最終話 普通に世界が新生する日
魔軍を引き連れて生まれ故郷へと戻ったアマネはラオ・エクトムを脱ぎ、家族に旅で出会った友人たちを紹介。
アマネの母にして先代魔王ゲンキチの娘との再会に、第二魔将トフトは涙を流したという。
その日はかつてない大宴会が催された。
魔族の事情を理解していた村人たちは魔族を恐れることなく、普通に彼らを受け入れる。
それは普通ウィルスが作用しているわけではなく、それが彼らにとって普通だからだ。
夜を迎えて大盛況となる宴。人間も魔族も関係無く飲めや食えやの大騒ぎだ。
だから、ラオ・エクトムとデスグラビトンアックスの姿が無くなっていることに誰も気づかなかった。
遠く離れた場所にてアマネたちの楽しげな様子を見届ける禍々しい鎧の姿。
ラオ・エクトムは、その光景を魂に刻んだ。
「これでいい。あとは俺たちの仕事だ」
『いいのか? 源十郎』
「何を今更。それに、俺たちはこの世界にとって異物だ」
『……そうか。今思えば、この普通ウィルスは異世界モトトが生み出した抗体だったのやもしれんな』
「言い得て妙だな」
ラオ・エクトムに魂と普通ウィルスを移した魔王ゲンジュウロウは、アマネの故郷に結界を張り巡らせる。
それは、これから起こる大破壊と超再生から彼らを守るためのもの。
「本当に奇妙な五十年だった。でも俺は十分に生き抜いた……最早、悔いなし!」
ガン、とデスグラビトンアックスの柄の先を大地に叩き付ける。
同時に村が無色透明の結界に覆われ尽くされた。
これにて、事が終わるまでは誰一人として村から出ることはできない。
尤もここは閉鎖的な村であったので、村から出る者は成人の掟で旅立つ者だけであったが。
「さぁ、準備は終わった。あとは派手にやるだけだ」
『源十郎』
「なんだ、親父」
『いやな、俺の息子に生まれてくれて感謝する』
「そういうのは向こうで言ってくれよ。だからこんなに捻くれちまったんだぞ」
『そうだな……済まなかった』
親子との会話、それを邪魔するかのように天から神の軍勢が降りてくる。
主神フォルモスの手勢だ。
「来なすったな」
『あぁ、全て計画通りだ』
「連中め、これで全てが転がり込んでくると思っているんだろうよ」
『確かに全てが転がり込んでくるな』
「言えてる。それじゃあ、一発派手に打ち上げるとするか!」
ラオ・エクトムとなった源十郎は内封された魔王たちの魂と共に天高く飛翔する。
降りてきた神の軍勢の中に主神フォルモスの姿があった。
「魔王っ! これでおまえの邪悪な野望は終わりぞっ!」
「いつまで体裁を取り繕ってんだよ、爺さん」
「なんじゃとっ!? この軍勢を見て、まだそのような虚勢を張るかっ!」
神の軍勢はその大部分がチート転生者で構成されていた。
神をも凌ぐ能力を持たされて異世界モトトに招かれた転生者たちは、これから始まるであろう自分の物語に心躍らせている。
だからだろう、この戦いに理由を求めてはいなかった。ただのチュートリアル程度の認識であったのだ。
だが、その認識は間違いであり、この場が彼らにとって終焉となる。
「寝惚けてんなぁ、おまえ」
「なにっ!?」
「今更、こんな連中を引き連れて下界に下りてきても意味がねぇんだよ」
「虚勢を張りおって!」
「まだ気付かねぇのか? この星が生み出している抗体によ」
「こ、抗体じゃと?」
主神フォルモスは周囲を見渡す。しかし、そこには何も無い。
だが、それは見えないだけで確かに存在していた。
やがて、転生者の一人が天より地上に落下する。
主神フォルモスが最も目に掛けていた転生者だ。
彼は悲鳴を上げながら地上に落下し激突。無残な肉塊へと姿を変える。
それを皮切りにして、転生者たちは次々に地上へと叩きつけられ潰れたトマトのような姿へと変じた。
「な、なんじゃっ!? 何が起こっておるっ!」
「抗体の力だよ。普通ウィルスっていう名のな。普通、人間は空を飛べないだろ? だから落ちたってだけさ」
「ば、馬鹿なっ!? 普通ウィルスの届く範囲ではないし、普通ウィルス用の結界も……!」
「無駄なんだよ。それに遅すぎだ。俺たちが聖都ホリウムに到達した時点で、な」
魔王ゲンジュウロウは、デスグラビトンアックスの先端を主神フォルモスに突き付けた。
「あれは呪いさ。俺は呪いに普通ウィルスを寄生させたんだよ」
「呪いに……まさかっ! では、おまえは、ここまでずっと魔力を呪いに供給し続けていたというのかっ!」
「維持型の呪いは骨が折れるけどな。いや、ま、もう骨自体無いんだが」
源十郎が聖都ホリウムを侵攻する際に解き放った呪い、それはこの時のための仕込みであった。
呪いといっても、それは誰かを害するものではない。ただ単に魔力を世界中に拡散させるためだけの意味のない呪いだ。
だが、それは普通ウィルスを存命させるのに十分なエネルギー。
そして、普通ウィルスは時間経過によって変化を起こし進化してゆく。
やがて、生き永らえた普通ウィルスは寄生先を見つけ繁殖し、更なる寄生先を求めて漂う魔力に乗って旅立ってゆく。
それを繰り返した結果、僅か三か月で全世界は新種の普通ウィルスが蔓延するようになったのだ。
したがって、旧来の普通ウィルス用の結界は意味を成さない。
「今、魔力切れで初代魔王が逝ったよ。おまえに
「おのれっ! おのれっ!」
主神フォルモスは杖の先端より雷を放ちラオ・エクトムを貫いた。
魔王の鎧は防御壁を出すことなく、その右腕を炭へと変える。
「滅びが怖いか? 神ともあろうものが」
「黙れっ! 私がここまで来るのに、どれほど苦労したと思っておる!」
「それは、おまえのために犠牲になって来た者たちの苦労だろ。知ってるんだぜ? この中には歴代魔王の魂が入ってるんだ」
「うるさいっ!」
再び主神フォルモスの杖の先端より雷が放たれ、ラオ・エクトムの左足が消失した。
しかし、ゲンジュウロウはくつくつと籠った笑い声を上げるのみだ。
「見苦しいな、神よ。おまえには覚悟があまりにも足りなすぎる」
「まだ減らず口を言うかっ!」
いよいよ以って腹部に大きな穴を開けられた魔王ゲンジュウロウは、しかしそれでもくつくつと笑い続ける。
「いやぁ、滑稽、滑稽。放って置いてもくたばる俺たちに、そんなに怒りを向けてくれるとは感謝感激雨あられってなぁ」
「なんじゃと?」
主神フォルモスはこの時、ようやくラオ・エクトム内部に膨大なエネルギーが凝縮されていることを認める。
これに気付かないとはなんたる不覚、そう気付いた時、魔王ゲンジュウロウは止めとばかりに告げる。
「あぁ、おまえの怒りはアマネが変異させた普通ウィルスが作用してたのか。道理で怒りっぽいと思ったよ」
「な、ななっ!?」
主神フォルモスは言葉にならない。
魔王たちだけではなく、アマネにすら計画の邪魔をされていたのだ。
これまで主神フォルモスは、アマネを自然災害程度の認識を示していた。
だから近づかなければ害は及ばない、と認識しており確かに彼の考え通りであった。
だが、彼は迂闊にも近づいてしまったのだ。
しかし、ほんのひと時の事、だから大丈夫。フォルモスは、そのような根拠のない確信を持ってしまう。
しかし、変異した普通に怒ったウィルスは肉体のみならず、その精神までにも寄生する恐るべき存在だったのだ。
それがまだ、フォルモスの中で生き続け活動している。
彼が短気を起こし神の軍勢を率いて下界に下りてきてしまったもの、それが原因だ。
「さぁ、チェックメイトだ。古い世界は消失し、世界は新生する」
「や、やめろっ! 全ての命を道連れにするつもりかっ!」
「あぁ、その通りだ。なんせ俺たちは……」
極悪非道の魔王だからな。
瞬間、世界を覆い尽くすほどの光で満たされた。
星に亀裂が走りミシミシと悲鳴を上げる。
やがて、暗い空間に存在した一つの生命はその生を終え、一瞬の輝きと共に爆散した。
その光景を魔族たちの神にして大地の女神ガーブスは、ラオ・ウォルカームの魔王の間にて見届ける。
全ての魔族のために、己の全てを捨てて使命を果たした魔王たちに惜しみのない感謝と溢れ出る涙を捧げる。
「魔王たちよ、あなた方の願い、確かに……」
大地の女神ガーブズは、直ちにラオ・ウォルカームの外へと移動する。
そして、その手を鋼鉄の獣へと差し向けた。
「再生の獣よ、今こそ汝の使命を果たす時。我にその無限の力を捧げよ!」
ラオ・ウォルカームより無限に生産される魔力を供給された女神ガーブズは見る見るうちに巨大化してゆく。
そして彼女は、かつて異世界モトトであった一部を拾い上げた。
それはアマネたちが今も宴を楽しんでいる村が存在する大地だ。
天音源十郎が守り、そして歴代魔王たちが夢見てきた理想郷が存在する大地を抱きしめた女神ガーブズは、その巨大な体を丸める。
すると彼女の身体より空が生まれ出した。
どんどん硬質化してゆく柔肌からは命溢れる木々が生え出し、彼女の身体を緑で覆い尽くして大地へと変化を果たす。
彼女が流す涙はやがて海となり、そこから原始的な生命が誕生した。
恐ろしいまでの速度で世界は再生されてゆく。
それに気付かないのは天音源十郎の結界に護られている村の人々だけだ。
「ルトゥーさん、飲んでるぅ?」
「えぇ、飲んでるわよ」
「ほあ~、良い飲みっぷり。僕のもみてみてっ」
「初めてお酒飲んだんでしょう? 二日酔いになっても知らないわよ」
女神ルトゥータは空を見上げた。
彼女は知っていた。村の外の出来事を。
魔王たちが命を賭して、この小さな箱庭を護ったという事実を。
彼らが望んだ理想郷、その光景を女神ルトゥータは心に焼き付けた。
「全ての命が普通に生きられる世界に」
女神ルトゥータは盃を天に掲げ、己に託された重大な使命を受け止める。
ほぼ全ての神は失われ、大地の女神ガーブズは、その身を命たちのために捧げた。
今、この星を管理できるのは、唯一残された女神ルトゥータだけなのだ。
「うへへ~、ルトゥーさん、大好き」
「えぇ、私もよ。アマネちゃん」
普通ウィルスは既にその効果を発揮することはない。
何故ならば、人間と魔族が仲良く生きることが普通となったからだ。
普通が普通となった今、彼らは命の中に息づく一個の生命に過ぎない。
完全に普通の少女となったアマネは、普通に新生した世界、唯一モトトの名残がある故郷で雑貨店を営みながら、時に珍妙な出来事を起こしながら人生を全うするだろう。
女神ルトゥータは誓う。もう二度と転生者をこの星に招かせはしないと。
新たなる世界ガーブズは、自分たちの力で成長させてゆく、と今は亡き魔王たちに約束する。
これにて、アマネたちの物語は終結す。
ガーブスという世界は確かに存在する。しかし、その存在は別世界の神々にすらも決して知られることはなかった。
だからこそ、そこは間違いようがなく楽園であり。争いも殆どなく、人々は日々をのんびりと過ごしながら生きている。
それを見守る女神の名はルトゥータ。
彼女の名を広めたのは、行商人として世界を周ったアマネ・ユーネスだ。
アマネによって女神ルトゥータの名は世界中に広まる。
神がことごとく失われた世界にとって、それは唯一の神となった。
しかし、アマネがそれを伝える、とおかしな方向に流れてゆくものである。
その結果、女神ルトゥータは【お母さん】な女神として慕われたという。
「ありがとう! お母さん!」
「ありがとうございます! お母さん!」
「ドジだけど、そんなお母さん愛してるっ!」
今では【お母さん】が女神ルトゥータを指し示す言葉へとなっている。
それは同時に、自分を生んでくれた母親への感謝となっていた。
「なんでこうなった? アマネちゃ~んっ!?」
今は亡きアマネが親指を立て、やり遂げた感のある笑顔を浮かべる映像が浮かび上がる。
最高神となり、ある意味で野望を叶えたルトゥータではあったが、結局はトホホな女神に落ち着いたのであった。
今日も
おしまい。
全身鎧の行商ちゃん 僕は普通の力しか持たない転生者 ねっとり @nettori
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