彼女が夜に舞う妖艶な蝶ならば、わたしは何だろう。


 以前、彼女にそう問うたことがある。ベッドの上で彼女は細長い煙草に火を付け、一口吸い込んでからふっと笑って言った。

「あんたはただの女子高生よ」

「違う」

 思っている以上に強い口調だった。彼女に馬鹿にされている気がして、相手にしてもらえていないような気がして、それがすごく嫌だった。

「違わないわ。あんたはガキなの」

「……うるさい」

「あたしに捕まっても、所詮あんたはガキなのよ。あんたは夢を見てるだけ」

 目を微かに細めて笑みを浮かべた彼女はそう言って、わたしの手を取り続けた。




 夜が明けた。

 わたしは雨の中をひとり歩いていた。灰色と薄い緑色をした雨の街は美しかった。絶えず変化し続ける雨の生み出すノイズと匂いが心地いい。傘を差さなかったから雨粒が直接わたしの肌に届く。水分を含んだ髪が肌にへばりついていたけど、もうどうでもよかった。ずぶ濡れのまま、京急線のプラットフォームへと急ぐ。



 電車の中で流れていたニュースでは、父親が事故死したことが取り上げられていた。わたしはぱっと電光掲示板を見上げて、すぐに視線を伏せた。こうしてわたしの計画は終わった。



 ドアの近くに立って、雨粒が窓に当たっては流れ落ちていくさまを見ていた。

 彼女が泣いている。

 理由はないけど確信があった。わたしはやはりひどく腹を立てていた。


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虎が雨 紫蘭 @tsubakinarugami

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