甘い夢

まー

001


 頭が、痛い。

 あまりにひどい吐き気と頭痛で目が覚めた。瞬間私は厠にいる。そして、いつも通り顔を最近水洗に換えたばかりの便器と接吻してしまいそうなくらい近くにもっていき、胃酸など色々なものが融けた液体を吐き出す。

「おえぇ、ぐげぇ……おぶぇ、げぷ……うおえぇ……」

 吐き出す。全力で吐き出す。日頃の鬱憤を少しの間でも忘れるために。

 朝の清々しい空気に逆らいながら悪臭を放つその行為は、しかし私にとって、また朝が来てしまったことへのせめてもの悪あがきであるが、特に意味が無いという点では何もやっていないのとそれほど大差が無いようにも感じられる。

「呑まれすぎた」

 そんな当たり前でいつものことを思いながらいつも通り黄蓮湯おうれんとうを作り、食べ、いつも通り散歩をし、いつも通り筆を執り日記?記録?を始める。ここではいつも今日起きたことを正確に書き留めておくことを自分への絶対的な決まりにしている。まあ主観が入っている時点で正確ではないのだろうが、それでもこれはやめられない。

 この中では思い通りに文字が活きるのにどうして現実世界ではこれほどにうまくいかないのだろう。なんて詩人のような表現で自分を間接的に責めても現状が変わるわけではなくただひたすらに独りを楽しみ、ゆっくりと、しかし遅すぎない速度で筆を進めていく。この行為自体に意味はないが理由を他人に聞かれたら風の噂に聞く自称雑貨屋(半分倉庫の住人)がしているように私も歴史書を作りたくなったから、とでも言っておくか。

 そうこうやっているうちにもうお昼になっている。いつもながら一日が二十四時間というのはいささか短いのではないかと思うが、里の大多数のことを考えるとそれくらいがあっているのではという気分にもなってくるな。別に私は御飯を食べなくても二日は大丈夫なのだが、やはり気分的に昼食を摂りたくなる。まあ昼食といっても近くの八百屋で最近売り出した「ど〇兵衛」とやらを食べるだけなのだが。…にしても本当に凄いなこれ、熱湯を入れて少し待つだけでそこそこの味の饂飩が食べられるし。

 午後からはいつも人里に買い出しに行く。半夏、黄蓮、甘草などの漢方類や万年筆、紙などの日記類(最近は「けいたいでんわ」や「ぱそこん」というものもあるらしいが私はどうも苦手だ)等を買いながら、今晩の『生徒』を見付けるのだ。

 ああ、一応稼ぎがどこから出ているか言っておくと週一で知り合いに勉強と家事を教えることを精神安定と共に行い、ぎりぎりかつかつで生活を成り立たせている。

 そんな暇でつまらない日常の中にも一つだけ楽しみと呼べるかもしれないことがある。それはここに来る前の趣味である、人里から子供を連れて来て『教育』をすることだ。私にとってこれ以上に楽しいことはなく、これをしている時だけが私は生きていてもよいと思えるのだ。この何も知らない子に一から教える感じが堪らない。まさに快感だ。

 その後少女体型の夜雀が経営している呑み屋台に行き、独りで色んな酒を吞み明かして、翌朝吐くのがここ千年変わらず続けている日課である。

 しかしそんな日々がいつまでも続くわけがなく、突然私という要素を全て壊す存在が現れたのだ。

 その存在についてこれから少し語らせてもらおうか。

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