公道レース

弱腰ペンギン

公道レース

「さあ始まりました。第28回、東京公道レース『サンクチュアリ』!」

 会場中に響く実況の声を、バイクの上で聞く。うるせぇ。

「ルールは至ってシンプル。東京の公道を走り抜け、目的地にゴールするだけ。費用が抜群にかかってるため、優勝者には名誉しかありません。しかし、世界最速の称号が、手に入ります!」

 スタート位置にはライバルたちが山のようにいる。車、バイク、自転車、ローラースケート。ありとあらゆる『速さ』を求めたマシンで、世界最速を取ろうとしている。

 もちろん、自分の足が最速だってんなら、走ったってかまわない。そういうルールだ。

「原則、武器の使用は禁止されております。街への破壊行為や、それによる妨害も同じです。細かいことは気にすんな。一位で走り抜ければいいんだよ、野郎ども!」

 実況の煽りに、ランナーたちの熱気が高まる。

「それでは、位置について、ハイスタート!」

 やっぱりか!

 例年、この実況はテキトーなスタート合図を出しやがる。そのおかげで、出遅れる奴が増えるし、前のやつがそれをやると後ろが大渋滞を引き起こす。

 そういうトラブルも含めてレースってんだから本当に——。

「なお、今年はスタート位置がズレます」

 走り出そうとした途端、地面が陥没していった。車もバイクもすべからく落ちていく。

「「ふざけんなぁぁぁぁあ!」」

 スタート地点は地下へと変わった。


 かろうじて大破しないであろう距離を落下し、なんとかスタートを切れたのは半数くらいか。

 ……オフロードの練習しておいてよかった。俺のバイクは無事だ。

 ちなみに、生身の方々は落ちてない。さすがに死んじゃうってわかってたんだろうね。後方にいたからね。よけられてたからね。

 そりゃそうだよね!

 しかし、となるとだ。地下にぶち込まれた俺たちは地上に出る方法を探さなきゃいけなくなった。

 車はもう難しいんじゃねえかな。地上への入り口って、せいぜいバイクくらいが通れる幅くらいしかないんじゃないか?

 と言ってもリタイアするやつはいない。こういった仕掛けもこのレースのだいご味だから。

 ……地下落としは初めてだけどな。

 俄然、生身の連中が有利だろう。ゴールは地上だし、今回は霞ケ浦だし。

 ……去年は洞爺湖だったからまだましだよ?

 その前は富良野ね。その前は西表島ね。東京から何日かかると思ってんだろうね。

 車のやつら速攻で羽田に行ったけどね。バイクはそのまま貨物として乗せてもらったりしたけどね。

 ともかく、このままだと霞ケ浦まで電車とか飛行機を使われて、さっさと目的地にいかれてしまう。

 問題は空港と電車、どっちが早いかってことだ。

 待合を含めると3時間くらいってところだろうか。うまく乗り継ぎできれば2時間ほどらしい。

 車だと二時間を切れるようだが……迷わなければの話だ。

茨城はなぁ……。交通の便が中途半端エフンエフン!

 本来はバイクとか車とかが有利なはずが、こうして地下にぶち込まれてしまった。ハンデってわけか? 面倒な。

 脱出にかけられるのは30分くらいだろうか。

 まったく。何を考えてこんなレースにするんだか。せめて目的地のルートくらい事前に調べられるようにしてほしい。

 開催期間三日。どんな手段を使ってもよい。ただし街を破壊するな。それしかルールが無いんだもんなぁ。目的地は当日発表だぜ?

 そのうち海外に行くんじゃねえの、これ。

「ちなみに、この落下システムは単純に落とし穴を作っただけなので、街を破壊してはおりませんのであしからず」

 知るか。

 ナビを起動して地上への出口を検索する。

 ……まぁ、使えなくなってるよな。

「それと、1時間以内に脱出できない場合、大量の水が皆さんを押し流すのであしからず」

 死ぬじゃねえか。

「あ、これやばいなって思ったらリタイアしてください。係員は55分を過ぎた段階で撤収しますので、それまでにリタイアされなかった場合、命の保証は致しませんのであしからず」

 何回あしからずっていうんだ。とことんクレイジーじゃねえか!

 既にレースは始まっている。中にはこの放送を聞き逃した奴らもいるだろう。

 どうすんだろうな。コレ。


 俺たちが地下へ落下してから10分ほど経過した。

 意外とあっさり地上への出口を見つけて、今は霞ケ浦までのナビを起動していた。

 地上では使えるのね。

 ここからだと高速使って1時間30分くらいで行けそうだ。

 ……意外と近いじゃねえか。

 バイクを走らせ高速に乗る。旅は順調そのもので、何も問題は起こらなそうだった。

「ここまでやるか」

 高速が、道が無くなっている。どうしてだ。

 レース参加者ならいざ知らず、これレース後に一般車にも迷惑かかる奴じゃねえか。

 その時、レース用の端末から声が流れた。

「あーあー、テステス。OK。ちなみに高速道路は点検改修作業が入ってしまっているようですのでお気をつけて」

 ふざけんな。点検で道が分断されるとかどんだけだよ。普通片側ずつだろ!

 なんで道が消えてんだよ!

 文句言っても仕方がないか。ここはUターンして——。

「ちなみにですが、高速道路は一方通行ですのでUターン禁止ですよ?」

 緊急時だからそれには当たらない。それに行動レースのために通行規制されてるし、ご丁寧に反対車線に渡れるようになってるしな。気にしない気にしない。

「あーあー。みなさんそんなに法律を軽く見ると、罰が当たりますよー?」

 ……嫌な予感がする。さっさとここを離れよう。

「ぽちっとな」

 いまぽちっとなって言ったなこいつ!

 爆発音とともに、地面が揺れ始めた。

 マジでふざけんなぁぁぁぁ! これ死ぬやつじゃねえか!

「やーい、ばーちあーたりー」

 端から崩れ始める地面。俺は全力でアクセルを回し高速を降りた。


 困ったことになった。

 高速が使えなくなったことで、新幹線や飛行機組に勝てなくなりそうだった。下の道は混んでるし、ゆっくりとした旅になってしまう。どうしたものか。

 今から電車とかに切り替えたほうが、まだ望みはあるかもしれない。

 って、んなわけないか。一位でゴールは出来ないだろうな。

「一時間経過しましたよー」

 端末からマヌケな声が聞こえてきた。

 こいつ、ポテチ食いながら実況してやがる。なにパリパリさせてんだ。少しは考えろ。

「ちなみに私の好きな味はコンソメです」

 聞いてねえよ。

「先頭集団はもう茨城に入ったようですので、それだけをお伝えしまーす」

 だろうな。

 リタイアすっかなぁ。一位は難しそうだ。

 ……そういえば地下の水責めはどうなったんだろう。

「あ、言い忘れてたんですが、地下空間は今、水で一杯になってます。何人か巻き込まれたようですが、そのまま海に放出したんで、きっと今頃は救出されてまーす」

 されてないでーす。それ一番ダメな奴でーす。

 ホントあぶねえな。今年のレースどうなってんだ。

「あ、よかったですねー。排水地点に囲い作っといたんで全員生きてるみたいですねー」

 ……海に作ったの。もしくは水をせき止めたの?

 ナニソレちょっと気になる。

「ともかく、1日かかる予定だったレースも結構早く決着がつきそうでーす。実況席からは以上でーす」

 1日以上かかる予定だった……?

 どういうことだ。茨城まで1時間くらいだろうに。霞ケ浦だって電車でも飛行機でも3時間あればなんとかいけるはず……。

 本当にゴールは霞ケ浦か?

 何かおかしい。レース用の端末でヘルプを見てみると、目的地は霞ケ浦で間違いないようだった。

 他にもレースに必要な情報は乗っているが、どれも1日以上かかるとは想定されてなさそうな……。

 おかしいぞ。飛行機と電車の運行予定が表示されていない。俺の個人端末には表示されるのに。

 っていうかなんでピンポイントでこの情報が……船も運行予定はない?

 なんで船の情報まで?

 海路って、千葉か神奈川あたりから出るってのか?

 距離的には千葉のほうがいいのか?

 どういうことだってばよ。

「ん? これは」

 設定のタブに『アクセス』って項目があるんだが。なんのアクセス……。

 ほう。これはこれは。


「優勝は——」

 会場で、優勝者に拍手を送る。まあ、そうなるわな。

 端末に案内され、抜け道を見つけたのでゴールまで走り抜けた。

 だが、俺と同じように抜け道を見つけた連中がいて、そいつらが先頭集団だったわけだ。つまり、あのタイミングで見つけても、結局間に合わない。

 とはいえ、陸海空すべてを封鎖して、レースに1日以上かかる予定だったっていうのはまぁ、すさまじいレースだったと思う。スルーしちゃったけど。

 下の道まではさすがに封鎖できないということなので、まぁなんやかんやあっても1日あればレースは終わる。そういう計画だったらしい。

 合計で3日かかったけどな。

 なんで近道にトラップが用意されてるんだよ。

 先頭集団が引き返してきたときは何事かと思ったよ。

 バカでかいトンネルの中で、引き返してきた奴らと野宿したよ。

 最終的には徒歩でトンネルを踏破したよ。バイク壊れたよ。

 そんで、会場についてみればほかにも抜け道があったと。端末ごとにどのルートになるかはランダムだそうで。

「はぁ。来年は出るのやめよう」

 めちゃくちゃが過ぎるだろ。

 拍手をしながら、俺はこのレースの虚しさをかみしめていた。

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公道レース 弱腰ペンギン @kuwentorow

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