第2話 団子を求めて

「ご主人ー!いるでござるかー!」


 己の国イザナのある団子屋にアザミの声が響き渡った。

 800年後の世界でセバスの開発した装置を埋める仕事を引き受けたが、アザミが知る幻の団子も手に入れなければならず、このガルレア大陸に寄り道することになったからだ。

 アザミの大きく澄んだ声はすぐに団子屋の主人を呼び出した。


「おいっ!アザミのお嬢ちゃんじゃないか!久しぶりだな!」

「暫くぶりでござる!」


(店員に名前を覚えられるくらい常連なのか……)


 アルドは薄々予想していたので驚きはしなかった。

 アザミ以前に商人から荷物を奪ったゴブリンの群れを追跡して奪い返したことがある。その中に彼女が買おうとしていた団子があったからだ。


「ご主人、つかぬ事を伺うが黄金団子は千年腐らないとは本当でござるか?」

「んん?ああ、今まであの団子が腐ったって話は聞かないからな。千年団子なんて別名もついたくらいだ。嘘だと思うか?じゃあ千年待ってみろってんだ。がははは!」

「ほら、アルド殿、聞いたでござるか!?千年保つでござるよ!」

「あ、ああ……」


 アルドはアザミの認識が若干ずれていることに気づいた。


「ご主人、拙者がそれを証明するために千年埋めておくでござる!」

「は?」


 団子屋の主人はこの国で言うところの妖狐につままれた表情になった。

 千年後に誰がどうやって掘り起こすのかと言いたげだ。

 アルドは時空間移動の話をされてはたまらないので話に割って入った。

 

「ああ、気にしないでくれ!それでその団子を売ってくれるか?俺たちも興味あるから食べてみたいし」

「ああ、それだが……」


 主人は申し訳なさそうな顔をした。


「悪いが今は売れないんだ」

「な、なぜ!?売り切れたでござるか?」

「というか、材料がもうないんだ。秘伝の蜜を数種類混ぜて使うんだが、それが手に入らなくなった」

「どうしてでござるか?」

「魔物のせいさ。この先のイナナリ高原は知ってるだろ?あそこに強い個体が出て、高原のむこう側と交易が難しくなってる。討伐隊が向かったが、かなり難儀してるらしいぜ」

「うぬぬ、それはけしからんでござるな!」


(あっ……魔物を倒しに行くって言うんだろうな……)


 鼻息を荒くする彼女を見てアルドはこの先の展開を予想した。

 

「アルド殿!拙者、魔物を蹴散らしに行くでござる!」

「やっぱりか……」

「皆の衆はこの街でくつろいでいて下され」

「おいおい、一人で行かせるわけないだろ」


 彼は仲間を単独で敵地に向かわせるほど落ちぶれていない。

 その目的が団子という点だけは解せないのだが。


「イナナリ高原なら俺たちも通ったことがある。皆で倒しに行こう」

「お、おお……アルド殿……拙者のためにそこまで……」


 アザミの目がキラキラと輝いている。

 そこに映っているアルドは現実の3倍ほど美化されていた。


「アルド殿、そこまでしてくれるということはやはり拙者と共に飛燕天昇流を盛り立てたいということでござるか?婿入りの件をついに……」

「なんでそうなるんだよ!」


 アルドは鋭くツッコミを入れた。

 彼女は一族の繁栄のために優れた戦士を迎え入れるよう教育され、以前にも同じようにアルドの婿入りを請うたことがあった。未だに諦めていないらしい。

 婿入りするしないという問答を見たエイミたちはやれやれという顔をした。


「はいはい。婿入りの話は後にして。パパッと魔物を片付けちゃいましょうよ」

「イナナリ高原は過去に朱盛猪やキンシシの出現が確認されてマス。強い個体ナラバ相応の対策が必要デス」


 エイミは戦闘を予想して準備運動を始め、リィカは過去のデータを検索し始める。

 そちらを見たアザミは余所余所しい態度ではあるが、感謝の念を込めて深々と頭を下げた。


「お二人とも……その……か、かたじけないでござる!」


 (うーん、やっぱりエイミ達とは距離感があるなあ)


 アザミの様子を見たアルドはその原因が未だわからなかった。

 それから十数分後、アザミは今度はアルドに向かって別の理由で頭を下げていた。


「アルド殿ー!申し訳ないでござるー!」


 土下座を実行中のアザミ。

 そんな彼女にアルドは「まあまあ」と頭を上げさせようとする。

 2人はイイナリ高原の真ん中で仲間とはぐれてしまっていた。高原に現れた魔物キンシシの群れと戦っているうちにアザミが手負いの一頭を深追いし、アルドも共に追いかけているうちに完全な迷子になった。


「ぐう……これでは恥の上塗りでござる……もはや腹を切るしか……」

「切らなくていいよ!」


 アルドがそう言うとススキの草原が風でさわさわと揺れた。

 まるで彼らを笑っているかのように。


「気にするな。こんな事もあるって」


 アルドはなんとかフォローするが、ふと思い出したことがあった。


「なあ、アザミ。丁度いい機会だから聞くけど、エイミやリィカを避けてるよな?」

「え!?さ、避けているわけでは……ござらんよ……」


 そう言いながらも彼女は思い切り目を反らしていた。

 嘘が下手な侍にアルドは控えめな質問を続ける。


「いや、無理に仲良くなる必要はないんだけどさ。一緒に旅をする仲間だし、戦闘する時は連携の問題もあるからなるべく息を合わせた方がいいかなって……」

「拙者もそうしたいでござるが……」


 彼女はそこで一度溜息を吐いた。


「実を言えば不安なのでござる」

「不安?何が?」

「拙者が一族の繁栄を願っているのはアルド殿も知ってるでござるな?」

「ああ。よーく知ってるよ」


 アルドは耳が痛いほど聞かされている。

 何しろ隙あらば婿入りしないかと彼に頼んでくるのだから。


「しかし800年後の世界で、あのエルジオンという空飛ぶ都市で飛燕天昇流の名を聞いたことがあったでござるか?」 

「え?それは……」


 彼は過去の記憶を掘り起こしてみる。

 しかしエルジオン内でその名を聞いたことはなかった。


「ないでござろう?拙者の一族は800年後の世界では途絶えているのではなかろうか……」

「え?それは考え過ぎじゃないか?アザミの国は東の大陸であるんだ。エルジオンに一族がいなくてもおかしくないし、たまたま見かけないだけかも」

「拙者もそう願っているでござるが……実に不安でござるよ」


 アルドは彼女が言わんとすることがわかった。

 未来の世界とは彼らが生きた人生の結果のようなもの。そこで彼女の誇りである一族が途絶えているなどと考えたら気が気でないだろう。


「拙者は一族があの世界でも健在なのかを確かめたい気持ちもあるでござる。されど、未来に起きる結果をあの街で知るのは良くないでござろう?」

「ああ。その気持ちはよくわかるよ」


 彼も強く同意した。

 未来を見れば自分たちの努力が報われるかわかる。しかし報われるとわかるから努力するのは何かおかしいと彼は思う。逆に、報われないとわかったらどうするのか。そこで努力をやめてしまうのか。あるいは努力の仕方を変えるのか。

 それは身勝手な歴史の改竄になってしまう。


「誰も未来のことなんてわからない。だから俺たちは努力するんだ」

「そう!そうでござろう!さすがアルド殿。拙者が見込んだ男でござる」


 彼女はうんうんと頷いた。


「で、それがどうしてエイミやリィカを避ける事に繋がるんだ?」

「お二人と会話しているうちにうっかり我が一族の話が出るかもしれないでござろう?『飛燕天昇流?その流派なら大昔に滅んでるわよ』などと聞かされたら拙者は卒倒してしまうでござる。それが嫌でお二人を避けているのでござる」

「そういうことだったか……ははは!」


 彼はようやく合点がいった。

 そして笑い出した。


「な、なぜ笑うでござるか?拙者は真剣でござるよ!」

「ああ、ごめん。それなら心配いらないよ」

「どうしてでござるか?」

「2人とも俺たちと普通に会話してるように見えるけど、俺たちの未来に関わる大きな出来事は話さないように気を付けてるんだ。その辺りは問題ないよ」

「そ、そうだったのでござるか?」


 エイミたちがアルドとごく普通に話をしているのを見て彼女は誤解したらしい。わかってしまえば笑ってしまうようなことが原因だった。

 取り越し苦労だとわかった彼女はしばし呆然とし、そして大きなため息を吐くのだった。


「とんだ杞憂だったでござる……」

「取り越し苦労とわかったんだからこれからは2人と仲良くできそうか?」

「うむ。エイミ殿ははんたーという職業でござったな。リィカ殿の巨大な槌も含めてお二人には前々から興味はあったでござる」


 アザミは武者修行をするだけあって2人の戦闘スタイルに注目していたらしい。

 これなら打ち解けるのに時間はかからないだろうとアルドは1つの懸念が片付いたことに喜んだ。その時だった。


「むっ!」


 アザミの目つきが変わり、その手は刀にかかった。

 彼女が視線を向ける先ではススキの野原がさわさわと揺れている。


「敵か?」

「いや、待つでござる」

「わああああ!」


 ススキをかき分けて現れたのは1人の中年男だった。

 巨大なリュックを背負っている所を見ると行商人らしい。


「むむ?お主も道に迷ったでござるか?お互い、大変でござるなあ」

「はあ!?おお、団子屋によくいる侍か!俺はそんな大間抜けじゃない!敵に追われてるんだよ!」


 彼がそう言った途端、魔物の咆哮が聞こえてきた。

 ススキを踏み潰す音がアルド達の方へ近づいてくる。  


「魔物か?」

「キンシシの群れだ!普通の個体よりよっぽど強いぞ!」

「よし!慎重にやるぞ、アザミ!……おい、アザミ?」

「大間抜け…………はっ!わ、わかったでござる!魔物ども、覚悟ー!」


 アザミはショックを受けて一瞬だけ落ち込んだがすぐに戦士の顔になった。

 そして命のやり取りが始まった。

 アルドとアザミの戦い方は剛柔の対照的なものと言ってよい。キンシシが四つ足で大地を穿ちながら突っ込んでくるとその勢いに正面から立ち向かって巨体を両断するアルド。ひらりと蝶のように身をかわしつつ、一瞬で急所を切り裂くアザミ。どちらも魔物から逃げてきた行商人が見て惚れ惚れする戦い方だった。


「アザミ!そっちの2体を任せる!」

「了解でござる!はああっ!」


 2人が剣を振うたびに魔物の断末魔が生まれ、すぐに消えてゆく。

 岩陰から見ていた行商はアザミの戦いを見て後でこう振り返った。

 あれが店の前で団子を見ながら涎を垂らしてた女だなんて信じられないと。


「最後の1体っと!」


 アルドが剣を一閃すると最後のキンシシが絶命して倒れ、2人は剣の血を拭いて鞘に戻した。恐怖を知らない魔物は最後まで逃亡せず、それが彼らの全滅を招いた。


「ふう、けっこう強かったな」

「アルド殿、お見事でござる!」

「アザミもな」

「お、終わったか?いやー!お嬢ちゃんがこんなに強いとは知らなかったぜ!」

「お主も怪我はないでござるか?」

「ああ!恩に着るぜ!」

「ひょっとしてお主……団子屋に荷を卸しに来たでござるか?」

「そうだ。あそこの親父さんが困ってるだろうと思って……うああああ!」


 アザミに両肩をがっしり掴まれた彼は全身をがくんがくんと揺らされて悲鳴を上げた。


「よく来たでござる!お主がいなければ団子の名誉は守れないところでござった!」

「な、何の話だ!?は、離してくれえええ!」

「アザミ、落ち着け!」


 せっかく助けた行商が死にそうだったのでアルドは慌てて彼女を引きはがす。

 そんな事をしている彼らの耳に遠くから声が聞こえた。。


「戦闘と思われる音を検知シマシタ!」

「アルドー!アザミー!どこ行ったのー!」

「あっ!エイミたちが来たみたいだ。もう少し早く来てほしかったな……」

「そうでござるか?拙者は良い肩慣らしになったでござる」


 2人は仲間と合流し、イナナリ高原の魔物を一通り狩ると行商を連れてイザナの街まで戻った。

 そして団子屋の主人は晴れて秘伝の材料を手に入れる事ができ、喜んでアルドたちに団子を売ったのだが、アザミが幻の団子とは別に他の団子まで大量に買い込んだのを見てアルドたちは苦笑するのだった。

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