2.
「クリスタルを探すなら、やはり街に行かねばな」
エフの師匠であり魔法研究所の所長であるジョージは魔法のめがねをかけたまま街へ向かう橋を渡っていた。
「む? あんなところにクリスタル発見!
かなり大きいぞ!」
ラルフの水車小屋の前にスイカを4回りほど大きくしたような赤いクリスタルが落ちている。
60歳を過ぎ、老人と呼ばれることにも慣れつつあるジョージであったが、水車小屋への坂道をよろけることもなく、まっすぐクリスタルの元へと駆け寄った。
「ふんふん、ウチの近くでこれだけのブツに出会えるとは幸先がいい」
クリスタルの周りをぐるぐる回っているうちに水車小屋の戸が小さく開き、ラルフの首がにょきっと出てきた。
「なんだ、あやしいヤツかと思ったら魔法の先生じゃねえか。
トイレなら気にせず言ってくれればいいのに」
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「クリスタル?
そんなのどこにあるんだ?」
顔見知りのラルフは日頃からジョージの魔法に興味深々であった。
ましてや自分の小屋の前で何やら始まるというのだから見過ごすことなどできるはずもない。
「実際にモノが置いてあるワケではなくてな。この魔法のめがねで見えるようにしているんじゃ」
「ふーん、ユーレイみたいなもんか?」
「近いかもしれんがの。これは人の「後悔の気持ち」をカタチにしたものなんじゃ」
「あのときああしておけばよかった」「やらなければよかった」。人は間違いを犯した後でそれを取り消したいと思うのだ。
ジョージの研究はそのような後悔の念をめがねを通して視覚化することに成功したのであった。
「後悔の念、かあ・・・。
なんだってウチの前にそんなもんが落ちてんだろう?」
「過去に誰かがこの場所でヘマをやらかしたのかもしれんな」
ジョージはそう言いながらポケットから天秤ばかりを取り出した。
「そーいえば、自分も子供の頃よく父ちゃん母ちゃんに怒られたっけなあ。
「こんな風に育てた覚えはねえ!」って」
「はっはっは、それは売り言葉に買い言葉じゃよ。本気で後悔しとるワケないじゃろ」
「かなり本気っぽかったからなあ。ありゃ絶対本心だぜ」
「もしそのとき本心だったとしても、後悔の気持ちがなくなればクリスタルは消えてしまう。こんなでっかいのがいつまでも落ちているワケはないんじゃ」
そういいながらジョージは天秤ばかりでクリスタルがいつごろ生まれたのかをはかりはじめた。
「んー、35年モノか」
「ほうら、オレの年齢とぴったりだ」
「いやいや、生まれた瞬間に後悔するバカ親がいるもんか。
これはお前さんとは関係ないものじゃろうな。
どれ、ちょっと確かめてみるか」
ジョージは赤いクリスタルから2、3歩距離を置いて腰を曲げ、両腕を前に伸ばした。左右の親指と人差し指で四角をつくり魔法のめがねでのぞき込むと、35年前の水車小屋が見える。
そして そこに黒いローブに身を包んだ女性が現れた。
「このご婦人は・・・」
「母ちゃんか?」
女性が大事そうに抱えているのは赤ん坊を寝かせたカゴであった。
そのカゴをそっと水車小屋の戸の前に置くと、彼女はしばらくのあいだ赤子の顔を見つめていたが、目が覚めて泣き出したところで、あわててその場を去っていった。
そして、赤ん坊の泣き声に気が付いて水車小屋から出てきた女性はおそらくラルフの母親だ。置かれたカゴをやさしく抱え上げてそのまま戸の奥へと戻って行った。
「で、何が見えたんだ? ん??」
「いやー、、なんというか。まーこのー・・・」
ここまで来て何も見てませんとも言えず、ウソで取り繕うこともままならず、ジョージは見たもの全てをラルフに打ち明けてしまった。
「それがオレだったというワケか・・・」
「お前さんの生みの親は今もどこかであのときのことを後悔しているというワケじゃな」
赤いクリスタルはラルフを生んだ母親の落とし物だったのだ。
「まあ、オレにとって母ちゃんってのはひとりだけだ。
でも・・・
あー、聞かなきゃよかったなあ」
「ゴトリ・・・」
がっくりと首を落としたラルフの背後に、青いクリスタルが生み落とされた。
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「まあ、アレじゃ。
ここにクリスタルが残ってるということは、
あの女性は今もどこかで元気にやっとるっちゅうことじゃ」
クリスタルは後悔の気持ちを具象化したものである。この世に生きている人間の思念エネルギーそのものなのだ。
「実はな、このクリスタルを探しておったのには理由があってな」
後悔の念とは、あの日あのときに戻りたい、戻って過去をやり直したいという強い気持ちのかたまりである。現在から後悔が生まれたそのときへ向かって強いエネルギーの道が続いているのだ。
ジョージが研究している魔法は、そのエネルギーの道をたどって過去へ旅することができる。そして現在に戻りたいときはまたその道を逆にたどって、ここに帰ってくるのだ。
「時間を旅するって!?
そりゃスゲえ魔法だな!」
ラルフはジョージの説明に目と口を丸く開けて驚いていた。
「後悔の念なんてもんは、こんな田舎道に落ちてるハズがないじゃろう。
街に行けば人がたくさんいるからの。
クリスタル探しにはもってこいじゃ」
「あー、なるほど。
博打をやってるとこなんか、ゴロゴロ落ちてそうだな!」
「ほっほっほ、
博打の後悔なんて寝たら消えちまうじゃろう。
時間の旅も、ちょっと前に戻るだけじゃな」
なるべく遠い過去へ旅するためには、長いあいだ置かれっぱなしのクリスタルを探さなければならない。
まさか、35年モノのクリスタルが街へ行く橋の手前で見つかるとは奇跡に近いのであった。
「こちらのクリスタルは時間の旅にはうってつけじゃ。
すまんが、ちょっとお借りしてよろしいかな?」
「ってことは、オレが捨てられた現場に?」
「いや、後悔が生まれたときはもう彼女はここにおらんじゃろう」
ジョージは腰に下げていた魔法の杖を右手に構え、赤いクリスタルに向けて突き出した。
ラルフには棒きれを持った老人が前かがみになったようにしか見えなかったが、ジョージがゆっくりと前へ歩みを進めるとともに、その姿はピントが外れたようにボヤけて、やがて見えなくなってしまった。
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