Sweet Memories

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sweet memories

自分にはもう有名にならない分の過去がある。


あのとき、無理をして自分の人生を差し出していたらどうなっていたのかと時々思う。


履いていた靴はすぐに、擦り切れるのに

どうやら地に足はついていなかったみたい。

いかにも軽やかに見せた足取りで、満員電車のように浮き足立って。


ビルと灰色の空はやけにカッコ良かった。

心が踊った。

これから心身共に全て、雨に降られるのに傘をさすのはよそう。


雨と晴れの境目が照らされた。

とりあえず、そこまで歩く

背伸びをしてかかとを擦りながら

「頑張ってるこちらは」


あの夏、東京は雨がよく降った。

蛇口を捻ったシャワーの様に雨が落ちた。


東京で暮らした約1年の話をしようと思う。

一緒に上京した当時の彼女と別れて、

再び海の見える地元で暮らしている。


仕事が決まっていないのに仕事を辞め家を飛び出した私は、先に転職先を見つけた彼女についていく形になった。


2月28日

昔から私が心待ちにした日は、必ず雨が降る。


その日も、もちろん雨だった。

新幹線で品川へ向かう道中、雲行きが怪しくなり、名古屋を越えると景色には、雨が混ざっていた。

窓に打ち付けられた水滴は、進行方向とは逆に引っ張られ

「そっちには行くな」と言わんばかりに景色と共に流れて行った。


最寄駅に到着し地元から引っ張ってきたトランクを雨に濡らしてマンションへ向かった。

築15年7階建てマンション。

ベランダからは朝日に照らされた富士山を少しだけ眺めることができた。


理想の将来を頭いっぱいに、それはもうトランクの荷物よりも多く詰め込んで来た。

夢見る24歳に微塵も不安はなかった。

ずっとこれからここで生きていくと信じて疑わなかった。


「何故、東京で暮らすのか?」

と皆んなが私に問うけれど、誰に対しても自分に対しても納得のいく答えを出せずにいた。


ただ初めて高校2年生の時に訪れた「東京」が眩しかった。

地元でも目にしている看板や広告は東京で見ると妙に説得力が増して見える。


5月、私は無事営業マンとして転職先を見つけ、練馬区の支店で勤めることになった。


6月、研修期間が終わり営業エリアを与えられた。

その地図は歩いたことのない中野坂上駅、西新宿五丁目の周辺を担当することになった。

この街をとても好きになった。

猫がいて雨がよく似合う街だった。


7月

晴れた空には夕日が見えた。

いつも気がつけば西の空を眺めていた。

こんなに大きな夕日、東京にもあったんだ。


12月

彼女から「別れよう」と言われた。

後々話を聞くと新しくいい人ができたらしい。


帰ることに決めた。

上手にお別れができなかったけど、帰ることに決めた。


いつも渋谷駅で「明日の神話」を眺めた。

岡本太郎に「もっと自由でいい」といつも教えられているようだった。

私は知ってる。

ただ東京に住む自分に憧れていたから。

東京に酔いしれていたかったから。

自由になる為に東京へ来た私は、人の顔色

ばかり気にしていた。


仕事に行っても、家に帰っても否定される毎日に自分が嫌いになった。


猫は、死ぬ時に飼い主から見つからないようにただ散歩に出たように去っていくと聞いたことがある。

きっと生きている時に最適な死に場所を決めながら生きているのだと思う。

川や、ビルから下を眺めたことがある。 

でも、大好きな人たちが大嫌いな人に笑われると思った。

惨めでも白い目で見られても、苦しくても図々しく恥ずかし気もなく生きてやろう。

生きていて良かったと思える瞬間がもし、あるならそれを待ちわびながら。


地元の空とは、違って見上げても星がない空。

でも、ひとつだけ見える名前も知らない星を私は愛せるようになった。

人とのお別れを上手にできない私は勝手な生き物だと思う。

だから私に「どうしてだかわかる?」って質問をしないでほしい。


最後の日も雨。

でも、トランクの荷物よりも軽くなった自分がいた。


忘れられない夜がある。

東中野の洋食屋さんのテーブルクロス、

青梅街道と山手通りが重なるファミレス、

神田川沿いの静かさ、

西新宿で腰掛けた街頭と報告。

あの日々がとてつもなく愛おしくて憎悪にも感じる。


きっと東京で生きるには、真面目にも不真面目にも私はなりきれなかったんだと思う。


水中で綺麗な景観を楽しんだけど、呼吸が続かなかった。

踠き苦しんでそれでも長く潜った達成感ともう海面へ上がらなければいけない虚しさ。


振り返ることもたまにある。

だけど「もしまた、あの海へ行くならもっと」

なんて考えることはしなくなった。


帰りの新幹線の窓に張り付いた雨水は抵抗が少ない経路を辿り、まるで私が流した涙のように、東京で過ごした時間のようにさらりと後ろへ流れた。


どんな時でも私より潜るのが上手だった君へ。

海面から覗く灰色の空が似合う海で、

「どうかお幸せに。」

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