3.(終)

「ここは、、35年前・・・かのぅ?」

時間の旅の行き先は同じ水車小屋の前、そして赤いクリスタルもそこにあった。

しかし、青いクリスタルはなく、水車小屋もいくらか新しいように見えなくもない。

あたりを見回すといつもと変わらない川沿いの風景。田舎では時がゆっくり流れているのだ。


「おぎゃー! おぎゃー!」

水車小屋の中から聞こえたのは元気そうな赤子の泣き声であった。

それを聞いたジョージはようやく笑顔を見せた。35年の旅は成功したのだ。


「それじゃあ、街でも見物に行ってくるかの」

坂道を上り、大きな橋が見えてくると、そこには黒いローブの人物がひとり、川の流れを見つめていた。


「あれは・・・」

袖口で目元を隠していたが、赤いクリスタルの向こうに見えたあの女性に間違いなかった。

ジョージは知らぬ素振りで後ろを通り過ぎようとしたが、そのとき彼女が靴を脱いで裸足になっているのが見えてしまったのだ。

少し歩いて立ち止まり、ため息をついてくるりと向きを変えたジョージは、ゆっくりと女性に近づいていった。


「きれいな川ですなぁ」

「え? ええ」

女性は涙を見せぬよう振り返らずに落ち着いた口調で言葉を返した。


「川のせせらぎと、鳥の声。

 どこからか赤ん坊の泣き声も聞こえてくるようじゃ」

「え!?」

水車小屋は10メートルも下を流れる川を少し下ったところだ。見えはするが音は聞こえるだろうか?

さっきまで聞こえていた我が子の声は頭の中だけで響いていたかもしれない。


「もしかして、あの水車小屋の前で不思議なものを見はせんかったじゃろうか?」

「え?」

「ワシに似た老人が突然現れたとか・・・」

「!?」

彼女は思わず息を飲んだ。

たしかに、橋の上から見つめていた水車小屋の前にいつの間にか人影が見えた気がしたのだ。

しかし、人生を終わらせようかと思い詰めた自分には、そんなささいな違和感などどうでもよかったのだ。


「あの水車小屋の赤ん坊の話をさせてもらってもよろしいかの?」

「え!? ご存知なんですか?」

「ワシは魔法学の研究をしておりましてな。

 はるか未来から時をさかのぼってこちらにやってきたところなんじゃ」

「未来?」

「35年後、あの赤ん坊は水車小屋で元気に働いておる。

 小麦粉を街へ売りに行くんじゃが、なかなか評判もよくてのぅ」

初対面の老人の荒唐無稽な話に女性は戸惑うばかりだった。しかしいきなり赤ん坊の話を始めたのはまったくの偶然とも思えないのだ。


「誰に育てられようと、彼の人生は彼のものじゃ」

女性は無言で水車小屋を見つめていた。


「あんたの人生もあんたのものじゃ。

 ワシと違ってこの先まだまだ長いじゃろう」

その言葉に思わず振り返った女性は、ジョージが水車小屋をながめている間に靴を履き直し、深々とお辞儀をして街へと消えていった。





----------





水車小屋を見下ろす橋に35年後と同じさわやかな風が通り過ぎて行く。



「思わずエラそうなことを口走ってしまったが、

 過去に影響を与えると未来が変わってしまうかもしれんのじゃった。

 時の魔法使い失格じゃな」

ジョージは魔法のめがね越しに見える水車小屋の赤いクリスタルを見ながら考えていた。


「あの女性が人生を終わらせてしまっていたら、35年後にあのクリスタルはなかったハズじゃ。

 もしかしたら、ワシとここで出会うことはすでに織り込み済みだったのかもしれんな」


時の流れや因果関係の不思議さなど、さまざまな思考が頭の中をめぐるうちに、

気が付くと水車小屋の赤いクリスタルは あとかたもなくその姿を消していた。


「ん?」


「んん??」


「んんーーーー!!!!」


「しまった!!

 あの女性の後悔の気持ちが消えてしまったのか!!!」




「ゴトリ・・・」


橋の上で崩れ落ちる老人のうしろにピンクのクリスタルが生まれ落ちた。




--- END -----


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あのとき、やっぱり、クリスタル 鈴木KAZ @kazsuz

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ