おまけ その後の話

「世界を敵に回して君は何を求めるのか」

その言葉に彼は何も言わずに自らの手のひらを見つめていた。

薄暗い店内に氷が動く音が響く。

カウンターに肘をかけてウイスキーを煽りながら男は笑う。

「口で言うのは簡単だ。誰だって世間に文句の1つや2つ持ってるさ。でもな、口で言うのと行動に移すのじゃぁ、雲泥の差があるわけよ。

あんたには決意が無い、何もしたことのない人間が偉そうに革命なんぞ夢物語よ。

そうだろ?まぁ、俺もその一人なんだけどよ」

豪快に飲み干したグラスを叩き付けて、呂律の怪しい男はさらに続けた。

「家庭の1つ築くことのできない男の言うことなんざ、流してかまわねぇ。

でもな、革命を起こすのに暴力を使う時代は終わってんだ。

馬に跨って大統領をピストルで撃ちぬいたって、王族を事故に見せかけて殺したって

今の世の中は変わらない。暴力で変えたいって言うなら、国の大半を殺さなきゃならねぇ

でもよ、そんなことできねぇよ。2、3人殺したら警察に捕まって死刑だからな」

男は豪快に笑う。

彼はそれを静かに聞いていた。

そして、男が話し終わったころにゆっくりと口を開く。

「確かに、何も変わらなかった」

彼はちらりと私を見た後、男に問いかけた。

「シルズレイトをご存知ですか?」

「あぁ、知っているさ。おとぎ話のモデルになった国だ。

銀の死神は随分有名な話だからな。

100年も前に今の国に吸収されたって、歴史で習ったな」

「銀の死神は王との契約を無視してたくさんの人を殺した。

それだけでは飽き足らず、やがては王までも殺そうと企む。

その横暴さに立ち上がった人々は死神から従者を次々と奪っていく。

無理矢理働かされていた従者たちは人々を助け、最後、死神の元に残ったのは」

「一匹のオオカミだけだった」

彼の話を遮って、男はグラスを傾けた。

「俺にはわからねぇ、あの話、結局狼は死神についた。

まぁ、狼の役どころはいつも悪役だ。

でも、暴力を否定する話なら、死神は孤立するべきなんだ」

男は相当酔いが回っているらしい。

顔を真っ赤にしてもなお、ウイスキーを注文する。

私は彼の話の続きが気になっていた。

「裏切りにあった死神はついに人によって殺される。

狼も一緒に、死神と殺された」

「悪いことはするな、その見方もするな。

俺はそう教わったよ」

彼は寂しそうにグラスを揺らしている。

「狼には死神しかいなかった」

彼の言葉に男は首をかしげた。

静かに、彼の声が響く。

「あの子は幸せを否定した。

死神に殺してもらうことだけを信じて生きていたから、離れることが出来なかった」

彼は目を閉じて、祈る様にグラスを手に包んだ。

「あの子に救いを与えたのは死神だけだった」

「死ぬために、残ったってなら、願いはかなったわけだな」

男は興味が薄れたのか、眠気に負けているのか、カウンターにもたれかかり、虚ろに彼を眺めていた。

「願いは、叶わなかった」

「死神と一緒に死んだんだ、願いはかなってるよ」

男はズルズルと体を倒し、カウンターに突っ伏してしまった。

しばらくもしないうちに規則正しい呼吸が聞こえる。

彼はしっかりと、私を捕えた。

「あの子には、本当に悪いことをした。

結局、僕の作戦は失敗に終わった。

国はブラッセの代わりを作って、同じ歴史を歩み始めた。

そうして、結局、自由のない国が出来上がって、獣人の多くが迫害にあった」

翡翠の瞳ははっきりと私を見つめ、語りかけてくる。

シルズレイトがたどった末路は悲惨なものだった。

獣人との対立、他国との戦争、多くの人や獣が息絶え、ウィリアムが残した薬によって、たくさんの命が歪められた。

私たちが手を出すのは必然だった。

シルズレイトは本来、様々な自然が混在する豊かな土地だった。

生き物の種類が豊富で、鳥たちが歌い、獣が跳ねまわる。

黒竜が、懺悔の意を込めて、楽園を作りたいと、小さな芽を一つずつ愛でて築いた土地だった。

人を愛そうと、大地を愛でようと努力を尽くし、彼が愛した土地だった。

ウィリアムの手から逃れてきた黒竜の傷は深く、しばらく大地に降り立つことすら困難であった。

「僕は、初めから、規則に従い、人を殺していればよかった?

それとも、全てを捨てて、自害すべきだった?

あの金色の瞳は、僕の罪を見抜いているようだった」

彼は、頭を抱えて泣き出した。

果たして、彼は何度目の人生を送っているのだろう。

「僕は、結局僕のために生きることしかできなかった。

レオバルト・ブラッセは確かに死神として死んだけど、根源ではない。

狼の彼だって、僕がいなければ、死に焦がれることもなかった。

あの物語で、本当に悪いのは、王に死神を紹介した執事だ。

あの制度さえ、なければ、僕だって…」

「また、そうやって、言い訳をするのね」

ついつい、声を出してしまった私に、怯えた視線を向ける彼の顔はやつれていた。

隈が酷く、頬がこけている。

赤い髪も、随分痛んでいるようだ。

「僕は、もう繰り返したくない。もう、あの記憶を忘れてしまいたい。

いつまで、いつまでこの苦しみを抱えていれば、解放される?」

歪められた魂はこの世界を彷徨い続ける。

それは、大地に落とされた破壊神の足掻きにも見える。

「あの子の望みが叶うまで、あなたはこのままでしょうね」

助言など、らしくないと思った。

レビアでの一件から、人と関わることを避けてきたというのに。

「彼は、レオ君と一緒に死んだはずでは?」

翡翠の瞳に戸惑いが見える。

店内は涼しいはずなのに、彼は汗をかいていた。

「破壊神が、易々と命を手放すことはないでしょう?

あの子にかけられた呪縛は、私たちの力だけでは解くことはできません」

狼は死を望み続ける。

壊れることもできずに心を傷つけながら彷徨い続けている。

関わりを恐れ、生きることを罪とし、痛みの伴う罰を求めている。

「あの子は、驚くほど優しい。

全て、自分のせいだと思い、苦しんでいます。

あなたが逃げなければ、目を背けなければ、幸せを掴む希望にもなったかもしれないのに」

彼は逃げたのだ。

自らが手を引いた演劇の結末を見ることが恐くて逃げ出した。

そのため、少しばかり歪みが生じた。

狼は自らの異常の原因を知ることが出来ず。

政府は逃げた死神に対する防御を理由に戦力を蓄え始めた。

ウィリアムの罪は世間に公表されず、全ての罪が死神にかけられた。

彼が逃げずに、告発をしていれば、結果は変わっていたはずだ。

「あの子を救うにはどうすれば?」

「破壊神を引きはがすしか方法はないでしょうね。

壊れずに苦しみ続けるあの子に飽きるか。

あの子が苦しむことを止めるか、どちらかでしょう」

しかし、それは難しい。

あの子は心を完全に壊してしまうほど愚かではない。

誰かのせいにできるほど身勝手でもない。

生まれ持った性格が、破壊神を楽しませる結果になっている。

「僕に、あの子を救えるかな」

「わかりません。ですが、救えないと思って行動されても、あの子には迷惑かもしれませんよ」

彼の事情を知って、本当のことを知って、あの子はどうするだろうか。

彼を殺してしまうだろうか。

それとも、安息を覚えるだろうか。

私を見る翡翠はとても弱々しい。

それでも、かつての決意が滲み出ているようだ。

「あの子を、探します。

あなたに誓います、リシャベル神」

それは、大地での私の名だ。

その名は、愛しい人に尋ねられてとっさに答えた名であったが、今でも、人に呼ばれることは嬉しい事である。

「ルチャルにも伝えておきます」

黒竜は喜ぶだろうか。

狼の事を随分心配していたから、朗報になるだろう。




その後、私は翡翠にあっていない。

長い時間が過ぎてはいるが、狼は未だ彷徨っている。

長い眠りを繰り返し、そのボロボロの体を引きずって、救いを求めることすらしない。

あぁ、早く、あの子を救いに・・・

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Chain Of Fate 文目鳥掛巣 @kakesuA

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