第3話 井上佳奈美はサンタさんになる
「その時からずっと、かなちゃんのことが好きなの」
気持ちを落ち着かせてから先輩は静かにそう言った。その言葉は、思ってもみなかったすごく嬉しいもので、だけどおかしい。
明らかに矛盾している。私は先輩が10年好きでずっと思っていたので当然恋人だっていなかったし、そもそも10年前、先輩は恋人を紹介する為に私にレズビアンだとカミングアウトしたのではないか。今好きと言ってくれているのは嘘ではないにしろ、10年は盛りすぎである。
「さ、寂しいし……?」
しかし目をそらしながらされた答えは、とっさに誤魔化しただけで10年前のはすでに別れた恋人で、それから付き合ったのはただ告白されて寂しいから付き合ったと言うものだった。
いや、寂しいからって。それを否定するつもりはない。相手から告白されて承知の上で片思い状態で付き合うのだってありだと思う。でも、なぜ堂々とその上で10年ずっと私が好きだったと言えるのか。さすがに相手の子が可哀想ではないか。
とは思う。思うけど、今までの先輩の彼女にずっと嫉妬していたけど、それも私の方が好きだったんだ、と考えると絶対そんな状態じゃないのに、なんか嬉しく思ってしまう。最低だ、私。
「ひ、引かないでぇ。私だって自分が最低だってわかってるよぉ。かなちゃんを重ねて、その上一方的にかなちゃんが忘れられなくて別れてるんだから。でも……しかたないじゃない! かなちゃんが好きで好きで仕方ないんだから。好き! 結婚して!」
自己嫌悪していると、先輩は私の態度から拒否感を感じたのか、突然そう言いながら抱き着いてきた。
「わあ! ちょ、ちょっと先輩!? 酔ってますね!?」
とは言え抱き着くのが腕に、なのがすごい控えめでそこも愛らしいけど、でも待って。体型が愛らしくない。すごい、胸あたってる。ごくまれに一緒に入浴することあるけど、そんな、胸があたるなんてことはない。軽くじゃれるみたいに腕を組まれたことはあっても、こんな押し付けるようなのは全然違う。なにこれ、すご。えっろ。あああ、ダメダメ! へ、変なこと考えそうになっちゃう。平常心平常心!
「酔ってなきゃこんなこといえるわけないでしょ!? かなちゃんが付き合ってくれるなら今度こそ誠実になるから。かなちゃんだけ見るしよそ見とかしないし、一生愛するからぁ。かなちゃんを満足させてみせるからぁ」
「ちょ、ちょっと、なんですか、ほんと。先輩、ちょっとおかしいですよ。いきなりそんな。今まで全然匂わせなかったじゃないですか」
私だって先輩は好きなのだ。ていうかもう10年だ。10年も好きだともう、好きをこえた何かになりつつあるくらいだ。
だから先輩から私も好き、とか言われて半ばこれ夢? ってくらい思ってる。思ってるけど、それが10年前からとか頭がついていかないし、しかもいきなり結婚!? 展開が早すぎる。
しかも混乱する私に、先輩はアピールして好意を匂わせてきたとか言っているけど、いや意味が分からないのだけど? ごく普通の友達付き合いしかしてなくないですか?
フラれた時なんか、かなちゃんが恋人だったら良かったなぁ、とか全然眼中にないからこそ言えるセリフ言ってくるから、めちゃくちゃ傷ついてたし。雨に濡れた時とか普通に一緒にお風呂を誘ってくるし。
いったいいつアピールを? もしかしてバレンタインに高級チョコくれたこと? でも一緒にいつも買いに行ってお互いに似た金額プレゼントしあっているのにアピール? それも定期的に恋人のも一緒に買ってたのに?
「かなちゃん、私のこと美化してくれてたみたいだし、こんな最低な女だって知ったら……幻滅したよね?」
「……あの、先輩。だから、そう言う自虐はやめてくださいって……幻滅なんか、してません」
確かに予想外だけど、でもそれ以上に、私のことをずっと好きでいてくれた。その事実だけで、たとえどんなに他の人に目移りしてたのだとしても、嬉しい。たった今好きになってくれたのだとしても十分なのに、前から好きでいてくれたなんて。
しゅんとしていた先輩は、私の言葉に目を輝かせた。あ、可愛い。無理。この距離でその顔は無理。目もうるんでて、顔赤くなってて、すごい、可愛い。すごいドキドキして死にそう。
「ほ、ほんと? じゃあ、結婚してくれる?」
「な、なんでそこで結婚なんですか。急すぎません? 普通、その、こ、恋人、が、次のステップなんじゃないでしょうか?」
したくないわけではないけど、そんなの寝耳に水にもほどがある。それに、そう言う大事なことだからこそ、簡単に口約束で、こんな酔った勢いで言いたくない。
「もちろん恋人になりたいけど、結婚したいの。駄目?」
「だ、駄目じゃあありませんけど……」
駄目なわけない。そんな聞き方ずるい。でも、だって。先輩が私を好きってだけでもういっぱいいっぱいなのに。結婚って。そもそもこの告白だって、あんまりにムードがないと思う。ずるく匂わせた私が言える立場ではないし、先輩が私と恋人になってくれるだけで他の全部がどうでもいいけど、でも結婚は別だと思う。
ためらう私に、先輩は私の腕を抱きしめたままずい、と身を寄せてきた。押される様に私はそのまま反対側に倒れ、とっさに左手をついたけど間に合わなくて肘をつくくらいに崩れてしまった。私に半分乗りかかるような姿勢の先輩は肩口でにぃっと笑う。
「じゃあ……こうしない? 私が今夜、かなちゃんに私なしではいられないくらい、満足させてあげるから。そうしたら、結婚しよう?」
「んえ? な、なんですかその不穏な言い方」
先輩なしにいられないくらいって、逆に怖いんですけど。と言うか、あれ、いつの間にか、目がらんらんとして、妙に力強いと言うか。
おびえる私に、先輩はふっと起き上がる。抱き着くのをやめて、怪しい笑みで自分のカップにまたお酒を注いでいる。もうお酒はやめた方がいいのでは?
「あの、先輩。お酒はそろそろ……」
「んふ。大丈夫だよ、かなちゃん。痛くないから」
先輩はそう、まるで会話がつながっていない返答をしてグラスをあおった。そしてそのまま、肘で半身起きている私に覆いかぶさるように床に手をつき、左手を私の頬に添えてキスをした。
その動きは全然素早いものではなかった。だけど当たり前のように、拒否はできなかった。
先輩のうるんだ瞳が正面からむけられて、そっと近づいてくるその熱に、好きな人のキスに、拒める人がいたらみてみたい。そんなの、不可能に決まっている。
「う……」
お酒が強制的に入ってきて、その量に反射的に飲み込む。鼻から抜ける酒気に自分でさらに酔いが回りそうで、くらりとし始めたとたん、ぬるりと温かいものが入ってくる。
「んっ」
初めてのキスを味わうどころではない。先輩のキスは強引で凶暴で、なのにただただ、気持ちいい。わけがわからない。こんなの、想像したこともない。
「んふふ。かなちゃん、大好きだよ」
いったん唇を離した先輩はそう微笑んで、またキスをして、そのままそっと私の体に触れた。
私はそれに、抵抗しなかった。
○
「う……んんううぅ、うー」
すっと意識が浮上する。だけど体がだるくて起きる気にならない。目が開かない。うなり声をあげて体を覚醒に向けていく。今何時?
「起きた?」
「ん? ……あ? あー……先輩。おはようございます」
不意に聞こえた優しい声に、一瞬混乱する。今どっちを向いていて、自分がどこで寝ているのか。そう思ってから、ゆっくり理解する。
そうだ。昨日は先輩の家に泊まって、同じベッドで寝たんだ。挨拶をしながら目を開ける。左を向いて寝ていた私の目の前に、先輩が微笑んでいた。肌色しか見えない。
エッッ。と思いながら昨夜、全部見せあっていたどころではないことを思い出して、死にそうになってしまう。
「かなちゃん、水、飲む?」
「……飲みます」
静かに顔に手を当てて悶えていると、先輩は落ち着いた声音でそう尋ねてきた。言われてみれば喉はからからだ。頷いて起き上がる。あ、自分、裸だった。
先輩も起き上がってベッドから出た。うわ。裸だった。う……なにその堂々とした動き。芸術じゃん。この体に、私は昨夜、あ、あああ。あ、朝から何を考えてるんだ私は! 最低! 最低だ。
「はい。大丈夫? しんどい?」
「う、だ、大丈夫です。ありがとうございます」
心配そうな先輩からコップを受け取り、飲み干す。少し気持ちが落ち着いた。体は少しだるいけど、二日酔いと言うほどではない。と言うか、その後の色々で疲れているだけな気もする。
「落ち着いた?」
「はい。今何時ですか?」
「まだ7時だよ。お休みの日なのに早起きしちゃったね」
くすり、と笑った先輩は目覚まし時計を枕元から手繰り寄せて見せてくれながらそう言った。
休日として起きるには早いし、そもそも昨日は何時に寝たのか思い出せないくらいには遅かったのだ。体がだるいのも納得である。時間を自覚すると、あくびが出てきた。
「ふはぁ。そうなんですね。じゃあまだ寝れますね」
「うん……でも、その前に、聞いてもいい?」
「え、はい」
先輩は私からカップを受け取り、ベッド横の机に置いてから寝具の中に戻ってくる。ぴた、と太もも同士がふれあう。ほんのり冷えた肌の感触に、ドキドキしていけないことを考えてしまう。
いけない。先輩が話しかけているのだ。先輩に意識を集中させないと。下がりそうな視線を無理やりあげて、先輩の顔を見る。あ、可愛い。
「あのね……私と、結婚してくれませんか?」
「……」
はにかみながら言う先輩の可愛さに、思考が停止してしまう。
け、結婚。結婚。……はっ。そ、そうか。結婚。先輩と一生一緒。好き。嬉しい。あああ。
「駄目? まだ、足りなかった?」
「そ、そうじゃありません。ただ……き、昨日もったいぶったのに、翌日OKするのも……ていうか、最初から駄目とか言ってないじゃないですかぁ。何でそう急ぐんですか」
「だ、だって。かなちゃんが私を好きと言ってくれてる奇跡の間に、言葉だけでも永遠を誓ってもらえたら、もしかなちゃんが私に幻滅してもなんとかなるかなって」
えへへ、みたいに可愛らしく言っているので、えへへ、そっかーと相槌をうちそうになるけど、あれ? まあまあ物騒なこと言っている?
割と真面目に言質を取ろうとしている? お互いに好きあっていたとわかった瞬間に死ぬまでの言質とろうとしてる? 先輩の愛重すぎない?
「先輩、そんなに心配する必要ないと思うんですけど」
「そ、そう? でも、私、かなちゃんが言ってくれた好きな人のイメージと全然違うと思うんだけど」
「それはそうですけど……」
確かに違う。でもまあ、元々告白されてすぐ好きになっちゃう恋愛に関してフットワーク軽い人だと思っていたし、それが恋愛に関して好きにならなくても付き合っちゃう人だったとして、そこまで一気に悪化してない。
それにそもそも、もう、私は手遅れなのだ。
先輩を好きでいた期間が長すぎた。私が先輩に恋をした時に小学校に入学した子がいたとして、10年たったらもう高校生なのだ。そのくらい好きだったのだから、もう手遅れだ。
もう先輩のどこが好きとか、どういうところが好きだとか、どういう風なのが好きとか、そういう次元ではない。先輩であれば、穂波咲夜その人であれば、もう他のことも全部どうでもよくなっているのだ。
それこそもっとひどい、実はギャンブル好きで借金があるとかでも、100万くらいなら許せてしまいそうなくらいだし、生活状況が今までの印象と変わっていない時点で、実は恋愛では本命には奥手なのにすぐよそ見してエッチですぐ手を出すし、その癖めちゃくちゃ重い女であるくらい、普通に飲み込めてしまう。
もちろん多少は、うん、まぁ、と思うところはあったけど、それが全部わかっても、普通に今も好き。めちゃくちゃ好き。むしろ私から結婚してくださいって土下座してもいい。
「先輩、ほんとに私のこと10年好きだったんですか?」
「ほ、ほんとだよ。そうじゃなきゃ、こんな必死にならないよ」
「だったら、わかるんじゃないですか? 今更、先輩を嫌いになるなんてありえないって。今更、先輩と離れる事なんかできないって」
ぎゅっと先輩の手をとる。昨夜だって、先輩から始めたとはいえ、ちゃんと私だって頑張って応えたのだ。初めてで、いきなりで、心の準備なんて何もできていなくて、それでも頑張った。私だけじゃなくて、先輩も楽しめるように。
先輩も私に夢中になってくれて、私なしでいられなくなるように、頑張ったんだ。
「私、先輩なしではいられないんです。昨日からじゃなくて、もうずっと前から。先輩は……?」
「わ、私、私だって。かなちゃんがいないと駄目だよ。だからずっと、告白だってできなかった。サンタさん、なんてふざけて、一緒にいてほしいってことすら遠回しにしか言えなかったんだから」
「え? あれそう言う意味だったんですか? 先輩、アプローチ下手すぎません?」
手を握り返してくれて、顔を寄せながら言われた言葉にほっこりしつつ、これは昨日言ってたずっとアプローチしてたも見当違いなことばっかりしてたんだろうなと呆れてしまう。
サンタさん、年末年始を好きな人と過ごしたいの。がどうして目の前の人と一緒にいたいになるのか。あ、私にサンタさんになって。つまり私に叶えられることだよってこと? いや、わかるわけがない。匂わせ方が微かすぎる。
「なっ、か、かなちゃんに言われたくないんだけど」
「いや、私のは少なくとも伝わりましたよね?」
「そ、うだけどさぁ」
思わず普通にした指摘に、先輩は不服そうに頬を膨らませて上目遣いに睨んでから、軽くキスをしてきた。
「ん……きゅ、急にどうしたんですか?」
「その、先輩としての威厳を……」
「キスで誤魔化す威厳ってなんですか。いえ、そう言うところも可愛いですけど」
「ん!? な、なに、突然」
「え? 昨日言いませんでしたっけ?」
すでに昨日はテンパりまくっていたのもあって、具体的に先輩への好きな人アピールで何を言ったか、あんまり覚えていない。だけど可愛い、とたくさん言った気がする。
なのに先輩は何故か驚いたように、握り返していた私の手を揉むようにして動揺を伝えてくる。可愛い。
「それはあくまで、かなちゃんの好きな人って体だったし……と言うか、直接には、私、好きとも言われてないよね?」
「そうでしたっけ? ……ベッドの上に移動してからは結構言っていたような?」
「そんなのノーカウントに決まってるでしょ」
「えぇ……」
いや、いいのだけど、この言い分を聞いていると、過去の彼女たちに先輩はベッドの上ではめちゃくちゃ都合いいことばっかり言ってたんだろうなぁと思ってしまう。う。また黒い気持ちになってしまう。結ばれて幸せなはずなのに、今更嫉妬するとか。
でも、先輩との夜を知ってしまったのだ。先輩がどんなふうに愛をささやいて、どんなふうに触れて、どんなふうに乱れるのか。全部知ってしまったのだ。
たとえ気持ちが私にあったとして、それを私以外の女の人にずっと見せていたのだ。そんなの、嫉妬で頭がおかしくなりそうだ。
すごく気持ちよかった。先輩が宣言したように、全然痛くなんかなくて、ただ気持ちよかった。でもそれはつまり、それだけ先輩が場数を踏んでいるのだ。複雑すぎる。
「あれ? 急に不機嫌な顔になってどうしたの? お腹減った?」
「……減っては来ました」
「あれ、違うみたいだね。どうしたの? 嫌なこと思い出したの?」
……そう言うところ。そう言う、私の気持ちをわかってくれて、誤魔化しても簡単に乗ってくれなくて、心配してくれるところ。すごい好き。
私は先輩と手を離してお腹を撫でてから、誤魔化すように頭を搔いてさり気なく目をそらす。
「先輩、これからは、私としかエッチしちゃだめですからね」
「いや、そりゃあそうでしょう。かなちゃんは私のことなんだと思ってるのかな? 今までだって、恋人がいる間はその相手としかしてないよ」
「うー……」
その通りかもだけど。でも、ずっと好きって言ってくれて嬉しい分、なんで他の子と付き合ってしまうのか。って今更思ってしまう。
私はずっと独り身だったし、処女だったのに。いや、お互い処女でも不慣れで困ったかもしれないけど。でも、先輩はどこもかしこも人に触れられてきたんだと思うと複雑だ。
先輩に視線を戻すと、先輩はちょっぴり困ったような顔になっていた。
「……ごめんね? 私が初めてじゃなくて」
「そ、そう言うんじゃありません。それに、好きになってくれる前に、すでに一回恋人がいたわけですもんね。そう言うこともすでにしてたなら仕方ないですよ。まさか、初めてが欲しいからって無理に変なところの処女をもらうってわけにもいかないですし」
高校二年生当時ですでに恋人がいた過去があり、経験済みと言う時点で早いとは思うけど、まあ当時はお互い好きあっていた恋人なのだから、それは仕方ない。
一応知識として、一通りの性知識はある。と言うか、普通に好きな人はいて思うことがあれば、そう言うことだってある。今時ネットにいくらでもそう言うのは転がっているけど、一通りチェックした結果、今のところ性的嗜好はノーマルだと思う。なので先輩から、お尻はまだだからあげるね、と言われても困る。
「……う、うん」
先輩は淫乱系女子だったので、こういうの好きだろうな、と冗談で振ったのに、何故か挙動不審に目をそらされた。
「ん? ……え? も、もしかしてですけど、お尻もすでに?」
「ま、まあ、若気の至りって言うか。でも、初めて聞くと変に思うかも知れないけど、これはこれでまた別の気持ちよさがあってね? 意外とみんな受け入れたらありだって言ってくれたよ?」
「へ、変態!」
布教している! しかも全員ってことはつい最近もしてる! めちゃくちゃ積極的に現役ではないか!
思わず素で罵倒すると、さすがに先輩も眉をしかめたけど、自分でも普通の嗜好とは思っていないのか自分の人差し指同士をツンツンさせてうなった。
「うぅ……か、かなちゃんだって、お尻に処女があるって発想もってたじゃない。むっつり!」
「そうだとして知識があるだけと興味津々のベテランにはだいぶ差があるでしょう?」
「確かに!」
何を全力で頷いているのか。普通にひいている。むしろドン引きだ。
でもわかる。自分でわかる。これ絶対、そのうち私の処女全部とられるやつ。だって、他の人としてて私がしないなんてありえないし、なにより先輩が乗り気で私が受け入れないわけがない。時間の問題だ。
わかっているけど、できれば嫌だ。すごい嫌だ。と言うか、めちゃくちゃ道具とか持ってそう。昨日凄いノーマルだったの、あれでも初心者だから遠慮してくれてたんだ。さすが先輩。配慮が行き届いている。
「て、てぇかさぁ、あのさぁ、かなちゃん。話をそらさないでよ」
「え? 何の話してましたっけ?」
「かなちゃんが私に好きって言ってくれてないって話」
「あ、そこまで戻るんですね」
先輩はやややけくそ気味の勢いで話題を戻した。そこから話を変えたのはむしろ先輩な気がしないでもないけど、この話を続けて今すぐ試そうとか言われても困るので乗ることにする。
「そう。いや、無理にとは言わないけど……できれば、言ってほしいかな。かなちゃんのこと大好きだから、素面でも聞きたいよ」
さっきど変態な話をしていたとは思えないほど、純情可憐と言う単語が似合うようなはにかみ顔でおねだりされた。可愛い。自分の可愛さをわかっててやっているに違いない。ずるい。可愛い。
「ん……あの、私」
「うん」
でも、いざ言おうとすると、心臓がうるさくて指先が震えた。だって、ずっと心に秘めてきたのだ。好きだと言えば全て終わりだと思っていたのだ。だから昨日も、好きな人の体でしか言えなかった。
それだって酔いの勢いと場の雰囲気があって言えたことだ。なのに。こんな。先輩を目の前に、じっと見つめられて、待たれて、そんな。
「……私、今年、サンタさんになります」
「は?」
「だ、だから、先輩のサンタさんになります。それで、年末年始、ずっと一緒にいます」
「……で? だから?」
冷たい。先輩がサンタさんにお願いする形でアプローチしてたくせに、それに乗っかって私から一緒だよって言うのは駄目とか厳しい。いや、付き合う前と後と言う差は確かにあるのだけど。
これで乗り切れたと思った私は、先輩のジト目と無言の促しにたえかねて何とかもう一度口を開く。
「だ、だから……サンタさんが終わるまでには、言います」
「うん。いいよ。待ってる。ずーっと待ってるね」
結局先送りと言う私の決断に、でも先輩はにっこり笑って頭を撫でてくれた。その姿は昨日までの優しい先輩と何一つ変わらなくて、やっぱり大好きな先輩に違いなかった。
「じゃあその頃には、先輩じゃなくて名前呼びになっているって、期待してもいい?」
「え? ど、どうしたんですか、急に。名前呼びって恋人になっても先輩は先輩じゃないですか」
「駄目。先輩でも後輩でも、恋人になったら対等なんだから」
「そ、それはそうかも知れませんけど」
急すぎる。先輩を名前で呼ぶなんて、考えたこともなかった。先輩といつか結ばれたいなと思っていても、妄想の中でも先輩は先輩だったので、その発想はなかった。
狼狽する私に、めっと子供を叱る親のような表情で言った先輩は、にこっと悪戯っぽく笑う。
「ふふ。なんて言うのは建前。私が、かなちゃんに名前で呼ばれたいんだ。恋人になったって、その度に実感したいの。サンタさん、お願い追加しちゃ、駄目かなぁ?」
「う……頑張ります」
先輩の期待の眼差しに、私はしぶしぶ頷いた。先輩専属のサンタさん業は、思ったより大変そうだ。クリスマスまで、どれだけ願い事が増えるのだろう。そう思うといっそ恐ろしいくらいだ。
「やった。ふふ。楽しみ。ありがとう、かなちゃん」
だけど、私の善処程度の発言にこんなに可愛い笑顔になってくれるのだから、しかたないなぁと私も頬を緩めるしかなかった。
結局、惚れた方が負けなのだ。10年好きだった私は、先輩に対して全面降伏の白旗しか持っていないのだ。
そして、救いなのは
「私も、かなちゃんにとっていいサンタさんになれるよう、頑張るからね」
先輩もまた、どうやら私にべた惚れらしいことだ。なら、うん。仕方ない。
「先輩からのプレゼントなら、何でも嬉しいです」
「ほんとぉ? ふふふ。クリスマス当日、一緒に過ごせるの、本当に嬉しいな。ねぇ、その日、お揃いの下着にしない?」
「……い、いいですけど」
「今度、買いに行こうね。あー、楽しみー」
「……」
いやまあ、楽しみではある。
こうして私はサンタさんとなり、先輩、もとい咲夜さんと楽しく年末年始をすごし、これからもずっと、毎年サンタさんになることになって何だかんだ幸せに暮らすのだった。
おしまい。
サンタさんにお願い 川木 @kspan
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