ニセモノジェンダー

多賀 夢(元・みきてぃ)

ニセモノジェンダー

 自分の体に疑問を持った事はない。

 ただ、自分の中身には常に違和感がある。



「僕、道を教えてくれるかな」

 子供のころ、私は知らないおじさんに声をかけられた。

「はい。いいですよ」

 元気に答えて、相手が探している家への道順を指で示す。

「ここをまっすぐ行って、右っかわに曲がるとおうちです」

「そっか。坊や、ありがとう」

 大きく手を振っておじさんを見送る。とても清々しい気分だったが、それは善行に対する喜びではなかった。

(やっぱり、男の子って思われた。私って男らしいんだな)

 女なのに、男だと言われたこと。それが誇らしかったのだ。



 私はどうにも変わっていた。男のように育って欲しいと、両親がどこかで思っていたからかも知れない。着せられていた服が、男物ばかりだったせいかも知れない。おもちゃがブロックや電車模型という、男児向けばかりだったからかも知れない。

 とにかく、女子が分からなかった。男子もよく分からなかったが、女子の方がより分からなかった。


 成長するにしたがって、私は女である事に疑問を持つようになった。

(どうやっても、あの集まって騒いでるのがわかんない)

 女子がやっている、お互いに髪を編みあったり、アイドルや漫画の美形(?)キャラの写真や絵を見て黄色い声援を上げたりという行為。一人でじっくり味わえばいいものを、なんで集まって同意を求めあっているのだろう。

 私も孤独は嫌なので、輪に入りたいとは思う。しかし髪なんて適当でいいし、アイドルはみんなガキだし漫画のキャラはただの絵だ。カッコいい俳優はテレビで見るが、ただ体の線が奇麗だなと思うだけ。

 それよりは、グラビアアイドルや父親が隠し持っているエロ本のお姉さんの方が断然いい。溶けそうな顔とか揉みしだかれる胸とか見ると、ニヤニヤしてしまう。


 だけどそれ以上に、私を悩ませることがあった。

 両親の言葉である。


「お前は頭がいいから医学部に行け!医者は稼げるぞ」

「女の子だから、医学部を出てお医者さんになれなくても、最悪お医者さんの卵を捕まえて結婚すればいいわ!」

「お前は美人じゃないがブスじゃあないから、化粧すれば男の一人は落とせるやろ」

「素敵なお医者さんをお婿になさいね!」

 医学部に行くのは分かる。

 でも、なんでそこから医者の嫁になるんだろう。

 自分の顔を鏡で見ても、かわいいともブスとも感じない。

 化粧でよくなる部分が分からない。

 そもそも、嫁に行く自分が想像できない。ずっと男に間違えられてきたのに。それが嬉しかったのに。


 そっか、私は中身が男なんだ。

 じゃあ大人になったら、性転換して男にならなきゃ。

 沢山稼いで、お嫁さんを貰う側にならなきゃ。

 でも、どうやって親に話そう。私は男だって、どう説明しよう。

 ひっそり家を出ようか。でもそうしたら、親不孝者になっちゃうよ。


 一人でぐるぐる悩んでいた。

 そのうち胸が育ち、生理が来た。

 それでも、親は私に男物の服を着せた。

 私はさっぱり自分が分からず、次第に心が病んでいった。




 高校に入るころには、両親の態度もすっかり変わっていた。

「見苦しい」

 滑り止めしか受からなかった私は、この辺では珍しい制服を着ていた。母は表を歩くなと言い、父は男を作ってさっさと出ていけと言った。

 私はもう両親の言葉など聞かなかった。ただ女であることだけは受け入れがたく、かといって自分が男だという自信も消えていた。自分の体を隠したくて、制服のスカートはいつも長く直していた。

 女子の輪は相変わらず苦手で、それもあって理系に進んだ。もう医者になれる頭などなく、そもそも医者はもっと早くから狙う職業で、両親が騒ぎ出した時点ですでに遅かったのだ。

 部活をサボり、いつも図書室に逃げ込んでいた私は、そこで唐突に声をかけられた。

「あの」

 1年上の図書委員、男子。何度か会話はしている。

「なんですか?」

「えと、……その、好きです!」

「はあ」

「ごめん、唐突かも知れないけど。いや、バレてたかも知れないけど」

 顔を真っ赤にしてうつむく彼に、私は困惑した。確かに気づいてはいたが、私が男に惚れられるのが信じがたかったのだ。

「私のどこがいいのでしょう」

「かわいいところ!」

「具体的に、どの辺?」

「具体的にって……全部?顔とか、あと、あと」

 相手の目が彷徨っているあたりを見て、私は納得した。

 胸だ。かつて私が眺めてはニヤけていた、エロ本のお姉ちゃんにも負けない大きな胸。ここだけは第三者目線でなら好ましいと、自分でも思ってはいる。実際は肩がこるしブラもサイズないし邪魔だけど。


 ――よかろう。これでだめならマジで性転換だ。


「いいですよ。彼女になります」

「本当! やった!」

「で、いつやりますか」

「――は?――は!?!?」


 もし恋をしていたら、こんな選択はしなかった。だけど私はそれまで一度も恋に落ちかなかったし、正直言って今もない。

 その後も男性を転々としたが、未だに自分の性が分からない。女性はどうにも苦手で縁がなかった。ただまあ、嫁にいくというよりは、婿を貰った方が似合うとよく言われるし、自分でもそう思う。

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ニセモノジェンダー 多賀 夢(元・みきてぃ) @Nico_kusunoki

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