最終(5)

 本堂の中では風が吹き荒れ、柚莉ゆうりの周りには旋風の壁が立ち、地面は小さくゆれている。


 たまきは風に阻まれて柚莉に近づけずにいたが、兄の清正せいしょうは簡単に通り抜けていった。


 清正は柚莉の近くにいた神使しんしのところへ行き、一礼してからなにやら話し始める。神使は黙って聞いていたが柚莉の姿をチラリと見ると、うなずいてからスッと姿を消した。


 神使の姿が見えなくなると、清正は荒れ狂う旋風の中心でうつむいて立つ柚莉のそばへ行き声をかけた。


「柚莉くん」


「清正さん、オレの近くにいると危ない……。離れたほうがいいよ」


 すべてを諦めたような柚莉は小さな声で言う。清正が柚莉の肩にふれると熱くなっていて、うつろな表情でぼんやりとしている。清正はひざをつき、下から柚莉の顔をのぞきこんで話しかけた。


「柚莉くん、前に約束したことを覚えているかな」


「え……?」


「『見えないものを対処する方法をつくる』って話だよ」


 急に「約束」と振られた柚莉はなんのことかと思ったが、神社で環と戦ったときに怪我けがを負い、清正が治そうとした日のことを思い出す。




 環と戦った翌日、柊兎しゅうとと一緒に青龍寺しょうりゅうじ家へ行き、居間で話を聞いたあとに柚莉は環と廊下で話をした。


 このとき柚莉は環を仕留めてしまおうかと考えたが清正が現れたので躊躇ちゅうちょした。察した清正は柚莉を呼んで自室へと案内し、二人だけで会話をしていた。


「環が怪我させてしまってごめんね。腕を見せて。治すから」


「このままでいいよ」


「どうして? アヤカシに攻撃された傷は痛むだろう?」


「治ったりしたら柊兎が変に思う。柊兎の前ではできるだけ普通でいたいんだ」


「わかった……。

 ところで柚莉くん、環のこと許してくれないか?」


「それは……難しいよ」


「どうしても……ダメかな?」


「オレを攻撃するのはいいんだ。でも柊兎を巻きこむのは許せない。

 あんなふうに見えないものを使ってくるのはズルイよ……。

 次は対処できないから、そこで仕留めないといけないじゃないか」


「じゃあ、オレが対処法をつくって柊兎くんを守ると約束したら、環のことを許してくれるかな?」


「……それができるなら……考える……」




 柚莉は清正との会話を思い出し、柊兎の身の安全が約束されることに気づいて表情がやさしくなる。期待した目で清正を見た。


「対処法ができたんだ。だから環のこと、許してやってくれるかな。

 ……前回も今回のことも」


「…………」


「環はさ、柚莉くんにも視えたアヤカシが、生まれたときからいていたせいで、自分の感情を理解できていない部分があるんだ。

 感情表現が下手でうまく伝えることができない。誤解されやすくて、なかなかを見せられる人がいない。

 それなのに柚莉くんにはストレートに接していて……。そんな環を初めて見たよ。それがとてもうれしくてね。

 環のやり方が間違っているのはわかっている。でも……許してやってほしいんだ」


 柚莉は苦しくて意識が飛びそうになりながらも、清正の話を聞きのがすまいとしている。つらそうに息をしながら清正の話にうなずき、「わかった……」と小さく答えた。清正は安心した表情を見せて話を続ける。


「ありがとう、柚莉くん。

 今から柊兎くんに邪気返しを担う『式』をつける。この『式』はオレが邪気返しをする場合と同じ霊力チカラをもつから、たいていのものは手が出せない。

 だから安心して」


 今から行うことを柚莉に伝えたら、清正は立ち上がって手でいんを組んで呪文を唱え始める。すると清正の体から半透明のあおい煙のようなものが出てきた。


 蒼い煙はまとまり螺旋を描き始めて上空へいく。だんだんと大きく太くなっていき見事な龍の姿となる。


 上空で浮かぶ蒼い龍は清正がいんを変えると、ものすごいスピードで上昇していき、そのまま天井を突き抜けて姿を消した。


 柚莉は龍が飛んでいったのを見届けると安心してガクリと膝をつく。体はまぶしく発光していて、光が強く輝きすぎて姿が見えにくくなっている。


「柚莉! 柚莉、大丈夫なのか! 兄貴っ、どうなってるんだ」


 近づくことができない環は遠くから清正にようすを聞く。清正は青ざめた顔で心配そうにしている環を見て、もうひとつ決心したことを実行することにした。


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