第4話 時を越える団子
再び時空を越え、アルドたちが合成鬼竜から降りるとセバスからリィカに通信が来た。
「セバスちゃんから連絡デス。装置に取リツケタ発信機は正しく動いてるソウデス。位置座標も確認デキタト」
「すごいな。俺たちには一瞬だったけど、本当は800年経ってるんだろ?」
数世紀の時間の流れに耐えた装置。
それを発明したセバスはやはりとてつもない技術者なのだなと実感した。
「じゃあ、それを回収すればいいんだよな?行こうか」
「装置の現在地なのデスガ、工業都市廃墟にあるそうデス」
「は?工業都市廃墟って……すぐ傍じゃないか。あの森が今はあんな廃墟に変わってるっていうのか?」
アルドはかつて立ち入った廃墟を思い出した。
そこに装置があるということは月影の森が今では存在しないということだ。彼は寒気を感じた。
「別におかしくはないわ」
エイミが言った。
「エアポートの近くにかつてバルオキー村があったと言われてるけど、今は影も形もないでしょう?王都のミグランス城だって今はないんだから。800年あれば色んな事が起きるわよ」
「大地が空に浮かぶくらいだからそれくらい変わるか……」
彼は800年という時間の重さに溜息が出た。
それだけ月日が流れればどんな出来事が起きてもおかしくない。
アルドも理屈ではわかっているがそれをすぐに受け入れられるわけもない。
「人が来ない場所だと思ってあそこに埋めたけど、誰かに開けられてないよな?」
「今も信号が送られてマス。少なくとも中身は破壊サレテナイというコトデス」
「拙者の団子も無事でござろうか…………。皆の衆、なぜ沈黙するでござるか?」
全員が沈黙したのは800年後の団子を見る恐ろしさのせいだ。
腐敗を通り越して別の概念になってる可能性もある。1人の希望と複数の不安を抱えたままアルド達は朽ち果てたビル群を見た。
そこは人類が製造し、暴走した合成兵士や警備装置が巡回しており、戦闘が起きる事は確実だ。
「セバスちゃんカラまだ連絡がアリマス。ナンシーさんが通信機の現在地を知って回収しに行ったソウデス」
「ええ!?」
「あの女は何を考えてるでござるか?」
アザミは呆れた顔をした。
アルドもこればかりは同意する。あの区域は一般人が立ち入れるような場所ではない。ひょっとしたらハンターが使うような護身用具を持っているのかもしれないが、素人がそんなもので生き残れるほど甘い世界ではない。
「早く助けに向かわなきゃ!」
「座標を受け取りマシタ。鬼竜ちゃん、座標を指定シマスノデ大至急向かってクダサイ」
「だからちゃん付けはやめろと……」
リィカの指示によりアルドたちはナンシーと800年前の食品があるだろう場所へと向かった。
かつて工業が栄え、無数のロボットやアンドロイドが働いていた地区は今では廃墟と化し、そこに人類はいない。いるのは機能異常を起こした警備システムや人類と敵対する合成兵士のみだ。
合成鬼竜が接岸すると戦闘に長けたメンバーだけが甲板から飛び降りる。
「フィーネたちは留守番だ!」
「お兄ちゃん、気を付けてね!」
妹に見送られながらアルドたちは廃墟の街を走り続ける。
その途中で複数の警備ロボが出迎えたがアルドたちに瞬時に破壊された。
「リィカ、ナンシーの居場所は?」
「コノ先、二百メートルを右折してクダサイ!そこからナンシーさんの信号が発信サレテイマス!」
アルドたちは指示通りに廃墟を駆け、高層ビルの一棟を曲がるとナンシーはそこにいた。以前と同じく白衣姿のまま。彼女はアルドたちが埋めた保存装置を両手に抱えている。すでに掘り出した後らしいが、アルドはそれどころではない。
「あれ?皆さんも来たんですか?」
「ナンシーさん!どうしてこんな危ない所に来たんだ!?」
「え?研究者なら結果を早く確認したいでしょう?それに……」
彼女は何かを言いかけたが、その前に前方から複数の足音がやってきた。
ガシンガシンと硬いものがぶつかるそれは人間の足音ではない。この時代の科学力が生み出し、人類の敵となった合成兵士たちの走る音だった。
「敵が来るでござるよ!」
「アルド、話はあとにして!」
「戦闘を開始シマス!」
エイミとリィカがナンシーを守るように前に出る。
アルドたちもそれぞれの武器を握り、危険区域に相応しい衝撃音と破壊が生まれてゆく。その戦いに終わりが見えた頃、敵の援軍がやってきた。
イオンエンジンを噴射させて移動する巨大な兵器。強攻型ドローンである。
「シシシ、シンニュウシャ、アアアア、アア、アアリリリリ」
「で、でかい!」
アルドは象の前に立つ蟻のような気分で叫んだ。
彼らを見下ろす機体は故障しかけた電子音声を出しながらいきなりレーザーを放出し、周囲一帯を壊滅させる。
「うわあああっ!」
「す、すごい大物が現れたじゃない!なんか私たち、この一件に関わってから運が悪くない!?」
エイミの意見にアルドも心から同意した。
装置を森の中に埋めてくる簡単な依頼だったはずが、あちこちで戦いに巻き込まれている。その大半はアザミの変な意地が招いたものとは誰も言わない。
「敵の一機、脅威的と判断シマス!一度退却シテ対策を……」
「おのれえええええええ!」
リィカが撤退を進めるより前に巨大なドローンに突っ込んでゆく侍の姿があった。
アザミである。飛燕の速度でビームを避け、どうやっているのか敵の体を垂直に走って駆け上がる姿は鬼気迫るものがあった。
「拙者の団子が吹き飛んだらどうするでござるかああああああっ!」
「そこなのか!?」
アルドのつっこみを他所に怒り狂ったアザミはドローンの頭部まで駆け上がり、刀を振り上げると敵の一点を貫いた。知識があるわけではない。ただの勘だ。
その個所に強攻型ドローンの急所となる電子脳があった。
侍の食い意地に称賛あれ。休むことを知らない戦闘特化型のドローンの生涯は一瞬で幕を閉じた。
全てが終わった時には廃墟の陥没と亀裂がいくつも増え、そこに合成兵士やドローンの残骸が新しく加わった。
「今ので最後か?みんな、無事か?」
「負傷者はアリマセン」
「まったくもう!なんで1人で回収しに行っちゃうのよ!」
そう言ってナンシーを怒り出したのはこの区域の危険を知り尽くすエイミだ。
彼女のこめかみには青筋さえ立っている。
「私たちが来なかったどうする気だったの!?」
「エイミさん、今は説教をするのに相応しい状況ではアリマセン」
「そうだよ。まずは廃墟から出よう」
「待つでござる!拙者の団子はいずこへ!?」
「ああ、あれのことですか」
ナンシーは建物の陰に置かれた土まみれの壺を指した。
「ついでに掘り起こしましたが、本当に埋めたのですね……」
「おお!拙者の団子ー!800年ぶりでござるー!」
アザミは壺に飛びつき、大事そうに抱えた。
その様子を見ているとアルド達がナンシーに抱いていた苛立ちはなぜか消失してしまった。
「ええと……埋めた装置は無事だったのか?」
「はい。詳しくは帰ってから確認します」
ナンシーはそう言うと装置を持って歩き出した。
その飄々とした態度にアルド達は半分呆れたが彼女の足がぴたりと止まった。そしてアルドたちの方を向いて頭を下げた。
「結果的に皆さんには心配をおかけしました。申し訳ありません。特にアザミさんには危険な真似をさせてしまいました。飛燕天昇流の剣の腕前、お見事です」
「むむ?そ、そう言われると照れるでござるな……」
素直に謝られるとアルドたちは何も言えず、微妙な雰囲気のままセバスの待つ曙光都市まで彼らは帰還した。
「あっ、おかえりー。無事に回収できたみたいね」
帰ってきたアルド達を見てセバスはあっけらかんと言った。
ナンシーを1人で廃墟に行かせてしまったことにアルドは少し不満があったが、それを指摘する前にセバスとナンシーはすぐに装置の開封作業を始めた。
「上手く稼働してるといいけど」
「きっとうまくいっていますよ、セバス様!」
金属の容器が開き、中から白い煙が漏れる紙箱が取り出された。
この都市で売られているスイーツ店の包装箱だ。彼女はそれを解き、鮮やかなデコレーションを施したケーキを机の上に置く。ついさっき買ってきたとしか思えない外見だった。
ナンシーは眼鏡に似た分析装置を指でトントンと叩き、目の前の何もない空間を両手でいじり始めた。パントマイムのような動きを見てアルドたちは訝しむ。
「何をやってるんだろう?」
「何かの曲芸でござるか?全く面白くないでござるよ」
「ケーキの保存状態を調べているんです。邪魔しないでください」
ナンシーが苛立った声で答えた。
「彼女には空中に投影したグラフやデータが見えてるのよ」
セバスがそう補足したがこの時代の基礎教育を受けていないアルド達には意味不明だった。ただケーキを調べている事だけは伝わり、世にも不思議な作業を彼らはしばらく見守った。ナンシーの表情には期待と興奮が徐々に満ちてゆき、その目に歓喜の輝きが現れた。
「細菌やカビの類は一切検出されません!やはり実験成功です!」
「もー。その呼び方はやめてってば」
「ええと、問題なかったってことですか?」
アルドがそう聞くとセバスとナンシーは首を縦に振った。
ナンシーはどこからか取り出したスプーンでケーキの端をすくい、躊躇なくそれを食べる。
「作りたてのケーキそのものです!800年も放置されていたなんて誰が信じるでしょうか!」
「時間の遅延効果はちゃんと働いてるってことね。まあ、中に入れた原子時計を見れば一目瞭然なんだけど」
セバスはケーキと一緒に入っていた手のひらサイズの機器を操作しながら言った。
これで2人の技術実験は成功をおさめ、ゆくゆくはアルド達の肉体についても問題が起きてないか調査されるだろう。問題はアザミの方だった。
「さあ、いよいよ黄金団子のお披露目でござるよ!」
彼女は対抗心をむき出しにし、テーブルの上に壺をどんと置いた。
周囲にいる者は全員が「本当に開けるのか?」と言いたそうにしていた。誰もが腐りきった団子の残骸を予想し、心の準備を始める。
彼女が800年間も埋められていた壺の蓋を開けるとかすかに甘い香りが広がった。
「えっ?なんか蜂蜜みたいな匂いがするぞ」
「当然でござるよ!アルド殿!」
彼女は壺から折り畳まれた植物の葉を取り出し、それを広げると琥珀色の液体に使った団子が現れる。アルドは買ったばかりのそれ食べた時を思い出し、表面上は何も変わってない事に驚いた。
アザミは団子の刺さった串を一本取り出し、躊躇なくそれを頬張る。
その場の全員が「あ!」と声を出した。
「ちょ、ちょっと!」
「いきなり食べて大丈夫なのか!?」
「細菌の検査する必要がアリマス!」
「もぐもぐ……むぅ……」
アザミは心配する声をよそに団子を噛んで飲み込み、満足そうに頷いた。
「まろやかな甘みとわずかなコク……いつも通りの味でござる!」
「待ってください!本当に平気なのですか?」
ナンシーは装着した分析器を使い、慌てて団子の品質を調べ始める。
その顔には混乱と疑惑が浮かんでいたが、彼女にしか見えないデータを見る内にますます混乱の度合が強まっていた。
「信じられない……細菌もカビも安全数値内です……800年も経過しているのに……いや、理論上は不可能ではないですが……」
「だから言ったでござろう!先人の知恵と工夫は馬鹿にできないでござるよ!さあ、お主も味わうでござる!」
アザミはそう言って団子をナンシーの口に突っ込んだ。
「ンゥゥゥッ!」
「蜂蜜やシロップはpHや乾燥率の影響で腐らないっていうけど、これも似た理屈でしょうね。どれどれ。私も一個もらおうっと」
セバスも団子の1串を取ると食べ始めた。
分析器の出した結果を信じているのだろうが、その勇気にアルドは感心した。
(俺も食べないとまずいかな……ああ!アザミがキラキラした目で俺を見ている!)
彼は団子を持って近寄ってくるアザミに気付いた。
そして逃げられないことを悟った。
「さあ!アルド殿も1つどうぞでござる!」
「あ、ああ……じゃあ……もらおうかな」
800年ものの団子を食べるにはかなりの勇気を要する。
しかしアザミの急かすような顔を見て彼も覚悟を決めた。
「ええい!」
団子を一口頬張り、無念無想で噛む。
その目がかっと開いた。
「アルド!?」
「大丈夫デスカ!?」
「……美味い」
その言葉にエイミ達は耳を疑った。
「勝った後に食べた団子と何も変わらない……」
「信じがたいですが、認めるしかありませんね」
ナンシーが口元をタオルで拭きながら言った。
「おそらく使用した材料、花の蜜や蜂蜜を薬草と混ぜて煮詰めてあり、機能成分や水分調節が絶妙に細菌の繁殖防ぐのでしょう。先人たちの技と知恵はお見事です。千年腐らないという言葉に嘘はありません。アザミさん、ご無礼をお許しください」
彼女は深く頭を下げ、自分の非を認めた。
その様子にアザミは慌てる。
「あ、頭を上げるでござる!わかってくれたのなら拙者も嬉しいでござるよ」
「許して頂けますか?」
「許すも何もないでござる。この時代の技術も大したもの。共に甘味を愛する者同士、仲良くしようではござらんか」
「……そうですね」
「ナンシー、私との約束を忘れてない?」
セバスが期待に満ちた顔で彼女を見つめた。
なぜか2人の間で交わされたちゃん付けの約束だ。
「……ス……ちゃん」
「聞こえない」
「セバス……ちゃん」
「もっと大きな声で」
「セバスちゃん!」
「うん、合格」
「はあ……では、アザミさん。私のケーキもご賞味いただけますか?」
「おお!是非とも!」
アザミたちはテーブルの上で800年の時を耐えた団子とケーキを食べ始め、エイミたちも最初こそ恐る恐るだったが実験に使われた甘味を食べてその美味しさに面食らった。
その団欒を見ているとアルドはこう感じた。
時代や住む土地が変わっても自分たちは同じ人間なのだな、と。
団子とケーキに舌鼓を打ち、途中でエイミとアザミが早食い勝負を始めた辺りでアルドはセバスがいなくなっているのに気づいた。
探してみると別の部屋で計器をいじっており、そこで彼はある事を思い出した。
「なあ、セバスちゃん、ナンシーが1人で工業都市廃墟に行った時になんで止めなかったんだ?危ないだろう?」
「え?ああ、あのこと。理由を聞きたい?」
「ああ」
「うーん、別に話してもいいか。聞かれたから答えるけど、彼女はああ見えて凄腕の剣士なの」
「は?」
「空間拡張式の刀を持ってるのよねー。1度見せてもらったんだけど、装甲用の金属板を真っ二つにしたわ。たぶんアルドと戦ってもいい勝負をすると思う」
「嘘だろ……あっ!言われてみると度胸がありすぎると思ったな!」
アルドはあの廃墟でナンシーが合成兵士やドローンを見ても全く怯えなかったことを思い出した。並の神経でないと思ったが、自力で倒せるなら怯えるわけがない。
「彼女は飛燕天昇流の免許皆伝なの」
「飛燕天昇流……それって……」
アルドはその名前を知っている。
その一族の一人が武者修行の旅をしている最中に彼と腕試しを行い、その強さに感心して同行するようになった。その人物は今、ケーキと団子を頬張っている。
「アザミの一族!?」
「そうよ。たぶん彼女はアザミの子孫だと思う」
「えええ!?」
それを聞いてアルドはナンシーの容姿に東方の国の特徴があることに気づく。
アザミの横に並んで親戚だと言えば通じるだろう。
「アザミの子孫……ナンシーさんはこの事を知ってるのか?」
「もちろん。今回の実験に立ち会ったのも彼女が言い出した事なの。自分のご先祖様に会ってみたいって。それが変な勝負になったのは意外だったけど」
「そうだったのか……。アザミが知ったら驚くだろうな」
「知らない方がいいと思う。未来のことはわからない方が良いんでしょう?」
そう言われると彼も同意せざるを得なかった。
未来がわかってしまうと努力の価値がなくなる。
「言われてみるとナンシーさんと雰囲気が似てるかも」
「そう?800年後の子孫なんて血が薄まりすぎてほとんど他人よ。ああ、でも甘いものに目がないところは血筋なのかもね」
「ああ、確かに!」
2人ともそこで笑った。
しかし、彼は一つの疑問を抱いた。
(アザミの子孫ってことはアザミは誰かと結婚したってことだよな?誰なんだろう?まさか……いや、まさかな……)
アルドにある可能性が頭をよぎる。
ナンシーに自分の特徴がどこかに出ているのではないか。よく見ると目物は少し自分に似ている気もする。そんな不安が高まってゆき、慌ててその考えを封印した。
「気になるなら調べてあげるけど?」
彼の思考と不安を読んだセバスは面白そうに言った。
「やめてくれ!」
「そう?」
「アルド殿、何を話してるでござるか?」
「うわあっ!」
部屋に入ってきたアザミに後ろから声をかけられ、彼は飛び退いた。
「どうしたでござるか?」
「いや!なんでもない!なんでもないよ!」
「そうでござるか?ナンシー殿が別のケーキを持ってきてくれたでござる。さあ、アルド殿もご馳走になろうではござらんか」
「そ、そうか……じゃあ、もらおうかな……」
「私も頂くわ」
セバスが椅子から立ち上がり、すれ違いざまに彼の顔を見てくすくすと笑った。
まるで真実を知っているかのように。
アルドは自分の将来が気になり、ケーキの味などほとんどわからなくなった。
彼自身も知るように未来には知らなくて良いことが多すぎるのだった。
アザミの団子戦記 M.M.M @MHK
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