく曲がる枝も、蝋でも塗りつけたように滑らかな太い幹も、地面から抜け出さんとばかりに浮き出る根もすべて、艶のある柿渋。

 枯れ木ではない。

 にもかかわらず、葉は一枚たりとて生えてきていない。

 まるで。

 あそこで生い茂る夏草にくれてやったと言わんばかりだ。


 隠したいのか。

 戦いの悲劇を、功名を、一つの性を。

 隠す必要などないだろう。

 どうせ風化しておしまい。

 現実のものではなく、物語としてしか受け継がれて行かないのだ。

 どれだけ残虐に書かれようが、きれいなままの物語として。


 だから、ここに何ができようが関係ない。と。

 例えば、無機質なビルが建とうが、賑やかなショッピングモールが建とうが、ここにあったんだと仰々しい立て看板があれば十分。




「社長が繁茂剤でもばら撒いてるんじゃないか」


 どれだけ土をいじくりまわそうが、夏草は生え続ける。

 ずっと、ずっと、ずっと。


 枝が小さく揺れるのを何とはなしに見続けて。

 ああ、隠したいんじゃないかもな。

 ふと思った。

 取り戻したいだけなのかもしれないと。


 そうと考えても、お金の為に無駄な草刈りをせっせと続けるわけだが。

 少なくとも、あの社長が亡くなるまでは。











(2022.5.31)













「夏草や兵どもが夢の跡」(松尾芭蕉)


「ここで戦った義経たちの功名も夢と消え、今は夏草が生い茂るばかりだ」


【参考文献 : 新総合図説国語 改訂新版 東京書籍株式会社(高校の時に使っていた教科書)】



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古典名歌・名句選への手紙 藤泉都理 @fujitori

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