オトナが恋とか夢見てますか?
多賀 夢(元・みきてぃ)
オトナが恋とか夢見てますか?
多少の浮名は流してきた。
抱いてくれと言った女は両手の指以上、実は男も約数人。男からはさすがに逃げたけれど、女はありがたく美味しく頂いた。若気の至りだったと思うが、恥じる気持ちもなければ誇る気持ちもない、今となっては無味乾燥な思い出だ。
なのに。
なのに!!
「どーして自分からは行けないんだあああああ!」
「夜中にうるせえ」
絶叫する俺を、ルームメイトの智が丸めた台本でぽかっと殴った。
「やっと読み合わせできるってのに、いきなり世迷言ほざくな」
「だって言えるかよ! この歳になって、『お前を愛してる』なんて!」
「この歳じゃなくても、セリフに過剰反応して絶叫する時点で世迷言だ」
酷い。もう10年は一緒にいるのにこの塩対応。
智と俺は、小さな劇団をやっている。ある時、ドラマのエキストラに駆り出されたら俺のルックスがプロデューサーの目に留まり、今はテレビでチョイ役も貰っている。智も演技力が認められ、今は大きな劇団とかけもち状態。だから最近はすれ違い状態で、顔を合わせるのは久しぶりだ。
「哲。とりあえず、集中できない理由を言え」
「……恋をしました」
「だろうな」
「多分初恋です」
「37で!?」
「今までは、来たから受けただけなんで」
「恋を仕事のオファーみたいに言わないで!?」
俺は派手にため息をついた。
「その人の前に行くとさ、仕事にならんのよ……頭の中、かわいい、好き、なでなでしたい、そんなばっかで。そのくせちょっと触るだけで、顔とか真っ赤になっちゃうし。ああもう、本当にどうしたら」
「あー、哲」
「ん、何」
「もうそれ、相手にバレてる」
「は?うそ!?」
「だって、顔赤くなってんだろ。さすがにバレとるわ」
反論しようとして、俺はその時の女性の様子を思い出した。なんだか眩しい感じでくすっと笑って、でも一歩距離を置いたような、置かれたような。
「うそおおおおおおおおん」
俺は、座っていたソファーから溶けるように崩れた。もうだめだ。俺嫌われた。
「おいおい。だったら逆にチャンスじゃねえか」
「どこが!もう嫌われたのに!」
「お前は童貞の中学生か。相手にも好意が伝わってんだろ。なら、告白したって唐突じゃないじゃん。相手も予想してんだから、確率は上がる」
「な、なるほど!」
凄いな智。お前って恋愛マスターだな。
「で、その女っていくつ?」
「えーと。年上っぽいから、40くらい?」
「……いやそれ、もう人妻じゃね?」
「あ」
フリーズする俺の肩を、智は「どんまい」と2回叩いた。
結局その晩は一睡もできず、俺は現場に入った。今日はカメラが回る仕事はない。地方番組のナレーションを、テレビ局で録音するだけだ。
エレベーターに乗って閉まるボタンを押そうとすると、向こうから誰かか駆けてくるのが見えた。親切で開くボタンを押すと、相手は慌てて駆け込んできた。
「ありがとうございます。――哲さん?おはようございます」
「おはようゴザイマスっっ」
なんということだ。相手は俺が惚れた女性、百合さんだ。うわあ今日も小さいっ、かわいいっ。髪からなんか良い匂いがして、クラクラするっ。
「最上階、お願いできます?」
「き、奇遇ですね、ボクも行くところですっっ」
あ、一緒にいたくて嘘言っちゃった。でも俺告白するんだっけ。どうしよ、今言おうかな。いや無理だ、いい言葉が出てこない、せめて約束だけでもっ!
「ねえ哲さん」
「はい!?」
「あなた、私の事好きでしょ」
「――!!!!!」
本当にバレてたー!!
「私もあなたの事は嫌いじゃないけど」
マジか!
「お付き合いはしたくないの」
ええ……。
「だって恋愛感情って仕事の邪魔でしょ?」
「――ハイ」
「だから、色恋抜きの大人の関係ってことで、お願いできないかしら。お仕事で気まずくなるのは、私も嫌だから」
「ハイ。」
エレベーターが止まった。扉が開くと、そこにはたくさんのスタッフがいる。
「じゃあそういう事で。今度、一緒に飲みに行きましょうね」
百合さんがエレベータを降り、こっちに振り返りにっこり微笑む。
あかん。かわいい。憎めない。
「ははは。わかりましたー……」
エレベーターのドアが閉まった。俺が本来降りる階のボタンを押して、一言。
「大人の関係ってなんやああああ!!」
俺の初恋は、あっさりと仕事に負けた。
――そういえば、百合さんって未婚か既婚か、どっちなんだ?
オトナが恋とか夢見てますか? 多賀 夢(元・みきてぃ) @Nico_kusunoki
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