第37話 普通に聖都陥落、あとポイ捨て

 わけの分からないまま最強の転生者アストロードを下した魔王アマネは、事切れた聖女フウリアを見やる。


 そこには彼女の亡骸に縋り付いて嗚咽するレイクスの姿。彼は勇者アストロードと魔王アマネとの戦いが決着した後、直ぐに目を覚まし変わり果てた想い人の姿を目の当たりにしてしまったのだ。


 悪夢なら早く覚めてほしい、そう願う彼であるがこれは紛れもない現実。

 もう聖女フウリアは二度と目を覚ますことはない。


「あー、聖女様が死んじゃってる。困ったなー」


 まったく困っていないようなアマネの声色であるが実際のところは困っていた。

 これでは彼女の祝福がもらえないからだ。


 あくまでアマネの目的は聖都ホリウムで聖女フウリアの祝福を頂戴することなのだ。


「おまえがっ! おまえが殺したんだろうがっ!」

「殺してないよー。人聞きが悪いなぁ。僕が殺したら、そんな傷になるわけないじゃない」


 フルフェイスマスクを下ろしたまま、アマネはレイクスに向けて淡々と自分ではないという証拠を付きつけた。


 アマネの言うとおり、デスグラビトンアックスには刺突の機能が持たされていない。

 また、レイクスは意識を失う前に魔王ゲンキチから妙な言葉を聞いていた。


「主神フォルモス……まさか」

「その人が悪者でいいんじゃないかな? 面倒だし」


 アマネは適当に主神フォルモスを悪者に仕立て上げた。

 ぶっちゃけた話、彼こそが主犯である。


「それよりも、聖女様には死んでもらってちゃあ困るんだよねー。そこで、これ」


 アマネはごそごそと無限リュックサックを漁り、得体の知れないポーションを取り出した。

 それは、夜だというのに眩く輝いており太陽を想起させた。

 しかしそれは、瓶の中でうねうねと動き回っている。


 その原料は明らかにアレであることは間違いない。


「じゃーん、蘇生薬~」

「なっ!?」


 レイクスは目を見開いて驚いた。しかし直後に己を戒める。

 そんなうまい話があって堪るか、と。


 だが、もしもそれが本物であるならもう一度、愛する人に会えるかもしれない。

 この冷たくなってしまった身体に温もりが戻るかもしれない。


 そう考える、と神の摂理などどうでもよくなってしまう自分がいることを認めてしまう。


「今なら、この蘇生薬に回復ポーション五個が付いて五万ヤン」

「……買った」


 抱き合わせ商法でまんまと蘇生薬を売り払ったアマネは受け取った五万ヤンをいそいそと財布の中へと仕舞い込む。

 魔軍はその様子を間の抜けた表情で見守っていた。


「トフト様、ホリウムの完全陥落が成りました」

「おぉ、セスタ。ご苦労であった。こちらも終わったようだ」


 トフトとセスタは事切れた聖女フウリアを目撃し、先代魔王の仇討が成ったことを知った。


「だが魔王ゲンジュウロウ様は聖女フウリアを許すようだ」

「なんですと? それはどういう事でしょうか?」

「分からぬ。あのお方の心は私でも計り知れぬゆえ」


 セスタはトフトの言い分に納得を示す。

 彼も彼女の心の奥底を窺う事は容易ではないと認めているのだ。


 それで正解である。覗いたら最後、きっと正気ではいられなくなるだろう。


「フウリア、頼む。生き返ってくれ」


 レイクスは蘇生薬が入った小瓶の封を切って、躯となったフウリアの口にそれを流し込む。

 蘇生薬はフウリアの口を無理矢理こじ開けて彼女の内部へと侵入。

 死しても冒涜を受けるフウリアに明日はやって来るのであろうか。


 やがて、フウリアの身体がビクンビクンと陸に打ち上げられた魚のように飛び跳ね始める。


「フ、フウリアっ!?」

「薬が効き始めた証拠ですよー」


 慌てふためくレイクスにアマネは落ち着くよう諭す。

 やがて、フウリアの痙攣は収まり彼女は目を開いた。


「フウリアが目を覚ましたっ! 生き返ったんだ!」

「……て」

「て? なんだい、フウリア」

「てけり・り」

「!?」


 やはり、そんな旨い話などは無かった。

 哀れ、聖女フウリアは人間を辞め、神話生物へと進化してしまったのである。


「よかったねー、生き返って。早速だけど洗礼してー」

「てーけーりー・りー」


 しかし、聖女としての力は残されているもよう。

 尤も、その力の源は既に主神フォルモスの物ではなく別の物に変わり果ててしまっているが。


「やった、これで故郷に帰れるよー」


 聖女の洗礼を受けることができたアマネは、これにて当初の目的を果たし生まれ故郷へと戻る決心をした。


「あれ? ルトゥーさん、どこかなぁ?」


 話について行けない魔族たちは、取り敢えずルトゥータの居場所をアマネに告げる。

 すると彼女は彼女を求めて聖都ホリウムを後にすると言い出したではないか。


「ま、魔王様っ! ここはどうするのですかっ!?」

「もう用は無いし」

「なっ!?」


 魔族たちは戦慄した。

 重要拠点をあっさり陥落させた上で必要ない、というのだ。


「(なんという恐ろしいお方だ。鉄壁と恐れられた聖都を僅かな手勢で陥落させた上に必要ないとおっしゃるか)」

「(それは、どこでも容易く落とせる、と世界に向けて宣言しているも同じこと)」


 特にトフトとセスタは魔王アマネに驚嘆していた。

 自分たちではこのような選択を決める事など到底できない。


 しかし、実はこれ理に適っている。

 百にも満たない手勢で広い聖都ホリウムを守ることなどできないのだから。


「ま、待ってくれ!」

「お金は返金しませんよー」

「いや、そうじゃないっ! フウリアはどうしてしまったんだっ!?」


 神話生物に進化しました。


「ほあ~? 元からそうなんじゃないの?」

「てけり・り」

「ほら、前より身体が軽くなったってさー」

「いや、意味が分かるのかっ!? おかしいのは俺なのかっ!?」


 勿論、レイクスは正常である。そんな彼を哀れむのは魔族たちだ。

 特にオグハスは聖女フウリアの顛末に涙を禁じ得ない。


「おい」


 オグハスはレイクスに声を掛ける。

 命のやり取りをした相手ではあるが放ってはおけなかったのだ。


「貴様はっ」

「強く生きろ」

「え?」

「その症状は一時的なものだ。かつて俺も体験したから理解できる」

「そ、そうなのかっ!?」

「おまえが原因だったがなぁっ!」


 オグハスはレイクスの元気付けと共に彼の頬を引っ張り、ささやかな復習を遂げる。


「ま、後は好きに生きればいい。聖都もこうなってしまえばお前たちを縛り付けることはできまい」


 オグハスはそう言い残しアマネの後を追う。そんな彼をレイクスは引き留めた。


「待ってくれ、俺たちも連れて行って欲しい」

「何?」

「先代魔王は言った。魔王ゲンジュウロウの計画にはフウリアが必要だと」

「ふむ……ゲンジュウロウ様が、か」


 オグハスはアマネが表に出てきていることを理解している。

 そのため、レイクスの嘘を疑いつつも認める決定を下した。


 レイクスの言い放った言葉は嘘であるが、全部が全部、嘘というわけではない。

 魔族の神、大地の女神ガーブズはフウリアとレイクスを魔王ゲンキチを通し理解していた。だからこそ彼らに機会を与えようとしていたのだ。




「あー、ルトゥーさん、いたー」

「ゲンジュウロウっ! あ、違う、アマネちゃんねっ!?」

「そうだよー。ゲンジュウロウって誰?」

「ううん、なんでもないのよっ! あぁ、無事でよかった!」


 フェイスマスクを上げて新鮮な空気を肺に取り込んだアマネは、続けて飛び込んできた女神ルトゥータを抱きとめる。


 女神ルトゥータは魔王の戦いの一部始終を、遠目の魔法と音拾いの魔法とで見届けていた。

 遠目の魔法は遠くのものを鮮明に見ることができるようになる魔法。音拾いの魔法は遠くの音を拾うことができる魔法だ。


 だから、この騒動の原因が主神フォルモスの仕業であることを知った女神ルトゥータは心に深い傷を負う事になる。

 尊敬していた者が実は邪悪な野心を抱く者だったことに動揺を隠せない。


 しかし、今更なこととも認識していた。

 アマネを護ると誓いを立てた時から、いつかこうなるだろうと覚悟を決めていたのだ。


 小高い丘から燃え上がる聖都ホリウムを見届ける。


「ほあ~、聖都が明るいね~」

「そう……ね」

「お祭りかな?」

「違うっ」

「もうちょっと、ゆっくりしてけばよかったかな~」


 それでも踵を返すのは早く家族に会いたいがためであろう。

 そんな彼女に女神ルトゥータと魔軍は従う。


 かくして聖都ホリウムは一夜にして魔軍に滅ぼされた。

 この衝撃的な話は瞬く間に全世界へと伝達されることとなったのである。

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