エスカレーターに乗れなくても

 大学に行くためにバス停に並んでいると……だいたいは先頭になります。このご時世、オンライン授業になってしまったので、ほとんどの学生は、キャンパスに行く必要がありませんからね。わたしも「(オンライン)授業を受けてから、大学に行く」という、思いがけない生活をすることになりました。


 バスもがらりとしていて、ひとがどんどん外から消えていくなあと思いました。それでも、朝と夜に散歩をしていると、たくさんのひとに出会います。大学(院)生と社会人では、まったく、置かれた状況が違いますね。


 だからこそ(?)「大学は人生のモラトリアム(猶予期間ゆうよきかん)だ」……なんて、よく言われているのかと思うのですが、わたしは違うと考えているんですよ。では、「大学生だって社会人と同じだ!」と主張したいのかというと、そうでもないんです。


   ――――――


 わたしが、なにを言いたいのかというと、「イメージ」と「実際」は分ける必要がある、ということなんです。


 大学には、「十人十色の学生」がいて、その中には、モラトリアムを謳歌おうかしている学生もいれば、切羽せっぱつまっている学生もいます。「大学は人生のモラトリアムだ」……と言ってしまうと、そんな、モラトリアムが学生の存在が、切り捨てられてしまいます。


 これって、かなり深刻な問題なんじゃないかなあ、と思うんですよね。


   ――――――


「アイツ、あんな感じだけれど、実際に話してみると、けっこう良いヤツだったよ」……こんな経験は、だれしもがあるのではないでしょうか(逆もあると思いますが)。これも、「イメージ」と「実際」の問題ですよね。


 しかし、「アイツ」の「実際」を知るためには、「話してみる」しかない。そうでないと、「アイツ」を「イメージ」でしか語れない。つまり、実践(話してみる)が必要になってくるんです。「実際」を知るには勇気がいる、と言ってもいいでしょうね。


「○○って、なんにもないイメージだったけれど、けっこーいろんなものがあって、楽しかったよ」……これも、家を飛び出して、○○に行ってみないと(実践しないと)知りえないことです。


「イメージ」するのは簡単なんですが、「実際」を知るためには、たくさんのエネルギーが必要になるんですよね。


 しかし、わたしは、エネルギーをフル稼働させて、いろんな「実際」を知っていきたいものです。


   ――――――


 わたしの友人に、とんでもなく行動力がある子がいるのですが、その子は、次々といろんな一面をわたしに見せてくれます。「えっ、えっ、そんなことするん?」……そんな驚きばかりです。


 でも、一番びっくりしたのは、「就活放棄」なんですよね。わたしにとってそれは、衝撃的なことでした。


 その子は、まわりの4年生が就活に明け暮れているころ、絵本のシナリオを書いていました。わたしは彼に、「就活はしとるん?」と、きました。すると彼は、「してないよ」と、まるで〈なんでそんな当たり前のことを訊くの?〉みたいな調子で言うんです。


 わたしは、〈じゃあ、どうするんやろ〉と思ったのですが、なにか事情があるのだろうと察して、それ以上、なにも知ろうとしませんでした。


 しかし、そういうわたしも、準備不足がたたり、大学院の試験に落ちたわけですが……。


(面接ではボロクソに叩かれて、泣きそうになりました)


   ――――――


 わたしは、大学院1浪が決まった春から、東京のある町に、ひとりで住んでいました。そうしたら、あの「就活放棄」の子から、連絡がきたんです。5月のことです。


「東京に引越しをすることにして、いま、家を探してる」


 わたしはびっくりしました。〈なぜ、東京へ?〉……そんな思いでした。


   ――――――


 家探しが、なかなかうまくいかなかった彼は、数週間の格闘を経て、ようやく住居が見つかりました。そして、またびっくりすることになりました。なぜなら、彼の下宿先は、わたしの住んでいるところから、二駅しか離れていなかったのです。


   ――――――


 彼が引越して最初にはじめたのは、でした。シナリオライターを雇っている会社を、探していました。


 絵本のシナリオを書いていた、大学4年生のときから、いや、それ以前から、クリエイティブな仕事をしたかったんだと思います。だから、周りにならうのではなく、機が熟するのを待っていたのでしょう。


 その後、彼は、無事に就職が決まり、それからは、いろいろな仕事を引き受けては、様々な会社を転々としながら、シナリオを書き続けています。


 わたしは、その後、大学院に受かり、東京での生活が終わりました。しかし引越したあとも、半年に一度くらいは、彼と東京でお茶会をしていました。なので、こんなご時世になったのは、残念です。


   ――――――


 わたしの周りの友人は、少し働いてから専門学校に入って、次なる道に進んだり、フリーターを貫き、その果てに大きな野望を抱いていたり……そんな子たちばかりです。


 わたしだって、大学院1浪+一年の休学で、この歳になっても修士課程に在籍しているのですから、なかなか変わった人生を送っているのではないかと思います。


 小学生のころは、中学を卒業したら高校へ、そして大学に進み、なにかしらの職業に就くという未来を描いていました。


「未来の設計図」みたいなものを、授業かなんかで作ることになると、わたしをふくめて、同級生はみんな、同じようなプロットになっていました。



 中学→(高校→(大学→))就職


 ※留年などは想定しない


 ※



 上記のようなプロットです。みんなが使うプロットなので、これは言い換えれば「常識」になるんでしょうね。だとするならば、わたしと、わたしの友人たちは、「イレギュラー」になってしまうのでしょうか。


 中学卒業~就職(そして、その職一筋)という道は、みんなそれにならうべき常識である、というような共通意識があったのでしょう。エスカレーターの一段一段にひとが立っていて、ういーんと上に運ばれていくようなイメージでしょうか。


 だとしたら、イレギュラーというのは、エスカレーターに乗れないことを言うのでしょうか。


   ――――――


 しかし、エスカレーターに乗っても乗らなくても、どっちでもいいと、わたしは思ってしまうんです。


「十人十色」という言葉が象徴するように、ひとはみな、ほかのひとと、違うんです(しかし、共通点もありますよ。そうでないと、わたしたちは手をとりあえないですから)。


 だから、エスカレーターに乗っている or 乗っていないは、どうでもいい問題というような気がします。それぞれが、それぞれの形で、それぞれを表現すればいい。


 そもそも、エスカレーターに乗っているひとりひとりも、それぞれ、上のひと下のひとと、いろいろな面で違うんですから。


   ――――――


 このエッセイの最初の話題に戻ってしまいましたね……!


 《実際には、「たくさんの個」がある》という。


   ――――――


 そもそも、「イレギュラー」という言葉も、あんまりよくないかもしれませんね。なにが「普通」で、なにが「普通でない」かなんて、だれにもわかりませんし。


 ただ、自分では思ってしまいますよね。「自分は普通じゃないな」って。かつてのわたしもそうでした。


 わたしは、ひきこもり、長期欠席……そうした、学校に行けない時期が何度もありました。授業にはついていけないし、学力は低下し、両親とは喧嘩がたえなくて、地獄のようでした(それでも家族は、懸命にわたしを支えてくれました)。


「わたしは、周りの子たちとは違うんだな……」という、劣等感のようなものにさいなまれていました。


   ――――――


 それでも、こうして生きているんですよね。


 そして、なのに、、研究と創作という、一生、専念していきたいことができました。さらに、それらをつきつめたいという目標が、わたしを、もっともっと生きさせてくれています。


   ――――――


 だからといって、その経験をふりかざして、「生きていなさい、いずれ救われるから」……なんて、言おうとは思いません。かつてのわたしは、そうした前向きな言葉に抵抗感がありましたし。


 ただ、わたしが言えるのは、「普通でない」ことには、、ということです。


   ――――――


 わたしは、最初、友人たちの話を書こうと思っていたのに、かなりぶれてしまいましたね。しかし、最後に、友人の話をひとつ。


   ――――――


 どこかで、くわしく書こうと思っているんですが、少し前、わたしは、創作活動がなかなかうまくいかないという悩みがあって、もう、泣きそうになっていたんです。そうしたら、友人は、このようなことを言ってくれたんです。


「一足飛びに、目標は達成できないから、ひとつひとつ、目の前のことをこなしていけばいいよ。そんなもんだよ」


 わたしは、その言葉に、救われました。これからも、ひとつひとつ、目の前のことに、しっかり向き合っていこうと思います。


   ――――――


 このことを最後に書くのは気がひけますが、日曜日だけ、このエッセイの時間ルールは適応されません。その理由は、これにつきると思います。


〈明日は月曜日だって考えると、憂鬱になるかと思いますが、夜ふかしより、ぐっすり寝ることをオススメします。すっきりと気持ちのいい朝は、自然と、前向きな気分に繋がりますから〉


 なんだか、ぐだぐだとしていて、読んでいると眠くなってしまいそうになる、このエッセイは、そのとおりに、書いているんだと思います。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る