最終(6)

 柚莉ゆうりの体は限界にきていて時間がない。


 清正せいしょうは座りこんでいる柚莉の正面へ回ると、ひざをつき視線を合わせてから話しかけた。


「柚莉くん、たまきのこと許してくれてありがとう。お礼に時間をあげる。

 ……オレを信じられるかい?」


「え?」


「オレのこと、信じられる?」


「もちろん、清正さんのこと信頼しているよ」


「よかった。じゃあ、今からオレがすることを受け入れて」


「う、うん……」


「約束事が必要なんだ。

 柚莉くん、オレの隠し名は『キヨマサ』って言うんだ。

『キヨマサのこと、受け入れる』って言葉に出してくれるかな」


 体が熱くなり今にも燃えそうで苦しく、意識がもうろうとしているなか、柚莉は清正の言った言葉を口に出した。


「キヨマサさんのこと、オレ受け入れるよ」


 清正はその言葉を聞くと穏やかな表情を見せて「わかった」と応えた。それから片方の手で柚莉の腕をそっとつかみ、もう片方であごを上げるとやさしくキスをした。柚莉は驚いた顔を見せたが抵抗せずにいる。少しして清正は唇を離すと目を閉じた。


 ほんの数秒、清正は目を閉じていたがいきおいよく開かれると、虹彩があおに変わっていた。


 柚莉は弱々しい状態で清正のようすを見ていたが、急に様相が変わったことに驚いてビクッとする。


 清正はつかんでいた柚莉の腕を引き、強引に体を近づけさせると、口を開かせてディープキスをしてきた。驚いた柚莉は体を離そうとしたが、背中と頭に腕を回されていたので離れることができない。


 旋風の向こうの会話は風の音が邪魔してほとんど聞き取れない。


 環は見守っていると清正が柚莉にキスしたので驚いて声を上げた。


「なにしてんだ、兄貴!」


 環が怒鳴っても清正はやめずにいる。引き離しに行こうと手を伸ばすがやはり旋風の壁にはじかれて近づけない。


 柚莉は抵抗するが清正はかまわずにいる。柚莉は清正の服をつかんで腕の中でもがくも、抵抗は次第になくなり、代わりに恍惚の表情に変わっていく。


 とろんとした目になり、清正の首に腕を回して積極的に口づけを始める。それから小鳥が親鳥からえさをもらうときのように激しく求めだした。


 しばらく柚莉が求めていたが今度は清正のほうが柚莉の引き離しにかかった。求める柚莉から唇を離し、欲しがる柚莉をしばらく抱きしめている。柚莉が少し落ち着くと体を離した。柚莉は力なく座りこんで、ぼんやりと下を向いている。


 清正は柚莉から少し距離をおいた場所に立ち、目を閉じて細い息をはいた。すると口から蒼いチカラが煙のように出て、口の前でフワフワとただよう。煙は止まることなく口から出てきて、色が濃くなると高速で回り始めた。


 蒼いチカラは回転するたびに形が固まっていき、球状をつくっていく。


 球体ができ上がると回転の速度が落ち始め、止まりそうなくらいにゆっくりと回るころには、美しい蒼いたまとなっていた。


 清正は浮かぶ蒼いたまを手にしたら、ぼんやりとしている柚莉のもとへ行く。口をやさしく開けて中へと入れると柚莉は蒼いたまをすなおに飲みこんだ。


 すぐに柚莉の体がビクリと反応して床に手をついた。柚莉はうずくまり、床に爪を立てて「ううっ」と苦しそうな声をもらし始める。


 環は初めて見る清正の呪術に驚きを隠せずにいた。無言のまま成り行きを見ていたが、柚莉が苦しみだしたのでわれに返って声をかける。


「柚莉、大丈夫か! おいっ、柚莉!!」


 呼びかけた声に反応した柚莉が向くと蒼い目に変わっている。


 柚莉の体は小刻こきざみに震え苦しそうにしている。しばらく荒い息をはいて耐えていたが倒れこんでしまった。


 柚莉が倒れた拍子ひょうしにまぶしかった光が薄れていき、荒れ狂っていた旋風もどんどん弱くなっていく。地面のゆれは完全に沈黙して、だんだんと光も風も力強さがなくなっていき、最終的には消えてしまった。


 阻んでいた風が消えたので環はあわてて柚莉に駆け寄った。


「柚莉! おい、柚莉!」


 抱き起こすと柚莉は意識を失っていてスースーと寝息を立てている。取り残されていた環はなにが起こったのかわからず、いら立って清正に怒鳴った。


「兄貴! なにしたんだ!!」


 環は清正のほうを向いて言葉を失った。さっきまでの凛々しい姿はどこにもなく、清正は総白髪となった状態で座りこんでいた。


「あ、兄貴……」


 環はしばし固まっていたが柚莉を静かに寝かせて清正のもとへ急ぐ。清正は全身に汗をかき、つらそうに息をして疲れはてている。


 環は体を支えて起こしながら「兄貴! 大丈夫か!?」と何度も呼びかける。動揺している環を見て、清正はゆっくりと息を整えてからニコッと笑って話しかけた。


「環、好きな人ができてよかったな」


「なんだよっ、それっ」


「キツネの『うつわ』だからと未来さきを諦めて、つまらなそうにしていたことが気になっていたんだ。

 今は好きな柚莉ヒトができて感情が動いてて楽しそうだ。それがうれしかった。

 だから柚莉くんに時間をあげた。『器』のふたはしばらくひらかない」


「時間……? あの蒼いたまか?

 それってかなり無理したんじゃねーのかよ!」


「兄ならさ、『弟は大事』だろ?

 弟の好きな柚莉ヒトがいなくなって、悲しむ姿を見るのは嫌だからね」


「―――ッ!!」


 環は身を挺した清正を見て言葉が出ない。長く兄弟でいたけど、こんなに自分のことを考えてくれた兄の思いに、今になって気づく。


 清正は環が気をとがめていることを感じ取って場を和ませる。


「ふふ。環の初恋は大変だな。柚莉くんは精神が幼いままで鈍感だ。

 それに 柊兎くん ライバル  は手強い。諦めるとかないよな?」


「それ、冗談だろ? オレは気に入ったものは手に入れる」


「ははっ。やっぱり自慢の弟だよ」


 清正と環が話していると、異変に気づき仕事を中断して青龍寺 ウ チ へ戻ってきた父親の清宝せいほうが本堂へ姿を現した。気づいた環は清正に肩を貸して立ち上がり、二人で歩き始める。


 清正の体を気づかってゆっくりと歩いていくなか、環が質問する。


「なあ、兄貴。なんで 蒼い魂このコト を黙ってたんだ?」


「それは……環にだって秘密はあるだろう?」


「…………」


 返答できずにいて、すねた顔をした環を見て清正は穏やかな笑みを浮かべる。


「そうだなぁ。今度、教えるよ」


「……なら待ってるよ」


 環は清正にそう返して二人を心配そうに見ている父親のもとへ向かっていった。






 ―― 『選り好みがはげしい蒐集家』 了 ――


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選り好みがはげしい蒐集家 神無月そぞろ @coinxcastle

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