002
いつも通りひどい頭痛と吐き気で目が覚めた。瞬間いつも通り私は厠にいる。
はずだったが私が目覚めたのは自分の寝床だ。もうここ五十年程まともに使った記憶がないこの万年床。何故私がそんなものの中で寝ていたのだろう。……ってまずい。嘔吐感がすぐそこまで来ている。厠に行かねば。
そう思い家の中を走り厠を目指す。とはいえ嘔吐感が襲っている身、あまり全力疾走するわけにもいかない。落ち着いて、ゆっくり、けれど確実に急いで。本当だったら深呼吸をした方が良いのだろうが、この状態で深呼吸などしようものならその場で嘔吐してしまうこと必至なので必死に耐えるしかないな。あ、今私上手いこと言ったな。えへへ……うっぷ。
ていうか厠に一番近い道何処だったけ。長年寝室使ってないからそれも忘れてしまっている。ああまずい、胃の中にあったものが喉の辺りまで来ているのが分かる。百歳越えて自分の吐瀉物を掃除するのは屈辱だぞ。耐えろ私……。
あ、ほら、四十尺程先に厠が見えてきた……。私の勝ちだ。
「おぅえ……えぅ?……ごえぇ……あれぇ、えおうぅえ……」
瞬間、廊下に鼻を突くような異臭が広がった。私が扉に手を掛けたと同時に私の口と鼻から胃の中にあったものを出させるなんて神様も趣味が悪い。確かに私のような美少女から汚い物が出ていることに興奮する気持ちは分からんでもないが、だからといってこれはあんまりだろう。……雑巾何処に置いたっけ。
寝起きから
「何だかいつもより吐き気が強い気がするしもっと強い薬膳でも作るか」
そう口に出しながら考えながら食堂に入り、私は驚いた。
そこにはなんと炊き立てのご飯と温かいお味噌汁、それにふっくらとした玉子焼きが私を待っていたように鎮座していたのだ。……これ全部昨夜の私が作ったのか?だとしたらこのいつもの数倍の吐き気や倦怠感にも納得がいく。いや、それでも飲みすぎやがったことに関しては死んでも恨むが。
「いただきます」
苛々しながら席に着き、玉子焼きを一つ口に入れる。
「え?」
美味しい……。出汁が良い感じに利いていてほんのり甘く、柔らかな噛み心地でありながらもしっかり玉子焼きとしての硬さは残していて、それを意識させず口の中で溶けていく。これを作ったのか?私が?こんなに料理上手かったっけ?
そう疑問に感じている私を余所に、口と手はご飯を求めていた。その本能に従って今度は艶があり、良い香りを出している白いご飯を頬張る。
「んーー」
こちらも頬が落ちそうな程美味しい。先程の玉子焼きの効果もあるのだろうが、それを差し引いてもこの美味しさはあり得ない。絶妙な柔らかさと深い味わい、固形から融け出す瞬間の良さ、全てにおいて素晴らしい。これを私が本当に作ったのならば大会でそこそこ上の賞が取れるだろう。
ただ、それは本当に私が作った場合において、だ。
少し疑い深いと思われるかもしれないが、これは私が作ったものではない、と思う。何故かは分からない。だが、私の勘がそう告げている。私の勘は七割くらいの確率であたるから微妙な所ではあるが、今回に至っては間違いないと断言できる。
食事を終え、食器を洗った後、私は家の中を徘徊する。勿論この行為は歳による問題行動などではなく、美味しいご飯を作ってくれたひとを探すためだ。
仏間、いない。
玄関、いない。
中庭、いない。
全厠、いない。
家中何処を探してもいない。というかこの私の家こんなに広かったのか。ここ千年間は寝るためだけに使っているから全然知らなかった。この広さなら来客が帰ってしまってもおかしくないな。
ならば、朝ご飯を作ってくれた名も知らないひとはこの家の広さに呆れて帰ってしまったのか?せめて一言お礼が言いたかったのに。
「はあ……。うん?」
諦めてこのことについて忘れようとした私の脳にまだ探していない場所が浮かび上がった。それは灯台下暗しといってしまえばそれまでだが、今まで何故思い浮かばなかったのだろう、と不思議になる場所だった。
「私の部屋」
そう、今朝私が何故かそこで起きた自室だ。
あの時は吐き気などでそれどころではなかったし、すぐに出てしまったのでそのひとに気付かなかっただけかもしれない。自分以外を家に上げることを果たして私がするかどうかは怪しいものだが、私が酔い潰れていたのを家まで送ってくれたひとがいるのかもしれないし、私を寝床に連れて行った後私がそのひとを放さず、一晩中一緒にいた可能性だって十分に考えられる。
そう思い私は自室に迷子になりながらも向かい、扉を開け、中に入る。
するとそこにいたのはぺたんと座って、虚空を空虚な紅い眼で見つめていて、立ち上がると引き摺ってしまいそうなさらさらの白髪を撫でている、何だか全体的に白い少女だった。
その少女を見て私の口から率直な感想が出た。
「可愛い……」
甘い夢 まー @ma-syousetukamodoki
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