誘われて、導かれて
「犬・猿・キジ」といえば、桃太郎の仲間たちですが、犬と猿はともかく、「キジ」とはどういう鳥で、どういう鳴き声をするのか、わからない。そして、漢字さえ浮かんでこない。かつて、そうした経験はありませんでしたか。わたしは、現在進行形ですが。
だからといって、それを調べる気には、なかなかならないんですよ。興味がない、というより、それを知ったところで……、という感じです。
つまり、わたしは、なにが役に立ち、なにが役に立たない情報なのかということを、自分のなかで勝手に分別しているんですね。でも、これは、ほんとうはよくないのかもしれません。
キジを調べることによって、鳥に興味を持ち、その奥深さを知り、専門的に学びたいと思い、新しい発見への野心を抱き、はては学者になるかもしれません。
ちょっとしたきっかけで、人生が大きく変わってしまうことなんて、この世に、みちあふれています。
――――――
そんなわたしは、彼と出会ったことで、人生が大きく変わりました。
その彼というのは、仮名として、山田さんにしておきましょう。いや、ゴンザレスさんでもいいし、ノエルさんでもいいし、チョウさんでもいいし、ジルベールさんでもいいし…………国籍にとらわれなくてもいいですよね。
日本人だから日本名をという決まり。それは、なんとなくはわかるんですが、仮名というからには、仮名ですから。
そもそも、山田さんたちにとっては、ぼく・わたしを仮名に使うな、というお気持ちがあるかもしれません。じゃあ、わたしは、以後、「彼」という代名詞を使い続けましょう。
上の三つのパラグラフは、文字数かせぎかと思われるかもしれませんが、このエッセイにおいては、大事な気もするんですよね。
――――――
わたしは、小学生になるぞというときに、隣町へと引越すことになり、保育園のときの友達がいない学校に入学しました。だれも、知っているひとはいませんでした。
しかし、入学式が終わると、彼は、わたしの家に来て、こう言ったんです。
「遊ぼうよ」
なぜ、彼がきたのか、わかりませんでした。しかし、わたしは、彼を家のなかにあげました。いや、祖母が勝手にあげていたような気もします。それでも、わたしは、彼と遊ぶことになりました。しかし、彼となにをして遊んだのかなんて、覚えていません。
――――――
いまでも、わたしは彼と友人という関係であり続けています。わたしの人生は、彼なしでは語れず、彼からたくさんの影響を受け、何度も助けてもらいました。彼がいなかったら、という仮の人生なんて、考えただけで、ゾッとします。
――――――
彼は、「なにかを作る」ことに
本当に、彼はすごい子だと思います。友人として、約二十年のあいだ付き合えているということは、わたしにとって、幸福なことです。これからも、たくさんのことを一緒に楽しんで、たまには、喧嘩みたいなことをしたいですね。
――――――
喧嘩みたいなこと――それは、殴りあいや罵りあいではないんですよ。わたしと彼が喧嘩する理由があるとしたら、(お互い)熱心に打ち込んでいる「創作のこと」だけでしょう。喧嘩というより、論争に近いものです。
彼は、小学生のころから漫画を描いていて、自由帳を切り取って小冊子にまとめて、わたしたちに読ませてくれました。その内容は、覚えていないのですが、たぶん、バトルものだったと思います。
中学生になると、彼は、小説を書き始めました。ライトノベルという、(おそらく)主にティーンをターゲットにした小説のジャンルのひとつです(なにをライトノベルと呼ぶのか、というのは、論争化しているみたいなので、とりあえず、これくらいの説明なら、波風が立たないのではないでしょうか)。
当時、わたしたちは、パソコンなんて持っていませんでしたから、彼は、ノートやルーズリーフに、手書きで物語をかいていました。わたしたち友人は、彼の書いたものを、楽しんで読んでいました。
しかし、わたしたちは、あまりにも大人ではなかったので、物語のひとつの部分をつまみだして、茶化したりしていたような気がします。ほんとうに、ひどいことをしました。
彼は、怒ることなく、笑っていましたが、努力に対する敬意を払えない、あのときの無礼なわたしを、いまでも、わたしは許せていません。
――――――
彼の創作――とりわけ執筆は、一過性のものではありませんでした。あれから、現在まで、書き続けています。バトルものを書いています。一方、わたしは、研究者の道の入り口をくぐりました。
当初は、アフリカのある国の歴史を研究していたのですが、学びを深めていくにつれて、どうしたら、ひととひと(集団と集団)の間に引かれてしまった分断線を埋められるか(手を取りあえるようにできるか)を、考えるようになりました。
――――――
しかし、わたしは、大学院(修士)2年生のときに、うつ病になりました。理由はたくさんあったと思うのですが、大まかにいえば、人間関係がぎくしゃくしてきたことによる精神的な負荷――というと、違う気もするのですが、少なくとも、ひととひとが一緒にいる環境への疲れでした。
わたしは、ただただ、つらく、自殺願望をずっと抱えていました。「死なせてください」――そう言って、ひと前でわんわん泣いたこともあります。しかしいまは、死ななくてよかったと思っています。そして、なにがなんでも、生きたい、いろんなことをしたい――いまは、そんな、前向きな気持ちしかありません。
――――――
うつ病に苦しみ、堕落と地獄の
それは、大学生のときに、創作に打ち込んでいたことでした。当時、わたしは、文芸部に入っていました。部内での派閥あらそいが激化して辞めたあとは、あのときの彼みたいに、短編集を自作して、友人にだけ配って楽しんでいました。
実は、小説を書き始めたのも、彼の影響なんです。中学生のときから、いいなあ、と思っていたんです。彼のように、物語をつくりたいなあ、と。わたしは、彼の真似をすることが好きでした。なぜだかは、わかりません。
彼と友達になったからには、彼の強力な磁力によって、自分の人生が
――――――
わたしは、大学生のときのように、小説を書いてみようと思いました。なにもすることは、ないのですから。そして、なにもしないということの恐怖が、わたしを苦しめ続けましたから。とにかく、椅子に座り、パソコンに向き合いました。
当時作った小説は、いまだに保存してあるのですが、最初のものは、とても読み返す自信はありません(ただし、思い入れはあります)。
わたしは、ひたすら作品をつくり続けました。わたしの存在は、書くことによってしか認められていないんだと、自分では思っていました。
――――――
実は、創作に再挑戦したのも、彼のおかげなんです。わたしは、おそるおそる、彼に、「小説を書こうかなと思ってる」みたいなことを、言ってみたんです。すると彼は、「~はさ、
「創作畑の人間」――そんな風に、思ってくれていたんですね。わたしは、彼のように、長く書き続けてきたわけではないのですが。ただ、その言葉がなければ、わたしは、奈落の奥底にまで落ちていたかもしれません。
無目的に生きることは、おそらく、だれにも、できないんだと思います。地図も渡されないまま、海に放られて、ただ、四方の水平線を見ているだけ。無目的な状況というのは、そんな感じです。
――――――
その後、なんとか復学し、研究の道に戻り、創作をする時間は、なくなりました。しかし、昨年の冬に、また、創作の世界へと戻ってきました。そして、今度は、ずっとずっと、創作というものを続けていこうと思っています。それも、研究と両立する形で。
その経緯に関しては、このエッセイで書ききれることではないので、またどこかに譲るとしまして――とにかく、わたしは、導かれて、創作の営みのある生活に戻ってきました。
――――――
わたしの、いままでのエッセイには、ときおり「友達」が登場しますが、彼らと、どのような瞬間に友達になったのか、はっきりしないんです。彼らにしたって、どのような時点で、わたしと友達になったのかなんて、覚えていないでしょう。あまりこだわることではないのかもしれません。
ただ、言えることがあるとすれば、桃太郎のように、きびだんごを渡して仲間になったわけではない、ということです。わたしたちには、鬼のような倒すべき敵なんていないので、ものを渡してまで、仲間に引き込まなければならない事情なんてありません。繋がりは、ゆるくていい。
――――――
しかし、わたしはこうも思ってしまうんです。こうした、共通の倒すべき敵をもたないけれど、どうしても切れないし、切りたくない繋がりを持っている関係は、べつに、「友達」という名詞を使わなくてもいいんじゃないかと。
そういうと、元も子もないのですが、「友達」という言葉そのものには、なんの意味もなく、意味を持たせているのは、わたしたちです。だから「友達」なんて、一種の仮名で、「●●」でも、「△△」でも、「××」でも、いいんですよ。言いかえる言葉は、たくさんあります。
――――――
もしかしたら、わたしたちは、当然のように使われている言葉が、どんな言いかえも可能だということを知れば、なにかしら、楽になるのかもしれませんね。
地図を広げてみて 紫鳥コウ @Smilitary
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