第3話 女三人寄れば
月影の森。
その名の通り、そこは夜空を月が飾る夜に幻想的な光景を見せる。
植物や茸が月光に対抗するように様々な光を灯すのだ。青、紺碧、薄緑、孔雀緑、常盤、瑠璃色。天才的な芸術家が生涯をかけても描き切れない自然の美がそこかしこにあり、夜行性の鳥や虫がそこで慎ましく演奏を奏でる。
そこはアルドと妹のフィーネが時を越えて辿り着き、バルオキー村の村長に拾われた場所でもある。人目に付かず保存装置を埋められ、なおかつ誰にも掘り起こされる心配もないとセバスに指定されたのがこの場所だった。
「真に美しい森でござるな」
この森に初めて入ったアザミは感嘆を込めて言った。
彼女が歩く前方ではリィカが機械による視覚であらゆるものを捕捉していた。
「コノ光はケミルミネッセンス。植物や茸ニヨル化学発光デスネ」
「けみるみね……。それは何でござるか?」
リィカの発言にアザミが反応する。
珍しい人物から話を促されたことでリィカは頭部のアンテナを上げ、小さな驚きを示した。
「化学反応ニヨッテ隆起サレタ分子が基底状態に戻る際にエネルギーを光トシテ放つ現象ノコトデス」
「そ、そうでござるか……」
「モウ少し簡潔に説明シタ方が良いデショウカ?」
「いや、今はいいでござる!ここは魔物も出るというから警戒すべきでござろう?」
「同意シマス」
2人のやりとりを見ていたアルドは微笑ましく思った。
誤解が解けたのでアザミは積極的に意思疎通を図ろうとしているらしい。
彼は仲間を連れて森の中でも比較的深部、バルオキー村の警備隊や冒険者でもまず立ち寄らない場所まで来ると足を止めた。
「この辺りなら人はまずやってこないだろう」
「では、ここに装置を埋めるでござるか?」
「ああ。ここで800年後まで装置を埋めておくんだが……。アザミ、やっぱりそれも埋めるのか?」
彼はアザミが背負っている壺を見た。
己の国で購入した黄金団子がそこに入っているのだ。
「もちろんでござる」
「本当に埋めるのか?もったいない気がするんだが……」
アルドの言葉に他のメンバーも無言で同意した。
彼らは黄金団子を購入した際にアザミと共に試食してみたのだが素晴らしい味だと意見は一致した。まろやかでコクのある蜜。ほのかにヨモギの味がする団子。絶品といってよい団子だった。そんな食べ物を八〇〇年も土に埋めるのはただ単にもったいない。
「拙者は千年腐らないという言葉を信じるでござる!」
「じゃあ、アルドは団子と装置を埋めといてくれる?私たちは周りの魔物を追い払っておくから」
エイミが役割分担を決めた。
アルド達が立ち去った後に野生の動物やゴブリンなどの魔物が装置を掘り起こして壊したら実験が台無しになってしまう。それらを追い払い、近づかないように見張る係が必要だった。
「ああ、わかった。ほどほどの所に埋めておくよ。装置と……団子を」
それから数分後、アザミとリィカとエイミは周囲の魔物を追い散らしていた。
「はあっ!」
エイミの咆哮と共に拳がハイゴブリンに当たり、衝撃波が全身を駆け巡った。
800年後の世界で金属製の合成兵士と戦えるよう編み出されたハンターの格闘技は魔物の体を内側から崩壊させる。
「シギャギャ!」
エイミの後ろからは別のゴブリンが襲い掛かるがそちらはアザミの間合いだった。
彼女の唇からフッと小さく息が漏れ、鞘から抜かれた刀が銀色の斬線を描く。
ゴブリンの首が胴体と別れを告げ、その頭は斬られたことを理解しておらず、大地をころころと転がった後にきょとんとした顔で絶命した。
その傍では巨大な戦槌を操るリィカがゴブリンたちに絶望を与えていた。
「敵総数、残り2体デス」
機械の肉体が生み出す剛力が大質量を木の枝のように振り回し、風圧が木々を揺らす。
その衝突を受けたプラームゴブリン2体がゴルフボールのように吹き飛び、この森にはめずらしい静寂が訪れた。音楽を奏でる虫や鳥はすでに逃亡している。
「敵殲滅を確認シマシタ」
「まあまあの敵だったわね。にしても、アザミの剣術って凄いじゃない。抜刀する瞬間がほとんど見えないんだもの」
「いやいや、お二人も凄まじいでござるよ」
戦闘を終えたアザミは呼吸を整えながら言った。
「特にエイミ殿の格闘技は見ていて惚れ惚れするでござる。五体のみでそこまで戦える者は拙者たちの時代では十指に満たないでござろうな」
「アザミさん、私の戦闘は……ドウデショウカ?」
リィカは少し遠慮がちに聞いた。
「うむ。リィカ殿も恐るべき剛力でござるな。ところで、あの大きな武器をどこに仕舞ってるのでござるか?」
「これデスカ?」
リィカのポケットから筒状の金属が取り出され、一瞬で巨大化して戦槌となった。
「おお!」
「空間拡張という機構で瞬時に取り出せます。ハンターにも拡張式の武器を持つ人は多いデスヨ」
「ああ、いるわね。丸腰と思ってた人が実は剣士や槍使いだったとか。便利よねー」
「未来の世界には摩訶不思議なものがあるのでござるなあ。にしても、こんな槌をどうして軽々と振れるでござるか?」
「分子イオンポンプと有機金属ニヨル疑似的な筋肉と骨格ノ恩恵デス!」
「…………なるほど」
「今、考えることを諦めたでしょう?」
エイミが少し笑いながら言うと彼女は少し臍を曲げた。
「むむ、そういうエイミ殿は今の説明が理解できたでござるか?」
「え!?それは、まあ……」
「お二人トモ、無理をするのは良くアリマセンよ」
3人は少し沈黙してから笑い出した。
かしましいという言葉がこれほど相応しい光景はないだろう。
「アザミってクールな剣士かと思ってたけど、案外普通なのね。もっと早く仲良くなりたかったなあ」
「何か事情があったノデショウカ?」
「まあ……その……想像に任せるでござる……」
「わかったわ。でもあの研究者と団子の事で喧嘩をした辺りからイメージが変わってきたのよね」
「ワタシも初対面の印象を全面的に修正シマシタ」
「ぶ、武士の一分でござる!拙者にも譲れぬものがあるでござるよ!」
それを聞いてエイミとリィカは笑いをこらえるのに苦労した。
その時、彼らの耳に不思議な音が聞こえてきた。
「グヒェェェ……グヒェェェ……」」
「え?」
「何か聞こえなかったでござるか?」
「ワタシも感知シマシタ」
彼女たちは周囲を見回すが魔物や獣の姿はない。
姿はないのに大地の底から響くような音だけが聞こえてくる。
「むむ、姿は見えぬが気配は感じるでござる」
「どういうこと?なんで声だけが……これってまさか……」
青ざめたエイミを見てアザミは不思議そうな顔をする。
「どうしたでござるか?幽霊でも見たような顔をして」
「ひいいっ!な、なんてこと言うのよ!」
エイミは文字通り飛び上がって怯えを見せた。
「むむ?」
「アザミさん、エイミさんは幽霊の類が苦手ナノデス」
「真でござるか?」
彼女が信じられないという顔をする。
これほど凄腕の人間がまさか幽霊が恐いとは思っていなかったらしい。
「幽霊などただの宙に浮かぶ人ではござらんか。空飛ぶ都市に住んでいるのに幽霊が怖いのでござるか?」
「空を飛ぶのは関係ないわよ!」
「グヒェェェ……」
「やっぱり何かいる!」
謎の音にエイミはますます怯え、恐怖を振り払うために両手で自分の頬を叩いて叱咤した。
「誰なの!?い、いるなら姿を見せなさい!」
「グヒェェェェ……グ……ン……ダデダ?イネムリ、ジャマスルノハダデダ?」
謎の音が明確な生物の声になった瞬間、3人が立っている傍の岩が動いた。
いや、それは岩ではなかった。
苔や土に覆われた巨体をゆっくり起こす魔物だった。
「なんなの、これ!?」
「大きいでござる!」
「過去データを参照シマス。該当件数1件アリ。アベトスという魔物デス。しかしサイズに著しい相違が認められマス」
リィカが説明する間に変異アベトスは立ち上がった。
アザミ達を見下ろす巨大な魔物は優に5メートルはある。傍にあった岩の塊を棍棒のように持ち、その武器の半分はどす黒く汚れていた。
「フアアアァァァァ……」
魔物は大きなあくびをし、剥き出しになった歯には肉片がはさまっているのが3人の目に映った。
「うわ、汚い……」
「賢い生き物には見えないでござるなあ」
「交渉ニヨル戦闘回避を試みマスカ?」
「一応、やってみよっか。ええと、起こしちゃってごめんね」
「拙者たちはもうすぐ立ち去るからそこで眠っててくれるでござるか?」
「危害は加エマセン。ご協力をお願い致シマス」
アザミたちがそう話すと魔物はじろじろと3人を眺めた。
その時、魔物の腹がグウウウッと鳴った。
「オデ、ハラヘッタ。オマエラ!タベル!」
「あーあ、予想通りね」
「交渉決裂と判断シマス。戦闘モード起動」
「こんな食いしん坊がいたら拙者の団子を見つけ出して食ってしまうでござろう!永久の眠りにつくでござる!」
3人はそれぞれの戦闘態勢を取り、それから夜の帳を打ち破るような衝撃音と咆哮がまた森に響き渡った。
この変異アドモスは月影の森で暴れまわり、近くのバルオキー村で討伐隊が組まれる予定だったとアルドたちが知るのはしばらく後だった。
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