あのとき、やっぱり、クリスタル
鈴木KAZ
1.
「遅い!
師匠はいったいどこをほっつき歩いてるんだ!?」
冷めかけたスープをにらみつけたまま腕組みをしているのは見習い魔法使いのエフである。
「時の魔法使いが時間にルーズだなんて!
ああ、こういうところは見習わないようにしなくちゃ!」
ほっぺたを膨らませながら まっすぐ研究室の棚に向かい、手探りで取り出したのは魔法のめがねであった。片付けは見習いの大事な仕事のひとつだ。目をつぶったままでも好きなものを取り出すことができる。
「大好物のスープを冷ましてしまうなんて。
何か問題でもあったのかな?」
『魔法研究所』と看板を掲げた小さな家の戸じまりをしながら、エフは心配そうに周囲を見渡した。
「うーん。
アレを探しながら となると、街へ向かったハズだな」
魔法のめがねをかけたエフは研究所のそばを流れる川の向こうに目をやった。
騒々しい街から離れ、川の流れる山のふもとにある『魔法研究所』。エフは住み込みで助手の仕事をしているのだ。
川沿いの坂道を上がってしばらくすると大きな橋が見えてくる。これを渡って街へと向かうのだ。
橋の途中で首を出して下を眺めると、川までは10メートルほど。身がすくむような高さだ。この川の少し下流に小さな水車小屋が見える。
小麦農家のラルフが小麦粉を挽くための施設だ。
「ん? あ、あれは・・・?」
何気なく見下ろした水車小屋の前にきらりと輝くものが見える。目をこらすとそれは青い光を放つクリスタルであった。
「まさか・・・」
魔法のめがねを上げ下げすると、そのクリスタルはめがねをかけたときだけ現れた。エフが街まで探しに行こうとしていたのはこの見えないクリスタルだったのだ。
「ウチからこんな近いところで見つかるなんて!
しかもけっこう大きいぞ」
小走りに川面へと下り、水車小屋に近づいたエフは腰をかがめてその青いクリスタルの周りをぐるぐると回って観察した。
スイカよりふた回りほど大きなそれはエフにだけ見えているのだ。他人が見たら水車小屋の前でうろつくただの不審者であったが、家主のラルフはでかけているようだったのでセーフだ。
「師匠もこのクリスタルを見つけていただろうか?」
エフはポケットから天秤ばかりを取り出した。棒を糸で吊って、一方に重りをつけたものだ。重りの位置をズラすことで、反対側にあるものの重さをはかるしくみだが、エフが持っているのは はかるものを載せるところに何もついていなかった。これでは重りが下がるだけで何もはかることができない。
「なんと、このクリスタルはできたばかりだな」
おかしな天秤ばかりを見えないクリスタルに重ねるように掲げ、重りの位置を調節すると、吊り糸に近いところで天秤ばかりは不思議に釣り合ってしまう。この魔法の道具はクリスタルができてからどのくらいの時間が経っているのかを調べるものなのだ。
「師匠はおそらく橋を渡って街へ向かったハズ。
そのときこのクリスタルは存在していたのか、それとも師匠が通り過ぎた後で生まれたものなのか?
うーん・・・。考えたって答えは出ないな」
エフはクリスタルから2、3歩距離を置いて片膝をつき、両腕を前に伸ばした。そして左右の親指と人差し指で四角をつくり、魔法のめがねをかけたままその四角をのぞき込んだ。
「ちょっと見せてもらいますね」
四角の中で青いクリスタルとその向こうにある水車小屋が次第にぼやけて見えなくなると、やがてゆっくりとピントが合い始めた。
「あ! 師匠!」
指で作った四角の向こうに見えたのは、探していた師匠と、水車小屋の主であるラルフの姿であった。そして、二人の足元には、さらに大きな赤いクリスタルが落ちている。
「ん???
青じゃなくて 赤?
どういうこと?」
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