私のおなかに爆弾をしこんで

雪月華月

私のおなかに爆弾をしこんで

 隠しドアを開ける。

私は部屋を一周して、そして部屋の奥に隠れる男を見つけた。

そして開口一番にこう言った。


「あなた、テロリストですね、お腹の中に爆弾を仕込むのが得意だと言う……どうかひとつ私のお腹に爆弾を仕込んでもらえませんか」


 テロリストは自分が発見されたことに驚いている様子だったが、何よりも平凡な私の姿を見て、平凡ではない一言に驚いている様子だった

そして一言、こう言った


「どうしてそんなことを頼む。世界に何か恨みでもあるのか、俺の勘では、とてもそうは見えない」


 テロリストの勘は正しい。

私は唇の端を軽く上げて、微笑んだ


「もちろんです、私の願いはとてもとても理不尽なものだわ。どんなに苦しい時でも、人の手が差し伸べられる私は、とても幸せなのに」


 私は続けて口を走らせた。


「だけどね、何て言えばいいのかしら、疲れてしまいましたの」


「幸せなのに。おかしな話ですね」


 テロリストは私の言葉の終わるを聞くと、どかりと椅子に座った

何の感情も浮かべずさらりと言う。


「俺は爆弾を仕込んで爆発するのを見られればそれでいい、今まで女だろうが子供だろうが、じじいにすら腹に爆弾を仕込んだことがある。どいつもこいつも泣き叫んでいた、お前みたいな事を言い出す奴は初めてだ……どうして、そんなことを言うのか。手間賃かわりに聞かせて欲しい」


「そんな、ドラマティックな話じゃございませんよ」


「それを決めるのは俺だ。どうせ爆弾を仕込むにも、材料の取り寄せなどをしなければいけない。ちょうど備品を切らしている」


テロリストは電話をかけていた。

私のわからない言葉で、しかし流暢に何かを告げている。

男はガチャリと電話を切った。


「 1時間後には届くらしい、そしたらのぞみ通りお前の腹に仕込んでやろう。全く綺麗な顔をして、爆発したらミンチになるのか……それはそれは綺麗だろうな」


 それはとても光栄な言葉だった。

爆発で私の体はバラバラになって散り散りになって、人間の形としては程遠いものになり、

一瞬誰だか分からず、 きっと歯形で、私の存在は確かめられる。

人間として一番悲しくて惨めな死に方だろう

それを望んでいるのだからタチが悪い


 こんな悪いことをするなんてと思うと、心の底から歓喜が湧き上がり

どれだけの人を傷つけるのだろうと思うと、それもまた心地の良い音楽を聴いているような気分だった。私ははっきりと思う、喜んでいると。


 私は顎に手をやり口元を指でトントンと叩いた。

 どうして腹に爆弾を仕込みたいのか

 うまく説明できるだろうか


 二ヶ月に腹に爆弾を仕込まれた 男性が銀行前で爆発した

その時、男に爆弾を仕込んだのは俺だと目の前のテロリストは宣言した

彼はただ爆発するのを見たいと言う

それがテロリスト組織に雇われて、己の力を存分に発揮している


 テレビ局は隠したが、爆発の瞬間は様々なところに流出し、一般市民でもモザイクなしで眺めることができた。

 爆発した男は優しそうな男で善良そうな男で、必死に家族に対する遺言のような言葉を残しながら、周囲の人々に離れるように叫んでいた。

 周囲は本当に爆弾が仕込まれているのかと半信半疑で、それでも一定の距離をとっていたが、その目には残酷な好奇心が宿っていた

 悲劇のショーのようだった

 昔、死刑は人々の興奮をそそる拷問じみたものであり、日々の鬱憤を晴らすショーだったと言う。


 それが現在で行われているのだ

 記憶に残らないわけがない


 私は死ぬならこういう死に方がいいと思った。

どうしてそんな、残酷なことを言えるのだろう


 私だって多分、どこにでもいる当たり前な女なのだ。

 あぁ、ほんの少しだけ風変わりなところがあるかもしれない。


 私は言った。

 少しだけ茶目っ気のある笑みを浮かべながら。


「あなたはどう思います? 自分が生まれた意味は」


 テロリストはよくわからないといった顔だった。


「そんなこと、考えるよりも先に、爆弾を触りてぇな。ただそれでも、しいて言うなら、俺は人間の腹をかっさばいて、爆弾を突っ込んで、15分後にはバーンとするために生まれたんだ」


私はおかしくて笑った。


「まあ素敵ね、欲望に忠実で、私はついぞこうなるまでは自分の欲望を出したことがない。だってそれは、私が望まれた意味と大きく違うのだから、しょうがないのかもしれないね」


 テロリストは頭をひねった。


「お前の望まれた意味ってなんだ」


 私は一つ頷いて、朗々と言った。


「愛されて……尽くすことを望まれたのよ」


 私はとても 愛された娘だと思う。

他にも兄弟はいたし、母親は兄弟に対してどの子も同じように愛情を注いでいると言っていたが、傍目から見ても、私への愛情は特別だったと思う。

 二人の兄弟に比べて私はあまり出来が良くなかった。

 靴紐も上手く結べなかったし、肌で感じる常識と言えばいいのだろうか、そういうのも理解するのが遅かった。

 二人の兄弟は出来が良く、そういうことはすぐにわかったが、私はそれが分からず、親に何度も何度も注意されたと思う。

 私は育てるのに注意しないと、とても大変なことになってしまう。医者からそう言われた 母親は、私が大変なことにならないようにと、一生懸命だったのだろう。

そんな母親を兄弟たちは、私にだけ特別だとやっかみを言うようになっていた。

母はそんなことはないと何度も何度も否定したのだが。本当はどうだったのだろう。

 無意識に何も考えていなかったとは思いづらいのだ。


 私はとても愛されたと思う。

出来が良くないから、どこに行ったって一人で、誰かに遊ばれることが常だった。


「鬼ごっこしよう」

 

 そう声をかけて、その子は遊んでくれたが、鬼の彼女は、隠れて私を探すことなく帰ってしまった。私は喉がカラカラでしんどくなってしまうまで、遊具の影でワクワクしながら隠れていた。


 母親の中で、私はどうしてこんなに不安なのだろうと、  心配でしょうがなかった。

 何をしてもひどい目にあう。

だからこそ私はこの子を守らなければいけないのだ。


そんな思いがあったとしてもおかしくはないだろう。

父親は私だけではなく、兄弟にも母親にも無関心で、自分が楽しければいいとそう思って暮らしていた。 娘の私はお気に入りで、時々いたずらもしていた。

 それは男なりの、愛情であり、欲望をほんの少し満たすだけのことだったが、娘の私は母親には言わなかった。

 父親に愛されていると思い込んでいた。けれど私はずるい人間だったから、父親にされていることを話せば、母親から嫌われ、父親からの愛を失う。何も得がないと思っていた。

多少大きくなったとしても、子供心に、親がいなければのたれ死んでいると思っていた。


 私は弱い子だった。

 強ければ。兄弟たちのように強ければ、一人でだって生きていけたのに。

 父親は、私が大人になる頃に病に倒れて、どうも頭に腫瘍ができたらしく、私のことを浮気相手の一人だと思い込んで、死んでいった。

 それが初めての見送りだった。母親と二人で見送った。

 兄弟たちは忙しく、葬式の時だけやってきた。

 ひどい目にあったはずなのに、兄弟たちは母親より父親に好意的で、少しだけ悲しそうに見えた。


 私は魔法が解けたように思う。

 男の人が、少しだけ怖くなった。

 男の力は強いとわかっていたから、私は今でも男にかなわない。

 たとえ何かで男に秀でたとしても、私は男の力には敵わない。

 組み伏せられて、男に喰われてしまうだろう。


 最初の男(父親)が死んだ時、家族だけの葬儀の場で

眉を寄せてハンカチを口元にやり、私はほっとしていた。

私はもう、尽くさなくていいのだ。


 そう思っていたのに。

そう、思っていたのに……。


 今度は母親が倒れた。

病院での検査で、今の技術でもってしても、命が保てない癌だと言われた。

 確かにその癌になった人間は、 テレビの報道を見ている限り半年から1年しかもたなかった。そもそもの発見が遅れて手術も何もできないということが、ままあるらしい。

けれど……母親は七年生きてしまった。


 ひどい話だ。

 愛情をかたむけて育ててくれたのに、私の中で最後に残ったのは母親が死んだことによる安堵だった。強い人だった。死んだ後、家へ来た不動産業者があまりの家の綺麗さに驚いたくらいだ。

 しっかりした人だった。死ぬことを恐れていたというより、私の先々を心配している人だった。


「お前が四十になるまで、世話をしていたい」


 そうしみじみと話す母の顔は、自分の運命を知るが故に、寂しそうだった。

 私は何度も愛されているのだなと思った。

それが鎖のように自分の体を締め付けていると思った。

 私はいつまでも、もしかしたら死んだとしても、母の手のひらの中なのだろうか。

そう思っていた頃に出会いがあり私は結婚した。


 結婚を機に、母親を病院近くに住まわせ私は通いで母の世話をすることになった。

 私はようやく息が抜けると思った。

毎日のように、まるで焼きごてのように与えられる愛を感じなくて済む。


 母と一緒にいることによる、心が締め付けられるような苦しさをもう味わわなくて済む。

 大好きな人と結婚して、これで私も少しは自由になれるのだろうか。

だけどそうはいかなかった。


 母親は必要なことがなかったとしても、私を呼んだ。

 一番多かったのはご飯を作りすぎてしまったから、食べに来なさいだったろうか。

私は家事が苦手だから、一緒に食べていた。でもそのうち、母は寂しくて私を呼んでいることに気がついた。だからご飯の誘いがあるたびに、行きたくないなと思いながら、それでも 母を見捨てられず、重い足取りで母のもとへ向かった。


 私に向けられる感情が愛から依存に切り替わったのはいつだったのだろう。

私は病気がきっかけだととても思えなかった。

 母親は自分に見向きもしなかった夫を呪い、顔ひとつ見せない兄弟への愚痴をこぼした


「私はあれだけやったのに……どうしてこんなに報われないのだろう」


 何も起きない生活になったというのに心の底にはぐるぐると渦巻く黒い感情があるように見えた。それでも自分が正しいと母親は最後まで信じ続け、日々を過ごし。最後には穏やかに亡くなった。

 私が母の事をホスピスへ連れて行った時、母は泣いていた。


「ありがとう、お前のおかげでここに来れた」


 母にとっては最後に来た病院が、本当の安寧の場所だと信じていたようだった。

 私はボロボロだった。

 愛情も正義も優しさも母から随分と影響を受けて……たくさんのものを与えられてきた。

 それはとてもとても幸せなことだったのに、与えられれば与えられる程、私は傷ついていく。きっとそれは、私の概念など母の考えと全く相容れず。

 ただ人の気持ちを無視した、母の思いや願いをぶつけられ続けたと思っているからだろう。


 何度か言ったのだ。

けれど私たちの気持ちは交わることはなく、お互いを繋ぐのは愛情だった。

 しかし本当に愛情だったのだろうか。

私たちは世界でふたりぼっちで、故に逃げられなかった。


 テロリストは言った。


「それならばめでたしめでたしだろう。お前の人生を支配した家族から離れられたのだから。夫がいるのだろう? そいつと幸せに暮らせばいい」


 私は頭を横に振った。


「いいえ死んでしまったわ、私の事をずっと支えてくれた彼は、半年前に車に轢かれて亡くなってしまった」


 私は夫が大好きだった。

 私の話を聞いてくれる数少ない人。

 私に優しくしてくれる人。

 涙を止められず何時間も泣いてしまう私に、心がへし折れそうになりながらも、彼はずっと支えてくれた。

 この人のためなら、私はどうなったっていい。

 あなたのために私は生きよう。


 そう、それは母の生き方だった。

私を愛し、私に尽くした、母のコピーだった。


 それを自覚しつつも、私はただ彼のために生きたかった。


 そう思っていたのに、 彼はあっけなく死んでしまった。

 相手の過失が百パーセントの理不尽な死だった。

私はたくさんのお金をもらった。たくさんの支援をもらった。彼が残してくれたお金もあった。私一生何不自由なく生きられるだろう。


 その人生に何の意味がある。

 私の尽くしたい人のいない人生に何の意味がある、

 私はもう生きる理由がない、誰かのために動きたくない。

 誰の支えにもなりたくもない、誰にも尽くしたくない。


 私は生まれさせられた。

そんな意味の英文から始まる詩がある。

 私は生まれさせられた。

 私は愛のために生まれた。

 愛されるために生まれた。

 その愛は私の自由を壊す。


 私の自由を潰す。


 生きていて、また誰かのためにと求められても、私はもう生きていたくない。

 誰かのために尽くしてきた。

 誰かのために生きてきた。


 ならば最後は素直になって、誰かを踏みにじって死にたい。


 テロリストは最後の方は私の話を聞いていなかった。

電話がかかってきておりそれの対応で忙しそうだった。

テロリストは電話を切ると、小さく息を吐いた。


「準備ができたようだ、施術の準備に取り掛かる、こっちに来い」


 私は軽く会釈をした。


「ありがとう、願いが叶うわ」


「爆弾を詰めたお前をどこに置けばいい、ショッピングモールか、それとも首相官邸前か。どこでもいい、稀有なイカレ女はどこがお望みだ」


 私は鞄から地図を一枚取り出した。


「この赤い丸のついた場所に置いていって欲しいの。もう少ししたら、この家の子が学校から帰ってくるの。もう少しで誕生日を迎える子でね、私と会うたびに楽しそうに話してくれる。姪っ子なの、とても愛されている子よ。その子を抱きしめた時に、盛大に爆発させて欲しい」


「 OK 了解だ。ガキひとりを吹っ飛ばすだけとは思えないほどの火薬を突っ込んでやる。地獄行きは派手に行かないとな」


 私は小さく頷いた。

 地獄はどんなところなのだろう。

 父は笑うだろうか、母は泣くだろうか。

そんなのどうだっていい。


 私はからからと笑った。


「そうね、そこでやっと……私、自由だわ」

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私のおなかに爆弾をしこんで 雪月華月 @hujiiroame

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