ビビリの魔王と赤子の勇者

現状思考

玄関先の出会いから。



「もどったぞ」


 人間たちの住む世界で最も大きな国に宣戦布告してきたヴァンヴィストは魔王としての責務を果たしてか、やや疲れ気味に拠点に戻ってきた。


(あいつら、どいつもこいつもポカンとした顔で見てきやがってちゃんと意味伝わったか不安になるわ。王城の国王とか昼間っから裸だったし、仕事してなかったよなあれ。完全に王としての責務果たしてなかったよね……。戦いを挑む国間違えたか?)


「おお〜い。主人が帰ったと言うのになぜ誰も出迎えにこんのだ。仕事しない奴には恩恵やらないからな!」


 自分の城へ着いたというのに誰の出迎えもなく、ヴァンヴィストは苛立たしげにやたらデカい扉を力任せに開いた。

 両扉がバンッと音を立ててエントランスホールに音を反響させていく。

 やはり誰もいない。

 何かおかしい。

(出迎えはなくても一人二人はいつも見かけるはずなのに)


「おぎゃー!」


 それについ今し方からおかしな鳴き声が聞こえ始めた。

 なんだ?

 一体、何が起きているというのだ?


「おぎゃー!!」

「ええい喧しいっ!」

「…………」

「…………は?」


 ヴァンヴィストの魔王城の扉の前に籠に入れられた赤ん坊がそこにいた。


「なんでこんなところに、しかも」


 覆われた布を少しずらすとそれは魔族ではなく、人間だった。

 なぜ人間の赤子が魔王城にいる?

 考えを巡らそうとして、それは途中で途切れることになった。


「ぴぎゃーーーーーーーーーー!!!!!!!」


 ヴァンヴィストの顔を直視した赤ん坊が本気で泣き出したのだった。


「うっは、うああああああ。うるっっさ!え、なに?私が泣かせたというのか!?私のせいか!?」

「ぴぎゃーーーーーーーーーー!!!!!!!」

「ああああああもう、耳がああああああああああああ!!なんたる絶叫か!人の赤子とはこんなにも煩く泣くものなのか、くっ、なんてことだ、魔王である私がこんな事で」


 押さえていた耳から手を離し、ヴァンヴィストは赤ん坊を抱き抱えた。


「舐めるなよ、人間如きが!貴様なんぞ、一瞬にして泣き止ませて見せるわ!」


 昔、私は泣き虫だった。

 事あるごとにすぐに泣く私を父はいつも優しく慰めてくれた。

 こんなふうにして。


「ほうらっ!高い高いだあああああああああああ!!!」


 ヴァンヴィストは片手に赤ん坊を構えると、空に向かって全力で腕を振った。

 更に魔法の補助を使って空高く上がるように加速させた。

 鳴き声は直上の空目掛けてみるみる聞こえなくなっていった。


「ふう。まさか。私が高い高いをする日がくるとはな。あの頃を思えば懐かしい。泣いていた俺は空高く打ち上げられ、小さくなって見えなくなる人や街と大きく見渡せる星の地表を見て、自分の小ささをその都度実感していたけっな。あの景色を見てしまうと、泣いていることが馬鹿馬鹿しく思えた。きっとあの赤子もそう思って泣き止むであろう」


 そうしていると、ロケットロードを辿るようにして赤ん坊が戻ってきた。

 魔法で落下速度を緩めていくと、ヴァンヴィストは再び抱き抱えた。

(そら見たことか。我が父直伝のあやし術だ。恐れ入ったか人間風情が!)


「…………ぅ、うあああああああああああああああん!!!うあああああああああああああああああああああああああん!!うあああああああああああああああああああん!!!」

「え?え?ええ?!なぜだっ!なぜ泣き止まない??!貴様も見ただろう?その手で掴めそうなこの星を!この広い世界のたった一点にしか存在しない己のちっぽけさを貴様は分かったはずであろう?!」

「うあああああああああああああああん!!」

「ならどうして泣き止まない!!」


 ヴァンヴィストは人間の赤ん坊を抱き抱えながら膝を突いて愕然としたのであった。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「それで……その、魔王様。この状況はいったいどうなされたのでしょうか?」


 絶望した表情で空を仰ぎ見ていたヴァンヴィストはその声に首をギシギシいわせて振り向いた。

 そこには魔王城で働くメイドの一人、アルケスタが若干引き気味な表情をしながら立っていた。


「聞いてくれるか、アルケスタ。やはり人間というのは理解に苦しむ!世界の大きさを知ってもまだ、こいつは泣くことの無意味さを理解できんのだ!私は……、私はいったいこいつをどうしたらいいと思う!」

「恐れながら、魔王様。話の脈絡が全く掴めません。まずは、その抱えているうるさい物を私にお貸しください。そして、早々に起立をお願いします。でないと、他の者が見たら騒ぎになりかねません」


 奇声を上げる動物を抱えて茫然としている魔王様など、誰が見たって不審に思う。配下への指揮にも関わってくるため、アルケスタは琥珀色の瞳を真っ直ぐ魔王様に向けてそう促した。

 のろのろと立ち上がる魔王様にアルケスタは無礼も承知の上で優しく手を差し伸べ、そのままそれを預かった。

 それはまだぎゃあぎゃあ泣き喚いていた。ゴブリンの赤子ですらもう少し理性が効くというのに、なんて躾のなっていない。

 アルケスタは眉間に皺を寄せながら、顔を覆う布を捲った。


「!?これは人間ですか、魔王様!!?」

「ああ、そうだ。実はこいつがなーーー」


 魔王様は人間に宣戦布告されに行ったと聞いていた。まさか、これはその一端だろうか。

(するとこれは……!人質!?あの魔王様が人質を!!?)

 ーーーまったくこのお方ときたら。


「魔王様!あなたは遂に成し遂げられたのですね!だだを捏ねるてうじうじしてるだけの、信頼も信用も底辺だった貴方様がここまで打って出るとは!!」

「え、ちょ、アルケ」

「ーーーこのアルケスタ・ウォンバーディア。貴方様にお仕えする最高の使用人として深く忠誠を誓います」


 背中にドラゴンの片翼を生やすアルケスタはその場で膝を折った。


「あ、ああ。その言葉、ありがたく頂戴する。それでだ、アルケスタ。その赤子なのだが」

「はい、魔王様。私は全てをお察しいたしました。後のことはお任せ下さいませ」

「そ、そうか、では」

「では失礼を!」


(今日はなんて素晴らしい日なのでしょうか。魔王様は本当に立派になられた。早くこの事を皆に知らせなければ!!)

 アルケスタは興奮のあまり、ばっと立ち上がると場内へと駆け出していった。


「あ、…………え……」


 仕事をして帰ってきた魔王ヴァンヴィストは一人置いていかれるのであった。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「魔王様、まさかここまでされるとは。爺は見直しましたぞ」


 魔王がとぼとぼと玉座へ向かうと、出迎えには誰一人としていなかったくせに、そこには大臣ら幹部から使用人まで勢揃いしていた。

 その光景に驚いていたヴァンヴィストは話しかけてきた老師会のドルケーに首を傾げた。


「は、いや何のことを言っているのだ?」

「ほほほ、何もお隠しになることもないでしょう。しかし、それが貴方様の良きところなのでしょうな。態度や言葉で我らを従わせるのでなく、行動した結果を以って我らを導こうとする。感激致しましたぞ」

「おい、ドルケー。何をそんなに私を持ち上げているのだ?それに皆も。これはどういうことか」


 しかし、ヤギ頭のドルケーはおろか、ここにいる全員がヴァンヴィストの話を聞いていなかった。


「貴方様はやはり我らの上に立つお方だった!」

「ご立派になられました!」

「一生、付いて行きます!」

「我らの忠誠をここに」

「「「魔王様!最高!魔王様!万歳!」」」


 なにこれ?どういうこと?宣戦布告したのそんなに効果あったのだろうか?

(ちょと、お前ら。普段、あんなに素っ気ない態度するくせに、おいおい、そんなに褒めるなよ。照れるだろうが)

 なんだかよく分からないが、ヴァンヴィストは拍手喝采と彼らの忠誠に応えながら玉座へと腰を下ろした。


「私の働きが皆に活力を与えられたというのなら本望だ。皆の気持ちは素直に受け取るとしよう」


 言うとその場の者たちは平伏したまま「はは〜」などと返事をするのだった。


「して、ドルケーよ。我が宣戦布告の効果は如何程か。状況は把握しているのだろう?」

「はい、もちろんでございます」


 ドルケーは顔を上げると前へと歩み出た。

 この一癖も二癖もある爺があそこまで褒めちぎるのだ。私の宣戦布告は予想以上に効果があったのだろう。戦いは好きではないが、皆のために私が彼らを導かねばな。


「今のところ、これと言った動きは一切確認できておりませぬ」

「ブフッ!!!!がほっ、がほがほっ」

「これはこれは。大丈夫ですかな、魔王様」

「だ、大丈夫。少し咽せただけだ。続けて良い」


 メイドから差し出されたワインを詰まらせ、盛大に咽せたヴァンヴィストは心配するドルケーやメイドたちを制しさせると、話の続きを促した。

(あ、あれれ?効果出てないって、じゃあ何でお前たちはそんなに喜んでたんだ!?)


「我らの脅威が分かってない人間どもはやはり鈍い。しかし、流石は我らの魔王様でございます。そのことを熟知した上でのご判断といったところ。焦ることは何もございませぬ。宣戦布告の効果が出るのはこれからでございましょう。それもとてつもない波となって奴らは不安と恐怖に陥ることでしょう」


 楽しそうに、かつ嬉しそうに話すドルケーを見て、ヴァンヴィストは自分だけ知らないことがある、とようやく気づき始めた。

 するとドルケーの隣にアルケスタが現れた。


「見なさい!」


 そう言った彼女は広間の全員に見えるように抱えるほどの小さな籠を高々と掲げた。

 ん、それって?


「これが、魔王様が人質として拐ってきた人間の赤子よ!!」

「おぎゃーー!おぎゃー!!おぎゃーーー!!」


(さっきの赤子かああああ!!!)

 ヴァンヴィストの抱えていた謎が一気に解消された瞬間だった。


「「「おおおおおお!!」」」

「これが人間どもの赤子か!」

「なんて不細工な!」

「奇妙な声を上げてやがる!こんな奴らは根絶やしにして然るべきだ!」

「そうだそうだ!自分たちの醜さを奴らは思い知るべきだ!!」

「こんな邪悪そうな赤子を拐うなんて流石は魔王様だ。俺にはできやしねえ」

「ああ、流石だぜ。やはり我らの魔王はヴァンヴィスト様しかいねえ!」

「魔王様!」

「よ!」

「魔王様っ!」

「あそれ!」

「魔王様!」

「あよいしょ!」

「魔王様!」

「そおれっ!」

「人間根絶やし!」

「世界を統一!」

「我らの未来に安寧を!」

「ハッ!」


 なにそれ、そんな音頭知らないんだけど?!もしかして練習してた?これ即興だったら相当凄いよ、君たち!

(というか、おい、アルケスタ……。お前の仕業だなこれ)

 ヴァンヴィストが勝手に盛り上がっていく彼らに呆気にとられながらもアルケスタに視線を送ると、彼女は赤みがかった髪を揺らして振り向き、ウインクしてきた。

 ヴァンヴィストは何も理解できず、額に手を当て頭痛を堪えるようにして頭を抱えた。

(それ、私が拐ってきたんじゃない!玄関前にいたの!!勝手に話を進めないでくれええ!)




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 魔王様が私に熱い眼差しを送ってくださっている!

 はわわわわ!

 なんてことでしょう!

 皆の反応にさぞ御喜びになられているのね。

 であれば、このアルケスタ。貴方様の御手を煩わせることなく、皆に魔王様のお考えをお伝え致しますわ!


「静まりなさい!」


 アルケスタの凛と張った声が広間に響き、一同が一斉に口を閉じ、彼女を見た。


「メイドのお前がなんで俺たちに命令すんだ!出しゃばるなよ使用人風情が!」


 すると一人の獣人がアルケスタを非難した。

 その声は真っ当だと他の者も頷き、便乗してすぐさま騒ぎ始めた。

(このバカどもは!魔王様の前だということを忘れているのではないかしらっ!)


「黙りなさいと言っている!」


 龍族のアルケスタは大炎の球を頭上に作り出した。

 すると、それを見た全員が動きを止め、口を噤んだ。


「いいですか?私は魔王様よりこの計画の一端をお教え頂いているのです。それを今から貴方達にも説明します。ですから、どうか話が終わるまで静かにしていて下さいまし。魔王様の前だということをお忘れなきよう」


(ね!魔王様!)

 もう一度、ウインクを送ると魔王様は微笑みを返してくれた。

 キャーーー!!!!

 もう!どうしましょう!!!長年、あのクソ下手れだった魔王様に仕えてきたけれど、こんな気持ちは初めてよ!!?

(もしかしてこれが、魔王様に真の忠誠を誓った証ということなの!?)

 美人で強人なメイドとして魔王城内で有名だった彼女は今、魔王の従属スキルによってメッロメロになっていた。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 そうとも知らない魔王ヴァンヴィストは、彼女が一人で勝手に暴走しているようにしか見えていなかった。

 小さい頃からやたら細かいことを言ってきては、自分を敬う素振りなど一度も見せてこなかった。精々が言葉使いくらいで、いつも仕方なく自分の身の回りの世話をしてくれていた。

 そんなアルケスタは今、またしても意味深なウインクをしてきていた。

(計画?何それ、話してなんかないし、そもそも私自身が知らないんだが!?というか、赤子を人質になんかしてないからな!)

 とは、この場の雰囲気では言うことができなかった。

 ヴァンヴィストは冷や汗を流しながら無理矢理笑顔を作って返した。

 あとで問いただす!


「よい。話してやれ」


 もう寧ろ、私が聞きたい!

 アルケスタは一体何を妄想したんというんだ。


「まずは、皆の目でこの赤子の魔法適正値を見てみなさい!」


 そう言われ、一同は一斉に分析魔法を行使し始める。すると、それを目の当たりにした者から順に驚きの声が上がっていった。

 ヴァンヴィストもこっそりと赤子を分析した。

(うっそおおおおおおお!!!!??????)


「分かったかしら」

「ああ……凄まじいなこりゃ」

「本当に人間かそれ?」

「俺も目を疑っちまったぜ。それだけの力がありながら今まで誰も気付けなかったんだからよ」

「ええ、本当にそうね。それが成長したらと思うと、私、鳥肌が止まらないわ」


 アルケスタの声を皮切りに皆が口々に感想を述べていった。その表情は誰もが穏やかではなかった。

 それはもちろん、ヴァンヴィストもだった。

(ありえん!ありえんありえんありえんありえん、ありえんっ!!なんだこれは!!?)

 魔王を含めた彼らの目には、赤子を中心にこの玉座の間の半分に至るまでが青色のオーラで包まれて見えていたのである。

 通常、分析魔法はその者が持つ魔法適正値や特性を数値化、または分類化して詳細を把握する魔法である。しかし、それがままならず、魔王であるヴァンヴィストですら赤子が発するオーラしか見えなかったのである。それがどれだけ異質な物かはこの場の全員が理解していた。


「もしかして……」


 難癖をつけてきた先ほどの獣人が頭の上の猫耳を震わせながら聞いてきた。

 アルケスタはそれに頷く。


「その通りです。この赤子は勇者たり得る者。即ち、我ら魔族の最大の敵です!」


 広間全体に張り詰めた空気が流れ、身動ぎする音すら大きく聞こえるほど皆に緊張が走る。

 一方、魔王ヴァンヴィストはーーー。



 ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ!!



 めっちゃめちゃ震えていた。

(うっわ、この赤子!勇者なの!?未来の、勇者なの!どうする!?どうするよ!!!?超怖いんですけどおおおおお!!!)

 玉座に座りながらタップを踏んでいるかの如く、足が躍りまくっている。

 皆がその様子に気が付き、自然、ヴァンヴィストに視線が集まっていった。


「ま、魔王様?どうなされたのですか?」

「……は?へ?なな、なななにがだ!?」


 アルケスタが心配そうな声をあげると、ヴァンヴィストは半拍遅れて返事を返した。

 い、いかん、落ち着け私!


「魔王様、もしかしてーーー」

「な、なんだ。構うことはない。思ったことを申してみよ。ははははははははははっ!!」


 ヴァンヴィストは滝の如く汗を流しながら高笑いした。

 やっべえええ!バレた!

 あああ、めっちゃ不審な目で見られてる!

 というか、ドルケーその目やめろおお!傷付くから!


「この赤子の力を抑えてらっしゃるのですか!」

「「「んんんん???」」」


 アルケスタのその言葉に、魔王を含めた一同がつんのめるようにして声を漏らした。

(凄いぞアルケスタ!もう、君が何を考えているか何一つ分からん!!)

 開き直って諦めた感想を思っていると、アルケスタはゆっくりと近づいてきた。


「私が貴方様のお世話を何年やってきたとお思いですか?隠し事など私には無意味です」


 胸に手を当て慈愛の表情で語りかけてくる。

 それは何者をも包み込むような暖かさと安心感を与えてくる。

 そう彼女は私のことを小さい頃からずっと見てきたのである。それはどんな時も。

(ああそうだ。私が泣く原因を作るのはいつもアルケスタだったな〜〜〜)

 ヴァンヴィストの座る玉座ごとガタガタ揺れ始めた。


「わわわ分かってしまうのなら仕方がないな」

「そうですよ、魔王様」


 泣いていい?泣いていい??

 すると、アルケスタは傍に立ち、皆の前に向いた。


「魔王様に分析魔法を使うのは無礼と存じましたが、しかし、無理をなさらないでください」

「むう?それはどういうことかね、アルケスタ。魔王様に向けて魔法を使うなど反逆罪では済まぬぞ!」

「そんなこと構いませんわ。貴方も魔王様を知りたくば、分析魔法を使ってご覧なさい。私が何を言いたいのか分かるはずよ!」

「単なる赤子だと言っておった癖に!ここまで儂に話を隠すなど許してはおけぬ。……しかし、気になるのもまた然り」


 ドルケーはヴァンヴィストに真っ直ぐ向くと頭を深く下げた。ヴァンヴィストは小さな声でよいとだけ答えた。


「魔王様、失礼存じます。んん……こ、これは!?なんということじゃ」


 ドルケーが嗄れた声を上げてのけ反った。

 その様子に皆が魔王に分析魔法を向けて見る。


「まさか、そんな!?」

「ああ……魔王様」

「あんたって人は」

「私は奇跡を目にしているの?」

「ちげえ。奇跡なんて生温いもんじゃねえ」

「そうですよ。奇跡ではない。これは正しく王の才覚!」

「なんてことだ。運命というのはこのことを言うのか」

「貴方様がいてくださることを我らは心から感謝致します」


 魔王を見た者が口々に好き勝手言っていく中、当の本人は気が気ではなかった。

 分析魔法を使った皆の目には、赤子の放つ力を赤色の魔王のオーラが飲み込んでいるように見えていたのであった。

 しかし、当然ヴァンヴィストは自分を分析できるはずもなく。

(な、なに?正直、何もしてないんだけど!!心の底からビビってるだけなんだけど!?今日のみんなはどうした?おかしいぞ!もしかしてみんなグルなのか!!そうなのか?そうなんだろ!!魔王の座なんてあげるからもう許してええええ)

 酷く怯えていた。

 そんなヴァンヴィストをさておき、アルケスタは皆の前に歩み出る。


「今こうして、私たちがいられるのは魔王様がこの赤子の力を抑えてくださっているからです。そして!!」

「ひぃっ」


 強調された声にヴァンヴィストは肩をビクつかせるが、アルケスタはそんな魔王に目もくれず演説を続けていく。


「今回魔王様は、人間どもの頼みの綱となる勇者を赤子の内から拐い、魔族の徹底的な勝利をお考えになっておられたのです。我らを虐げる人間どもへ戦う前から勝利を捥ぎ取るその計画に、私は感銘を受けました」

「「「おお、なんと素晴らしい!」」」


 また拍手喝采が起こる。

 それをアルケスタは手で制し、話を続けた。


「更にです。魔王様は私がお会いした時にはこの赤子をあやそうとしていました」

「それは、つまり?」


 ドルケーが真っ先に聞いてきた。

 アルケスタはそれに頷き、籠に入った赤子を掲げた。


「この赤子を育て、我らの仲間にしようとお考えだったのです!!」


 ふんすっ!と鼻息を吐くアルケスタに広間中が響めきに包まれていった。


「な、なんてこった」

「敵の力を利用するとか」

「そこまでお考えになっておられたとは」

「魔王様がここまでお膳立てしてくれたんだ。おめえらやるこた分かってんだろうな!」

「当たり前よ!」

「足りめえだ、ちくしょうっ!」

「「「魔王様に永遠の忠誠を!魔王様に戦いの勝利を!!」」」


 配下の指揮が高まる中、掲げられたままの赤ん坊は以前泣き続けていた。

(おいおいおい!だから、やめてあげて!赤子が泣いてるから。可哀想だから、ね?もう寝かせてあげよう?)

 しかし、ヴァンヴィストは未だ体の震えが止まらず立つことができなかった。

(というか、この子、ここで育てんの?誰が!?人間界に返さないの!?ねえ!!?)

 驚愕する魔王を置き去りにして、玉座の間はそれはそれは大盛り上がりだった。



 こうして、魔王は勇者の素質を持つ捨て子を育てることとなるのだった。

 この赤ん坊を魔王城に置き去りにしたのが本当は誰なのか。この時に気が付いていれば……とは、所詮たらればの話。

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