最終話
最終話【勇者よ、猫と共にあれ】
「ふむ……。では、この絵の人物は魔獣王ではないのかね……?」
「
悲劇で
「なんと、まさか古代の王だったとは!
そんな説はいままで出ていなかったな !
これでまた、歴史の1ページが
ではこの後ろの影のような存在は……!」
考古学マニアに勢いよく問われ、エイミとサイラスは思わず顔を見合わせる。
「それは……」
「……」
ふたりの渋い顔に、男性は途端に勢いを失って尋ねる。
「ど、どうしたのかね……?」
「
それ以上は、知らぬ方が身のため、でござるな……」
一転して拒絶するような言葉を口にしたサイラスは、重苦しい雰囲気を
「そ、そうか……。
アルド君の仲間であるきみがそう言うなら、その方が良いんだろうな……」
考古学マニアは少しだけ残念そうな素振りは見せたが、納得した風だった。
「それと、ひとつ頼みがあるでござる」
「頼み……?」
「できれば、これがパルシファル王だと、世間には発表しないでほしいでござる」
「ええっ!? せっかくの新情報が、そんな……!」
男性は今度こそ本当に残念な顔をした。
「たしかに
なれど、悲劇にあうまでは、名君として広く敬われていた方でござる。
『パルシファル王は、勇者に討伐された悪党だ』
思い悩んだ様子のサイラスに、男性は深く頷く。
「なるほど……」
唐突にエイミが、感じていた違和感を口にする。
「ねえ、サイラス」
「どうしたでござる?」
「うまく言えないんだけど……。
この絵のアルドって、パルシファル王を倒そうとしてる感じじゃないような……」
「ふむ……。言われてみれば、後ろのファントムのみを狙っているように見えなくもござらんな」
「ええ。まるで、ファントムに操られちゃった王様を、助けようとしてるように見えるっていうか」
言われて彼らはハッとした。
そこで突然、考古学マニアが大声をあげた。
「ひらめいたよ!
それこそ、先ほど言っていたように、悲劇の王として広めてしまうのはどうだい?」
「どういうことでござるか?」
「『悲劇の賢王は、後ろの黒幕に操られて、勇者と道を
この黒幕こそが諸悪の根源であり、勇者は王を救おうとするところだった』とね」
「なんと!
うーむ。黒幕は別におったでござるが……。
しかし、あやつのことなど広まらぬ方が世のためでござるか……」
「ふふっ。ファントムも、やってもいない悪事を広められるなんて、たまったものじゃないかもね」
「ふむ。たしかに考えてみれば、妙案かもしれぬでござる。
その程度の
しかし……」
サイラスは別のことが気がかりだった。
「なにか気になることでも?」
「事実ではない筋書きを、拙者たちの手で広めることになるでござる」
「そ、それは……。今でも事実とはだいぶ異なるようだし……」
考古学マニアは、自分で言いながら、苦しい顔を見せた。
「やはり、パルシファル王が犯してしまった過ちは消えぬでござる。
それを進んで揉み消すような行いは、拙者の道義に
大きな瞳を
「とはいえ、わざわざ悪評を広める必要もないでござる。
この描き手も、それを汲んでくれたように思えるでござるよ。
アルドが倒したようにも、救ったようにも見える絵に……」
三人は、改めてその絵を眺めた。
「勝手を言って申し訳ござらんが、
今のまま、あるがままにしておきたいでござる……」
サイラスの絞り出すような言葉に、男性は一呼吸置いて返事をする。
「……。
承知したよ。
それがきみ達への恩返しになるなら、お安い御用さ。
では、やはりこの話は、私だけの胸にしまっておこう」
「かたじけないでござる」
サイラスは、動かしづらそうな頭を、器用に下げて礼を言う。
会話が一段落ついたところで、ふと、エイミが疑問を口にする。
「でも、なんでパルシファル王が、魔獣王と勘違いされたのかしら?」
当然の疑問に、考古学マニアが答える。
「うん。描かれた年代はもちろんだが……。
私の知るだけでも、魔獣王の伝説には、本当に色々なものがあるんだ。
人間の10倍の大きさで翼を生やして飛び回ったとか、まるで
エイミとサイラスはなんとも言えない顔をして聞いている。
「私はそんな話は、あとから脚色された
ただその中で最も多く共通するのが、
『金髪で、顔色が悪い』という特徴でね……」
予想外の答えに、エイミは目を見開いた。
「顔色が悪い!? た、たしかに魔獣族の肌は青みがかってはいるけど……」
「なるほど、それで合点がいったでござる。
金髪で青ざめた顔の王が勇者に討たれている、それならば魔獣王だ、という発想でござるか……」
「魔獣は角だってあるし、一目見れば分かるはずなのに。
だんだんと魔獣を見たことがある人がいなくなって、本当はどんな姿なのか分からなくなっちゃった、ってことなのかしら……」
「うむ。それで勘違いした者でもいたのでござろう」
返す中年男性の目は、どこか遠くを眺めているようだ。
「勇者に
人間というのは、理屈が合うような都合のいい事実があれば、それを真実だと信じてしまうものさ。
さっきの私の提案のようにね……」
「もしかしたら、スクールで習った歴史にも、事実とは違うことがいっぱいあるのかしら……」
「難儀な話でござるな……」
どこか遠いサイラスの呟きを耳にしたエイミは、はたと人待ちで時間を潰していたことを思い出す。
「そういえばアルドたち、遅いわね」
「ふむ。そろそろ戻ってもおかしくない頃合いでござるな。
いったん様子を見に、宿へと参ろうか」
「おお、アルド君もニルヴァまで来ているのかね?
ぜひご一緒させてもらおうかな――」
三人は話を続けながら、博物館の入り口の方へとゆっくりと消えていった。
◆◆◆
ややあって、彼らと入れ替わるように、絵の前に10名ほどの集団が集まってきた。
そのうちのひとり、
「――続きまして。
こちらの巨大な絵の作者は、ファビオ・ガットという、ミグランス王朝期でも最も有名な画家のひとりです。
同時期に有名な印象派の風景画家、レオノルドの一番弟子でした。
彼の作品は、その人気から
『ガットの真作には、猫の肉球の跡がついている』
……などと
「彼の人気作の中でも、この絵には謎が多いと言われています。
絵に描かれた黒髪の青年は、当時の有名な英雄だったと言われていますが、
また、対峙している金髪の男性や、その後ろの
しかし当時の世情を考えると、紛争関係にあった魔獣族の人性と獣性を、抽象的に表現しているのではないか、という説があります」
「また、この絵は、発表された当初はまったくの無名でした。
しかし、ある時を境に、ユニガンでたいそう話題になったそうです。
不思議なことに、人物についてではなく――
こちらに小さく描かれた『猫』が注目の的となりました。
それについて、こんな逸話が残っています」
「とある高名な神官が、毎日のようにこの絵を眺めている。
神官見習いがそれを不思議に思い、
『この絵のどこがお好きなんですか?』と聞くと、
『この猫さんが、かわいいんです♪』と返ってきたそうです。
嘘か本当か、そんなエピソードが一部の
その結果、ユニガンでは神官
「そしてその数年後、皆さんご存知のとおり、世界各地でネズミを介した伝染病が流行し、多くの人が亡くなりました。
しかし、この絵の影響で猫の増えたユニガンでは、とても被害が少なかったといいます。
それを知った当時のミグランス王が、画家の誕生日を『にゃーにゃーの日』という祭日にしようとして側近に止められた、なんていうこぼれ話も残っています」
「さらに不思議なことに、この絵は私的なものだったのか、題名すらありませんでした。
そこで、後世の識者たちが題名をつけようと議論を重ねたところ、ひとつの意見が出ました。
『猫をつれた勇者、というのはどうか?』と。
それを聞いた周りの者たちが口々に、
『それでは見たままではないか?』と言うと、その人物はこう答えたそうです」
「『絵に描かれた青年は、
その剣を持って王国を救い、
絵を描いた画家は、
その筆を持って王国を救った。
そしてどちらの勇者も、猫とともに在ったのだ』
これには、他の識者たちも膝を打って同意した、ということでした」
猫をつれた勇者を描いたのは、猫をつれた勇者だった、というお話。――完
(感想おねがいします!)
猫をつれた勇者 えすてさん @esthe_san
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