大雪のほんとうのワケを知るには体現するしかないのさ
naka-motoo
ほんとうの原因がわからないと物事は永遠に解決しないだけでなく罪を犯し続けることになると早く気づけよ我々よ
水が無い。
飲み水じゃない、融かすための水だ。
地面の下の、水だ。
「どうしよう。モーターが空転してるよ」
「・・・・・・もよちゃん、すまんことだねえ・・・」
「このまま続けたら、危険だもんね・・・・わたしが除雪するよ」
「ほんとうにすまんことだねえ・・・・」
わが家は父母兄は全員研究者で東京と京都の大学にそれぞれが単身赴任で勤めてて父母は教授、兄は准教授だ。
だからわたしはひいばあちゃんとふたりでこの実家で暮らしてる。
父:おーい!もより、大丈夫か?この大雪じゃ高校は休校だろ?
母:もより、ばあちゃんの薬、まだある?
兄:もより、研究は佳境だ。先月出した論文の件でヨミカキ新聞のインタビューを受けた
父・母:おー!
もより:忙しいから勝手にやってて
兄:もより、これは人類を救う研究なんだぞ!
もより:ひいばあちゃんとわたしも人類なんだけど
わたしはグループ・ラインを切った。
ぶつっ、て。
「ひいばあちゃん。鴨居の下のつっかえ棒がキシキシ言ってるよ」
「雪の重みだね・・・・ワシが嫁に来たばっかりの時にもこうなったことがあったが・・・木の家はダメだねえ・・・・・・」
「その時はどうしたの」
「姑さまがこうおっしゃってなあ・・・『女子供もない。登れ』って言われて、屋根に登って雪を下ろしたさ」
「えっ・・・・・・・そっか。じゃあ、わたし、登るよ」
「もよちゃん、あぶないよ・・・・」
「でも、しょうがないよね」
2階の窓からなんとか庇を伝って屋根に出て、足場を踏み固めながら、少しずつ登って行った。
「もよちゃーん」
「大丈夫。それよりひいばあちゃん、ごめんねー。寒いのに見て貰ってて」
もちろんひいばあちゃんが屋根に登れる訳無いから、下で見張りに立って貰ってるだけ。
万が一わたしが下に落ちて、雪に埋もれてしまった時に助けを呼んでもらうためだ。
多分、このレベルまで来ると、自衛隊の隊員さんしか来れないだろうけど。
「ひいばあちゃん、道路の融雪、水出てるー?」
「もよちゃーん、全然ダメだよー」
「わかったー」
ウチの敷地内の駐車場の融雪もダメ。
家の前の道路の融雪もダメ。
ほんとうは真下のポイントにスコップで雪を落としてそのまま融雪装置で融かしたかったけど・・・・・・
「ひいばあちゃーん、雪がかからないように気を付けてねー」
わたしはしっかりと足場を踏み固め、腰を入れてスコップを振るう。
「えっ!」
わたしは雪を積み上げても車の出入りに差し支えないスペースまで雪を放った。
『えっ』、ていうのはわたしがスマッシュを打つ時の掛け声だ。
わたしは聖悟女子高校のバドミントン部員で去年の夏はインターハイで団体準優勝した。
ほんとはウチのバドミントン部は全寮制で授業の時間以外は練習に明け暮れるんだけど、我が家はひいばあちゃんを一人にする訳にいかないからわたしは特別に自宅生として認めてもらってる。
『もよりが寮に入って練習に専念してくれれば・・・シングルス個人で優勝も可能なのになあ・・・』
監督はそう言うけど、わたしは団体戦の第二シングルスっていう自分の役割を果たすことだけを考える。
インターハイチャンピオンも栄誉かもしれないけど。
ほんとうに大切なことは、目の前のひとりの老人から教わってるから。
「もよちゃん、お疲れ様。下着をちゃんと替えるんだよ」
「はーい。もう、ほんと汗だく!」
屋根から降りて体が冷えない内にジャンパーを脱ぎ、下着を全部着替えた。
「ふう・・・この豪雪の中、風邪ひいたら大変だもんね」
「もよちゃん、いいこと教えてあげようか」
「なに?」
「雪が積もっちゃった方がね、風邪をひきにくいのさ」
「えっ。そうなの?」
「ワシの経験上そうだ、ってだけだけどね」
ひいばあちゃんはそう言って笑うけど、なんだかその通りのような気がしてきた。
ちょうどお昼の時間だったので台所のテーブルで、ふたりしておうどんを頂きながらニュースを見た。
『県内各地で融雪装置の水が出ず混乱が生じています。原因を専門家にお聞きします』
キャスターがそう言うと、京都の超有名大学のなんとかっていう教授がコメントし出した。
『地下水の水位が下がっていることが原因ですね。降雪地帯での融雪装置は地下水をポンプで汲み上げている訳ですが、これまでは地下40mほどまで井戸を掘ってその水を利用していましたが水位が下がったためにポンプが届いていない状態な訳です』
『水が出ている場所もあるようですが?』
『それは最近新しくできたコインパーキングや大型商業施設の駐車場なんかでしょう。地元の既存の商店や民家が掘っていた井戸よりも更に深く掘って水を確保しているわけです』
『なるほど。具体的な解決策は?』
『今後開発を進める場合は更に深く井戸を掘ることでしょうね』
「バカだねえ・・・・」
「え」
びっくりした。
わたしはこれまでひいばあちゃんが人に向かって『バカ』って言うのを聞いたことがなかったからだ。
「ひいばあちゃん。このひと、有名な大学の先生だよ?」
「でも、言ってることはバカなことだからバカにはバカって言うしかないねえ・・・・・・もよちゃん」
「はい」
「水が出ないほんとうの
・・・・・・・・
ワシが嫁に来たばかりの時、姑さまから言いつかって屋根に登って雪おろしをした後でな、もうひとつ上の
「ねえちゃん、ねえちゃん、ご苦労じゃったの」
「大ばばさま、ありがとうございます」
「ほれ、餅が焼けたぞ。砂糖醤油つけて」
火鉢に金網を乗っけて餅を焼いてくださってな。
甘じょっぱーい、砂糖醤油で食うのがワシは今でも一番好きじゃ。
「ねえちゃん、ねえちゃん。なんで今年が大雪になったかわかるかの?」
「大ばばさま。そんなこと、まだまだ新嫁のワシにはわかりません」
「ほほ。そうだのう。ほれ、在所の後ろにお山があろう」
「はい。里山ですね」
「あの山に神様がおわすのは知っておろう」
知っておろう、とさも当然のように言われたワシは、まあ言い伝えというか、信仰としての山の神様、という風に思ったんじゃがの。
でも、大間違いじゃったんじゃ。
「大ばばさま。ご神木のことをおっしゃっとるんですか?」
「ねえちゃん、ねえちゃん。ご神木とはの、神様のお住まいの木ぞ」
「お住まい?」
「神様の家ということじゃ。山の神様はの、その木を寝ぐらになさっての、その木の根と幹を通じて山全体の霊気をお吸いになられるのじゃ」
「・・・・・それは、ほんとうですか?」
「ほほ。このばばが嘘を言うと?」
是非も無いわい。
お姑さまからカラスの頭が白いと言われてもはいそうですか、と従うようにと里の母親からきつく躾けられてきたワシじゃから、お姑さまの更に年長の大姑さまの言うことじゃから、伝説の類じゃと思うても決して嘘とは思いませぬ、ととりあえず相槌を打ったのじゃ。
ところがの。
大姑さまのお話は精緻を極めておったのじゃ。
「ねえちゃん、ねえちゃん。今年が大雪な
「ご神木を伐った?じゃ、じゃが、今ある御神木は、あれは・・・?」
「このばばが神様に請い願うてお移りいただいたのじゃ」
大姑さまの話じゃとの、ちょうどワシが嫁いでくる前は別の木が御神木だったそうなんじゃ。ところが新しい県知事がの、自らの県政への意気込みを示そうと県立の美術館の新築移転を思い立っての。その木材を県内の森林で探しておったところ、特別展示室の天井をたった二枚板で作れるほどの見事な大木を見出したんじゃ。
それが先代のご神木だったわけよのう。
「おおばばさま。県知事はそれがご神木と知っておられたのですか?」
「知っておった」
「では、なぜ伐ろうと」
「その前にねえちゃんよ」
「は、はい」
「アンタさまは神様を信じとるのか」
「は、はい・・・・氏神さまには初詣に参りますし、お祭りも豊作・豊漁を祈願するわけですし・・・・・」
「そうではない。本当に居られるもの、我々ごときが目に見えんだけで、実体として本当にそこにおわして我々を護りたもう存在として合点した上で生きとるのか、と訊いておるのだ」
「そ、そこまでは・・・・・・」
「ほほ。素直だの。ならば教えるぞ。神様は、居られる」
「は、はい」
「実体としておわす神様が、お住まいであった木を伐り倒されたらどうなさる」
「・・・・」
「わからぬか。ならば、アンタさまの住んでおる家がある日突然壊されて外に放り出されたらどうなさる」
「さ、寒くて凍え死ぬしかありませぬ」
「そうであろう。困るであろう」
「こ、困ります」
「木が伐り倒されて、山の神様は大いにお困りになられたのだ」
「だから、バチを・・・?」
「神様はバチなどお当てにならぬ。ようく聞きなされ、アナタさま」
大姑さまは原理原則に従ってお話なされたのじゃのう・・・・
「ご神木は神様のお住まいであると同時に、山林、ひいてはそのはるか地下深くから霊気を得るための供給源だったのじゃ。雨が降り地が潤い木々は根を張って山林を守り葉は空気を作り生き物のためには木の実をふるまい、虫どもが暮らす土壌を作り・・・・動物や虫どもは糞尿でもって地に栄養を還しそれらが大地で清められて更には地下深くの水脈へと流れ込んでゆき・・・・・・それが海へと流れ出て、その清らな水が今度は海の神様が海を統括なさるその手助けとなるのじゃ。どうだ、アナタさま」
「は、はい」
「ご神木は山の神さまがご神徳を持って我ら人間どもの長久を護りたまうための補給基地だったのじゃ。それを我々人間どもは『科学的』などという浅知恵でもって伐り倒してしまったのじゃ」
「で、では、山の神様がバチをお当てになられたのではなく・・・」
「むしろ逆じゃ。『神としての責務を果たせず申し訳が立たぬ』とおっしゃって、このばばの夢枕にお立ちになった」
「えっ!」
・・・・・・・・・・・・
「ひ、ひいばあちゃん!お、大姑さまって・・・・」
「もよちゃん、もよちゃん。まあ最後まで聞いておくれ」
・・・・・・・・・・
大姑さまは、夢枕にお立ちになった神様が男泣きに泣かれるのを見かねて、こう申し出たそうじゃ。
「神様。我々人間の『都合のよい浅知恵』のためにご迷惑をおかけして誠に申し訳ございません。このばばにご一任くださりませぬか」
そう申し出ると山の神様は一言、たのむ、とおっしゃったそうじゃ。
大姑さまは雪が凄まじかったが山に分け入っての。ほんとうに真っ直ぐな杉の木は無理じゃったが、ぐん、と一旦は斜面から曲がりながらもその後は天空へと向かって伸びていっておる木を見つけ、神様にご提案なさったのじゃ。
「あいわかった。ここを基地として人間の長久を護る仕事に努めようぞ」
「ありがとうございます」
・・・・・・・・・・・・・・
「もよちゃん、もよちゃん。信じるかい?」
「・・・・・信じるもなにも、それが『ほんとうのこと』なんだよね?ひいばあちゃん?」
「さあの・・・・・ワシ自身で目で見て確かめたことではないが、少なくともさっきのテレビの学者よりは大姑さまの方が賢いぞね」
わたしはけれども最後の部分を聞いてない。
「ひいばあちゃん。じゃあ、今地下水が下がってるのは・・・・」
「何かの加減で神様が新しいご神木から霊気をお吸いになるお力を弱めておられるのかもしれん。もよちゃん」
「はい」
「ワシの代・・・そしてワシの嫁、つまり死んだもよちゃんのばあちゃんの代までは山の神様にお移り頂いた新しい御神木に毎月お神酒とお餅をお供えしておったんよ」
「え・・・・そうなの?」
「そうさね。じゃが、オマエさまの父母の代になって『科学的でない』と言っての、さっさと県外へ行ってしもうた」
「ひいばあちゃん」
わたしは申し出た。
「じゃあ、わたしが、山へ行くよ」
最後に、核心を訊いた。
「ひいばあちゃん。大姑さまって、何者なの?」
「ほほ。そんなこと、人間ごときのワシに分からんわ」
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