第2話 穂波咲夜は激重ヘタレなのに押せ押せ
私がかなちゃんを好きになったのは、自分でも最低なきっかけだった。高校二年生のある日。私はこの時、すでに人として最低に片足を突っ込んでいた。
高校一年から、二年生にかけて恋人がいた。初めて私に告白してくれて初めて付き合ったのは、二つ上の先輩で、女の人で、私に女の子の気持ちよさを教えてくれた。そして残酷に、遊びはおしまいだと言って卒業していった。
だけど私はそれに、自分で思っていた程は傷つかなかった。そんなものなのかと思ったし、仕方ないと思った。しょせんその時の私は、告白されてその気になっただけで本当の意味で恋愛をわかっていなかったし、気持ちいいことを覚えたばかりのサルでしかなかった。だから、恋人がいない寂しさより、肌寂しいことの方が堪えた。
そんな私の前に都合よくいたのが、昔から可愛くて慕ってくれていたかなちゃんだった。それまでは恋人で満足していたし、他の人を考えたこともなかった。だけど別れて、そんなものなのだと見切りをつけた私にとって、久しぶりに会って高校生になって少し大人びた彼女は、昔のただ可愛いだけの後輩ではなくて、女の子として見えた。
だから軽い気持ちだった。好きだよ。と告白すれば、一年前の自分がそうだったようにかなちゃんもその気になってくれるだろうって思った。
「あのね、かなちゃん。私、かなちゃんに言いたいことがあるんだ」
「どうしたんですか? 何かあったんですか?」
そう思って、かなちゃんの家に行ったのに。いつも通りの彼女を見ていると、何だか一方的に彼女を性的な目で見ている自分がとても悪い人間のように思えた。
元彼女と同じように、いきなり好きだと告白するつもりだった。だけどよく考えたら、初対面の彼女とは違って長い付き合いなのだ。まずは同性愛者であることを伝えなければならない。
「私ね、かなちゃんのこと大好きなの。だから、ずっと隠し事をしていたくなくて。変に思ったり、嫌だって思ったら言ってくれて全然いいし、もしそうなら、距離を置くからね?」
なんでこんなに前置きをしているんだろう。軽い気持ちだったのに。かなちゃんは本当にいい子だし、仮にその気にならなくたって、告白の前ならいいお友達のままでならいられるに決まっているのに。
いざ、言うのだと思うと、自分がとても異常で、ひどいことにかなちゃんを巻き込もうとしているのだと思えて、かなちゃんに拒絶されることが不安で、少しでも時間を稼ごうとしていた。
「私ね……女の子が好きなんだ」
喉がからからに乾いていた。おかしい。この家に入った時は、何も考えていなかった。軽く告白して、もし拒否されたら今まで通りでいようね、でそれで終わりのはずだったのに。それだって、ほぼほぼかなちゃんなら流されてくれるだろうと思っていたのに。
今はこんなに、怖い。かなちゃんは私にどんな目を向けるのか。
「……」
かなちゃんは、ただただ驚いていた。きょとんとしたあどけない顔は、本当に空から槍でもふってきたみたいな、想像外のことにただ驚いて呆然としているような、そんな顔だった。
「やっぱり、引いた、よね?」
弱気になって尋ねると、かなちゃんは少し慌てたように何度も頷いて、そういうこともあるんじゃないでしょうか、なんて人ごとのような意見を言った。
ここに来るまでに思っていた通り、かなちゃんは引いたりせず、すんなりと受け入れてくれた。まるで凪のように、静かに受け入れてくれた。
「安心してください。先輩が同性愛者でも別に、私と先輩の関係は変わりませんよ。先輩への思いは変わってません」
そしてそう優しく、包み込むように微笑まれて、私は何も言えなくなった。
年下で甘え上手で可愛くて従順で、それでいて思ったことをはっきり言う付き合いやすい子。ずっとそう言う風に、あくまで後輩として、友達としてしかみていなかったのに。
いつのまにか、こんな顔をするようになっていたんだ。そう思った瞬間、自責の念で押しつぶされそうだった。どうしてあんなに、思いあがっていたのだろう。
簡単に告白して、簡単に恋人になれて、簡単に遊ぼうなんて。そんな人を馬鹿にした話があるだろうか。
恥ずかしい。自分が恥ずかしい。それに、かなちゃんは何も関係は変わらないと言った。私が女の子が好きだと言って、それに自分が何の関係もないと思っているから言える言葉だ。
かなちゃんは流されることなんて全くなくて、その上で私の趣味嗜好を受け入れた。かなちゃんが眩しかった。かなちゃんは一年前の私と全然違って、自分を持っている。
「……ありがとう、かなちゃん。嬉しい」
すごく、嫌な気持ちだった。今すぐ死にたいくらいだ。かなちゃんといると惨めだ。だけどその上で、かなちゃんとの関係をきりたくない。
ただの後輩だったかなちゃんは、この瞬間、私の憧れてやまない人になった。
かなちゃんからは急にどうして同性愛者であると告白したのか不思議がられたので、そこは元彼女の写真を見せて恋人ができたから話したかったと言うことにして誤魔化した。
そしてかなちゃんとはまた、気の置けない先輩後輩関係として付き合っていく。だけど私は、胸に芽生えた感情を否定することができなかった。
かなちゃんが好きだ。最初は自分のあまりの心根の醜さに、綺麗なかなちゃんに惹かれるのは当たり前だと誤魔化していた。だけどそれ以上に、一緒にいれば、話すたびに、距離をおいたって会う度に、かなちゃんに恋情を抱かずにいられなかった。
恋人をつくってみたりもしたけど、かなちゃんと比較せずにはいられなかった。ただ相槌をうって笑うだけ、それだけの動きですら、かなちゃんを思ってしまう。だからどうしても長続きしなかった。
私を好きだと言ってくれた子たちには、申し訳ない。すごく勇気が言っただろうに。ただなんとなく寂しいのを誤魔化すだけに付き合って、そしてかなちゃんがクリスマスに誰かと過ごすんじゃないかと不安で、その前に別れてかなちゃんにそれを口実に一緒にいてもらったりもした。その度に反省してみるけど、結局告白されるとまたその気になって、を繰り返した。
そんなどうしようもない私に、かなちゃんはずっと変わらなかった。優しくて、ますます好きになってしまう。
かなちゃんにそんな気はないとわかっているのに、あんまり優しいから、脈があるのではと思ってしまう。いつのまにか私より背が伸びたかなちゃん。
ちょっと釣り目なのを気にして普段は愛想がいいのに、一緒に部屋で飲むとちょっとぶっきらぼうになるところも可愛い。少し薄い唇にキスをしたら、その目はどんな風になるのだろう。快楽に蕩けた目はどんな風なのだろう。
今年もこうして、かなちゃんとクリスマス前にだべっている。だけどクリスマスそのものを過ごせたことは結局ないのだ。だって、クリスマスに誘って、その日は先約があるから、と断られたらと思うと尋ねる事すらできない。
だからクリスマスシーズンは何日なら遊べそう? なんて曖昧な聞き方をして、その前後で遊ぶことで満足したことにしていた。
正直、脈はあると思いたい。いくら仲良しとはいえ、急な招集にも応えてくれるし。でも酔いつぶれて寝たふりをしても、ごく当たり前にしては優しすぎるけど、ともかく紳士的なお世話しかしてくれないし。
魅力がないからふられるのだ、と自虐すれば、可愛い美人と褒めてくれるし。と言うかそれ目当てでわざと言っているのだけど。全然ないのかなー? そもそも同性愛に理解を示してくれているだけで、全然そう言った話を聞かないし。異性への興味があるのかすら謎だ。
そろそろ、進展したい。せめて恋人の有無くらい知りたい。今日こそ、酔った勢いでもいいから、クリスマスの予定を聞きたい。
「私、サンタさんにお願いしたいことがあるの」
そう思って言ったのがこの一言だった。言ってから自分でもちょっとぶりすぎたかと、かなちゃんの冷めた相槌にちょっと思ったけれど、酔っている設定なのでそのまま行くしかない。
「うん。あのね……今年こそ、好きな人と年末年始を過ごせますようにって」
「……そうですか」
だったらせめて、友情でも両思いの私が年末年始過ごしてあげますよ。と言ってほしかったのだけど、かなちゃんは真面目な顔で頷くと、先輩をふるなんて見る目がないですよーなんていうすっごい普通の慰めをしてくれた。
うん。嬉しいけど……嬉しいけどそうじゃないんだなー。
かなちゃんがそっと傍に寄り添ってくれたらどんなにいいだろう。キスをできたら、どんな味だろう。性懲りもなく、私はかなちゃんを前にするとそんなことばかり考えてしまう。嫉妬してしまうから、かなちゃんの恋愛事情を積極的に尋ねたことはなかった。
かなちゃんを好きになるまで、自分にこんなに臆病なところがあるとは思わなかった。今まで、いくらか告白はされてきたけれど、したことは一度もなかった。だけどかなちゃんを前にすると、今の関係が心地よくて、一歩踏み出すことが恐ろしくてたまらなかった。
それでも、かなちゃんが欲しい。先日別れた元彼女に、言われた。他の誰かを好きなのに代わりとして扱われるのは辛かった、と。言われなくても薄々わかっていたけど、今まで口には出して言われなかったのをいいことに、何人も傷つけていた。だけど言われてしまったのだ。ならさすがに、口に出さずにいられないほどつらいことだとわかった以上、さすがに、もう繰り返すことはできない。
私なりに、かなちゃんを忘れて本当にそっちを好きになれないか試してはいるのだ。だけどいつだって、私の心にはかなちゃんが住み着いていて出て行ってくれないのだ。
この10年、期待するだけでは何も変わらなかった。怖い。怖いけど、一つずつ前に進まなければならない。
「ねー、かなちゃん。ひとつ、聞いてもいい?」
「なんですか? また変なこと聞くのはなしですからね」
「んー。変、って言うかさ。かなちゃんは、全然、恋愛の話ししないけど……相手とかって、いないのかなって」
「いませんねぇ」
震えそうな声を抑えてした質問に、かなちゃんはあっさりと、何でもないように答えてくれた。
その答えに心の底からほっとする。だって、ずっと付き合ってる結婚秒読みの相手がいます、と言われたらもうそこで何もかもが終わりだ。今の恋人もいない。ひとまずは、セーフ。
だけどあまりに忌々しそうに言うから、凄く意外だった。恋人がいないことを気にすると言うことは、恋人が欲しいのにいないと言うことだ。
「普通に……好きな人はいますし」
「えっ!?」
しかもどうやら好きな人はいるらしい。かなちゃんに好かれているくせに、相手にしないだなんてなんて人だろう。見る目が無さすぎる馬鹿だけど、それで助かっているので文句は言えない。
なんだそれは。いつの間にそんな大チャンスがやってきていたのだ。かなちゃんも恋人がほしいけど、好きな人と結ばれないと不満を持っているとするなら、つけ入る隙があるのではないだろうか。
ど、どんな人が好みなのだろうか。ドキドキと年甲斐もなくはしゃいでしまいそうになる気持ちを抑える。
気がはやりすぎてかなちゃんを驚かせてしまい、後ろのベッドにぶつからせてしまった。
大丈夫と言っているのでセーフだけど、慌てすぎだ。急いては事を仕損じる。軽く、好みのタイプを聞いて、さり気なく自分をそれに合わせていくのだ。
もちろん、男性ではあるのだろうけど、恋愛に興味がないよりは希望がある。頼りになる人がタイプと言うなら、年上の私にも希望があるだろうし、異性愛者だと自認していたとして、好みのタイプにさえなれば後は女性の良さを教えてあげればいい。それなりに自信はある。
好きな人について尋ねると、かなちゃんは恥ずかしそうにしながらも真面目な顔で答えてくれた。
「私の好きな人は、ほとんどいつも、笑ってます。ニコニコして、目があうだけで笑ってくれるような、明るい人です。優しくて、人の為に笑える人です」
その表情に、熱のこもった声に、いつになく力強い射貫くような目に、どうしようもなく嫉妬した。
いつも柔らかくて包み込むようなかなちゃんの、どうしようもない行き先のない思いの力がこめられたような、恋情によるその感情表現の全てに、嫉妬した。
どうして、その相手が私ではないのか。だけどここで不自然な対応をしてはいけない。私は心を殺して、それっぽく当たり障りない相槌をうつ。
「そうなんだぁ。かなちゃんも優しいから、きっとお似合いだね」
「……何言ってるんですか。さっきも言いましたけど、恋人ではないんですから。私の片思いですよ」
「あ、そだったね。でも……ううん。ねぇ、もっと聞かせて?」
かなちゃんがその気になれば、いつだって恋人になれるよ。と適当な慰めを言おうとして言葉を濁した。たとえ慰めだとかなちゃん自身も受け取るとして、私以外の人と恋人になるなんて言いたくなかった。だから続きを促した。
聞いているだけで腹が立つし、のろけるようなことなんて聞きたくもない。耳を塞ぎたいくらいだ。
だけど、それがかなちゃんの好みだと言うなら聞かなきゃいけない。どれだけ自分と違ったとしても、自分のすべてを捨てなければならないのだとしても、かなちゃんを手に入れられるならその価値はある。
「私の好きな人は、陽だまりみたいで、本当に優しい人なんです。でも……ちょっと馬鹿です」
「え、あ、そ、そうなんだぁ」
かなちゃんは勢いをつけるようにまたお酒を飲んでから話し出す。少し飲みすぎなので心配だけど、自分から聞いたのもあるけど止められる様子ではない。なんだかやけになったように、そう荒々しく悪口を言い出した。
えぇ。まあ好きな人なら、欠点も可愛く見えると言うか、あばたもえくぼなのはわかるけど、そんな直接的に言うとは。
「そうです。全然自分の価値が分かってないんです。そうじゃなきゃ、どうして五人も恋人ができてはふられるんですか。誰かを好きになるのも恋人を作るのも勝手ですけど、ちゃんと思ってくれる相手と付き合って自分を大切にしてくれなきゃ、私が諦めきれないじゃないですか。そのくせへらへらと自分だし仕方ないみたいな。はー、何か腹立ってきました」
「え、ああ、水、入れるね?」
そんなわけはないけど、何だか身につまされる話だ。とりあえず今のところそこそこモテるタイプではあるようだ。貞淑なタイプ、とかだとこれからイメージを変えるのは難しいので助かるけれど、怒っているかなちゃんは珍しいので対応に困る。
水を飲ませて落ち着かせてから、少しずつ聞き取ることにする。
「今言ったところ以外、全然、悪いところがないんですもん。優しくてぽやぽやしているところも、全然鈍いところも、全部可愛いし、その癖黙ってたら美人だし」
「そうなの……」
相槌をうちつつも、胸が痛んで泣きそうだった。悪いところが無くて全部可愛いとか美人とか、もうべた惚れにもほどがあるだろう。これは本当につけ入る隙があるのだろうか。泣きたい。
「そうなんです。ほんと、まず顔がよすぎるんですよ。すごい好みって言うか、もう好きになって10年ですけど、全然他の人に目移りさせてくれないし」
「じゅ、10年も? あ、水いれるね」
おっと!? これはすごい情報だ。と言うか、そんなことがあるのか。10年と言えば、ちょうど高校時代、私がかなちゃんを好きになった頃くらいではないか。その頃から片思いだなんて、そりゃあ何も変化がなくて気が付かないはずだ。私が彼女を好きになった頃にはすでに恋する乙女だったのだから。
にしても10年か……これは、難しそうだ。なんせ他ならぬ私が、10年ずっとかなちゃんを好きだからわかる。それだけ好きだと、もう好きなのが当たり前すぎてしまう。嫌いになることが想像すらできないのだ。
「ありがとうございます。ええ。長い付き合いだから全然無警戒で無防備で、こっちは大変ですよ。顔だけじゃなくて体も完璧で、胸も大きいし、何なら半分羨ま」
「えっ!?」
さすがに、諦めて一生片思いでいるしかないのかな、と思いだしたところに、耳を疑う惚気内容が入ってきて思わず大声を出してしまった。
普通に耳を抑えて苦情を言われてとっさに謝ったけれど、いや、いやいやいや!? す、好きな相手、女性なの!?
驚く私に、かなちゃんは、先輩もそうじゃないですか。とかフツーに言っているけれど、驚くに決まっている。
と言うか、え? かなちゃんと10年以上の付き合いのある女性で過去に5人の恋人がいて全員にフラれている? ……え? 私では?
いやまあ、優しいだの可愛いだの美人だの悪いところがないだの、自分じゃんって言いだすには図々しいと言うか、言いにくいこともたくさんあったけど、具体的な部分で言えば、私が当てはまるのでは?
だけどそんな都合のよいことがあるのだろうか? それに10年前って。あまりにタイミングが良すぎる。それにあくまで好きな人と言うことだし、たまたまかぶっているだけの可能性……ある? そんなことある?
「そうです。私の好きな人は……女性です。髪の毛もふわふわで、いい匂いがして、失恋しては人を急に呼び出すような、ちょっと困ったところもあるけど、そこも全部、一生懸命なんだなって感じで。年上だけど背も私より5センチ低くて、どこもかしこも柔らかくて、可愛くて、その癖しっかりもので家事ができて、料理上手できりっとしてる顔はすごく綺麗で、昔から、ずっと好きな人なんです」
褒めすぎだ。だけど、身長まで具体的に指定されて、さすがに勘違いではないだろう。偶然の一致もここまで来ることはないはずだ。
う、嬉しい!! なんでそんな都合のいいことが起こっているのか全然わからないし、夢なんじゃないかと疑っているけど、この際喜んでおく! 嬉しい! かなちゃんが私のこと思ってくれてたなんて! 昔からずっと好きなんて。嬉しくて涙が出そうだ。
「……か、かなちゃん。その、それって……」
「小さいのに年上ぶってことあるごとに頭をなでてくれるところも、最初はビールって言って好きじゃないのに無理して飲んじゃうところも、真面目で仕事熱心なところも、そのくせ、地理が苦手で都道府県テストで赤点だったところも、文字は綺麗なのに変なペンの持ち方してた後遺症で変なところにペンだこがあるところも」
「ストップストップ!」
無理してないし様式美だし! あと赤点はほんと、私がちょっと浮かない顔をしたからって勝手に鞄をあさった挙句に、実際成績や受験に一切関係ないお遊びのテストなんだからそんな引っ張らないでよ! 地味に気にしてはいるんだから!
ペンの持ち方も、今綺麗なんだからいいでしょ。ペンだことか、私でさえ意識しないとこ見ないで……。
うう。でもそんな、些細なことも覚えてくれてたり、見ていてくれているところも、嬉しい……。かなちゃん、めちゃくちゃ私のこと好きじゃん。嘘ぉ。
もうかなちゃんの顔を正面から見れない。半信半疑だったけど、もはや疑う余地がない。と言うか私以外とそんなエピソードあったら逆に怖い。
「……あ、あのさ、かなちゃん。その……その、あのね、私のこと、ずっと好きでいてくれたってこと、だよね?」
「……違います」
「えっ!?」
ありがとう。私も好き。と言おうとしたのに何故か否定された。え? 怖い。そんな私とそっくりに生きてるドッペルゲンガーいる? しかもかなちゃんの傍に。怖すぎる。
「違います。私は……私の好きな人は、中学から一緒の女性の先輩で、レズビアンで、声優兼コンビニ店員で、お酒に弱いわけじゃないのにすぐ呑まれて、お化粧してなくたって可愛いのに拘って新色がでたらすぐ試し」
「もう、わかった! わかった……かなちゃんが、好きな人のこと、すごく好きなのはわかったから、もう、言わなくていいよ」
一瞬普通に怖くなったけど、続けられた言葉にかなちゃんを制止する。わかった。勘違いの余地なく私なのはわかったし、かなちゃんが自分の口からそれを言いたくないのもわかった。
そうだよね。私だってそうだった。10年、ずっと好きなのに遠回しなアプローチもどきはできても、本気で好きだとはついぞ言えなかったし、さっきまで考えてもいなかった。
かなちゃんは告白してフラれるのが怖いんだ。その気持ちは、痛いほどわかる。ふられてしまえば、元の関係にだってすんなり戻れるかわからない。だから今、今度は私が勇気を出す番なんだ。
後輩にここまでお膳立てされて、言えないはずがない。
「あの、かなちゃん……私、私も、ずっと好きだった。って言ったら……信じてくれるかな?」
そのまま言いたかった。だけど思いをそのまま伝えるには、私はひねくれすぎていた。今までだって、かなちゃんを好きになってから4人と付き合っているし、そのことを隠さなかったのだ。だからこそ、かなちゃんと同じようにただ10年前から好きだと言っても、そのまま受け取ってはもらえないだろう。
何を言っているんですか、適当に合わせないでください、と言われるだろう。だからこそ、そこからちゃんと説明しなければ。私のこの醜い生き方を、言いたくはないけど、言わずにはこの思いのすべてをわかってもらうことはできないだろうから。
「え? ……え、ごめんなさい、先輩。聞いてなかったのでもう一回言ってもらってもいいですか?」
「えっ!? どういうこと!?」
え? そんな馬鹿な、とか罵倒される心の準備はして聞いたのに、まさかの聞いてませんでしたと謝られる!?
ど、どういうこと!? え!? これやっぱり夢なの!? 展開がはちゃめちゃすぎてさっきから心臓がおかしいのだけど!?
申し訳なさそうなかなちゃんに、私はいったん落ち着こうと自分のグラスを引き寄せそれをあおった。
一気飲みしたことで体に染み渡るような酩酊感。ゆっくり呼吸をひとつして、かなちゃんに見えないようそっと自分の足元をつねる。痛い。実際に寝ている姿勢なら、寝ぼけていても簡単に足をつねることはできないはずだ。ならやはり、現実なのだろう。
いや、嘘くさいなぁ。これが現実である方が信じがたい。でもこの流れが今までにないほどラッキーパターンであるのは間違いない。
だったら現実である可能性がいくら低くても、賭けるしかない! 全力で、何なら練習だと思って、私の思いを伝える!
「あのね、かなちゃん。私、10年前、かなちゃんにレズビアンだって告白したの覚えてる?」
「え、はい。もちろん。印象的ですし、わすれませんよ」
「その時からずっと、かなちゃんのことが好きなの」
「……。……。え? ちょっと待ってくださいね。あの、好きって言ってもらえて嬉しいですけど、その展開はさすがに無理がありますよね? だってあの時先輩には彼女がいたわけですし、それ以降も4人も恋人をつくってるんですから」
ごもっともな疑問である。私でもそう思う。私には説明責任があるだろう。正座をして身をただし、わかりやすく反省しているポーズで懺悔する。許して。かなちゃん。私はずっとかなちゃんに夢中なの。
「そ、それはその、実際にはその時は恋人いなかったの。むしろ、かなちゃんに告白したいくらいだったんだけど、かなちゃんの反応が、友情は変わらない! って感じだったから、ひよって誤魔化したと言いますか」
「えっ。じゃ、じゃああれは誰だったんですか?」
「……元彼女」
「あ、あー……じゃあ、それからも付き合ってるのはなんなんですか?」
「それはその……こ、告白されたし、かなちゃんとは付き合えないし、その、さ、寂しいし……?」
人肌恋しいし、と言うのは避けた。直接的にいやらしい意味はないけど、多分察するだろうから。
「えぇ……」
が、それでもドン引きされていた。うう。わかっている。私を好きで10年独り身でいてくれたかなちゃんからしたら、寂しいから告白されたし付き合うか、はその時点でないってこと。でも、ここはもう事実だし誤魔化せないから仕方ない。
「ひ、引かないでぇ。私だって自分が最低だってわかってるよぉ。かなちゃんを重ねて、その上一方的にかなちゃんが忘れられなくて別れてるんだから。でも……しかたないじゃない! かなちゃんが好きで好きで仕方ないんだから。好き! 結婚して!」
頭がまわらなくなってきた。苦しい。かなちゃんへの思いで体がばらばらになってしまいそうだ。
この思いよ届け! と言う気持ちでぎゅっとかなちゃんの腕に抱き着く。体ごとだとかなちゃんの横からなので倒れて上に載ってしまう危険があったので、そこは自重して腕だけだ。
でもかなちゃん、さっき私の胸が大きいのも好きなポイントで言っていたので。もはやなりふり構っていられない私のアピールである。そもそもかなちゃんの中で私はだいぶん美化されているみたいなので、唯一現実だと胸をはれる体で魅力をうったえるしかない。
「わあ! ちょ、ちょっと先輩!? 酔ってますね!?」
「酔ってなきゃこんなこといえるわけないでしょ!? かなちゃんが付き合ってくれるなら今度こそ誠実になるから。かなちゃんだけ見るしよそ見とかしないし、一生愛するからぁ。かなちゃんを満足させてみせるからぁ」
「ちょ、ちょっと、なんですか、ほんと。先輩、ちょっとおかしいですよ。いきなりそんな。今まで全然匂わせなかったじゃないですか」
かなちゃんだって少なくとも今は私に好意を持ってくれているはずなのに、
何故か引き気味だ。と言うか、いきなりって。そりゃあ、こんな告白なんかは確かにいきなりだけど。
でも、好意自体は隠したことないのになぁ。冗談っぽくだけど好きだよとか、かなちゃんと付き合ったら幸せだったかなぁとか、わざときわどいことしたりとか、色々私なりにはしていたのに。わかっていたけど全く伝わってなくて凹む。
「匂わせてたよ……そりゃあ、恋人がいる期間はともかく、それ以外、私、かなちゃんにアピールしてきたつもりだよ……?」
「え? ……?」
めちゃくちゃ不思議そうにされた。うん。まあ。だろうけども。
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