第12話 暗所の剣戟


「帝国の……再建?」


「そう。僕たちにとって住みやすく、安全な国を作る。

 ただそれだけだよ、僕らの目的は」


「それで、なんで今回のような事件を起こす必要があるんですかっ?!

 それに、ここにいる人たちだって、殺される謂れはないはずですっ!!」


「…………はぁ〜……やっぱり子供だ。だから嫌いなんだよ、そういう偽善的な正義ヅラがさ」



 アランの声色には苛立ちを感じた。 

 彼はかけている自身の眼鏡を取り、埃がついたレンズをポケットにしまっていた布で拭き取る。



「なんでこいつらを殺したのかって? その質問は簡単だよ。

 こいつらは王国の人間……つまりは帝国の敵だったんだ。

 だから殺した。それだけの事だよ」



 何で当たり前の事を聞いてくるんだよ……。

 そう言いたそうな表情にも見えた。



「僕たちはねぇ、みんなのためにやってるんだよっ?

 帝国の敵が攻めてきて、それを必死に食い止めようと頑張って戦ってきたっ……!

 結果的に帝国は負けちゃったけど、それは仕方がない……勝負事には必ず勝者と敗者がいる……僕たち帝国兵が敗者だったってだけだ……。

 でもさぁ……一度負けたからって、簡単に負けを認めるのが早くない?

 何で簡単に諦めるかなぁ?!

 戦争に勝つために、王国の無能貴族共に一泡吹かせるために、もっと出来ることとかあっただろうにさっ!」


「っ………!」



 激情を垂れ流す様に、アランは声色を強める。

 四年前の大戦。

 主力として戦っていたのは、自分の父親であるギルベルトの様に、帝国民でありながら聖霊の力を宿していた者たちで構成された【特殊作戦群】と呼ばれる部隊の聖霊魔導士たちだ。

 王国の聖霊魔導士を忌み嫌う帝国軍が、同じ聖霊魔導士を対抗馬としてぶつけてくるのだから、皮肉にも程がある話だが……。

 その結果、激戦を余儀なくされ、王国、帝国両陣営に甚大な被害をもたらし、結果的に帝国は王国に滅ぼされた。

 そんな大戦を、アランだって経験しているはず……なのに何故、またしても帝国を復活させようとするのか……。

 何故、王国を憎み続けるのか……。



「どうしてですか……」


「ん?」


「どうして、そんなに戦いたいんですかっ?」



ーーー平和は勝ち取ることよりも、維持することの方が困難だからね。



「っ……!」



 ふと、イチカに言われた言葉を思い出した。

 平和とは、先人達の血と涙の結晶。

 多くの人々が戦い、血を流し、倒れていった。

 そんな多くの流血の果てに、今の平和な世があるのだ。

 それを壊す意味が、リオンには理解できなかった。

 睨みつける様にアランに視線を送る。

 アランはアランで、その眼差しに対して嫌悪感を露わにしながら答えた。



「戦争をしたい? 別に僕たちも、争うことが目的じゃないよ?

 僕たちのやる事、これからやろうとしている事に王国がいちいち干渉しなければそれでいいんだ……。

 なのに見てよ、君の後ろに転がっているゴミ山をさ……!

 ちょっと実験してただけで、なんでいちいち調査とか来るかなっ?!

 僕たちが何をしてるっていうんだよっ!

 僕たちは僕たちで一生懸命自分たちの出来る事をやってるだけじゃないかっ?!

 なのに何でこんな日陰者みたいな扱いをされなくちゃならないのっ?!

 ほんっとおぉぉぉにっ! 意味わかんないんだけどっ!!!」



 両手で頭を掻きむしるアラン。

 今まで接していたアラン・ミューラーという人物は、本性を隠すために用意した仮面の姿だったのだろう。

 そして、その本性を表した今……その目的を果たそうとしている。



「もうさぁ、面倒くさいのはごめんなんだよね……だから、自治州にいる馬鹿どもと一緒に、君たちも消えてほしい」


「っ?! どうしてそんな話になるんですっ?! 自治州にいた人たちだって、そのほとんどは元帝国民のはずです!

 あなた達の目的が帝国の再建だって言うなら、自治州の人たちを消す意味がありませんっ!!」


「あー……まぁ、そう思うよね? でもね? そもそもそこが間違いなんだよ、リオンさん」


「え?」



 アランは眼鏡の鼻当て部分を指で触れて、クイッと持ち上げる。



「僕たちが作る帝国に、あんな奴らは必要ないんですよ。

 僕は……僕たちは、僕たちが面白く、楽しく生きられる、そんな場所を作りたいだけなんだよ。

 別に『帝国』を名乗る必要はないけどさ、特別こう言う名前にしようとは思いついてないから、適当に『帝国の再建』っていう面目躍如を取っているだけなんですよ」


「なっ……?!」



 とどのつまり、自分たちに都合のいい組織、部隊を作りたいがために、いま自治州で生きている人々が犠牲になっても構わないと、本気で思っているのだ。



「そんな……そんなことの為に……?」


「あー? そんなことの為に? あぁ、そうだよ? こんなことの為に僕たちは全員に消えてもらいたいんだよっ!

 どいつもこいつもムカつく連中ばかりさっ!

 僕たちが一体、何のためにあんなカビ臭い場所に閉じ込められて? 毎日毎日泥まみれになって? 迫り来る馬鹿な王国の兵隊共と戦わなきゃいけないのさっ!!

 僕たちはただっ、己の探究心に素直なままっ、やりたい実験をしたかっただけなのにさぁっ!!」



 もはや隠す気は全くないのだろう。

 出会った時の理知的な印象は、いまや完全に崩壊した。

 目の前にいるのは、ただの精神異常者にしか見えない。

 そしてその異常者は、血走った目をリオンに向けた。



「そんな時だよ……君がこの自治州に現れたのは……!」


「っ……!」


「君がギルベルトの娘だったのはビックリしたけどさ……何より驚いたのはその剣だよっ!!」


「っ? 剣? これは……」


「そう〜、その剣っ……! 忌まわしい【技巧派】の連中がっ、僕たちの研究データ盗んで作り上げた紛い物っ!!!」


「……これが、紛い物?」


「僕たちの日々の苦労を掠め取ってっ、そんな馬鹿馬鹿しい武器を作るためだけに使いやがったっ!!

 実践データの採取や不慮動作の改善っ、新たなシステムの構築に導力機関の出力調整っ……!

 僕たちがどれだけ頑張ってきたかっ……!」


「な、なにを……っ」



 よほどこの剣……《破時雨》に対する負の感情が募っている様だ。

 しかし、リオンもこの剣を四年前の終戦時に遺品としてもらっただけだ。

 この剣の製造過程での彼らにどの様なやりとりがあったかは知らないし、聞いたところでどうしようもない。



「この剣がなんだって言うんですか……」


「ぁあ?」


「この剣は、私のお父さんが……イチカさん達が必死に戦ってっ! 今の平和を得るために頑張って戦い抜いた証拠ですっ!!

 それなのに “紛い物” だなんて……っ、その言葉っ、今すぐ取り消して下さいっ!!


「…………」



 武器の作り方、作る過程なんてものは知らない。

 どれだけの時間を費やして、一つの武器を作るのか、それを完成させるためにどれだけの労力を必要とするのか、そんなもの知らない。

 だが、その武器を大切に、大切に手入れして、明日の作戦に備える。

 そんな父・ギルベルトの姿を見てきたリオンには、父の形見である《破時雨》が紛い物や駄作などと呼ばれるのは我慢ならない。

 この剣は、父が命を賭して戦い続けた事の証明なのだから。



「私の父はっ、私たち元帝国民のために必死に戦ってきたっ!

 この剣と一緒にっ、自分達の命を賭して戦い抜いたんですっ!

 あなた達に、それを悪く言う権利なんかありませんっ!

 取り消して下さいっ!! あなた達に父を、イチカさん達を、この剣を悪く言う資格はないっ!!」



 激昂のまま放った言葉。

 言い終わってもなお、憤りの感情は止まない。

 どんな理由があれ武器は武器……。使い手次第でその使い道は変わる。

 そして唯一言えることは、この剣が父の分身であった事。

 誰かを思って戦っていた……大切なものを守るための力として戦い抜いた父を愚弄するかの様な言葉は、リオンにとって看過できないものだった。

 しかし、そんな言葉を言われた当人は、キョトンとした表情でリオンを見ている。



「はぁ……何が命を賭してだよ……」


「っ……」


「本当の戦争を経験した事ないお嬢ちゃんが、随分と知った様な事をベラベラ話すじゃないか……」


「っ……なんですか」


「命を賭して戦った? それで? その結果お前の親父は死んだだろうがよっ!!」


「っ……!!」


「死んだ上に国も守れなかった……。結局、帝国という国は滅んだだろうがっ!

 戦力になりそうな聖霊使いを集めた戦闘集団? あんなのただのイカれ狂った戦闘狂団だよっ!

 あんだけ偉そうなこと言っておいてさぁ〜、結局は負けて、野垂れ死んで、結局は生き残った僕たちにその後の後処理が残っただけじゃん!!

 ほら、結局意味ないんだよっ!! お前の親父達がやってたことはさぁ?

 とっとと僕たちに戦場の主導権を握らせてさえいれば、無様に死ぬこともなかっただろうにさっ!!」


「くっーーーー!!!」



 アランの言葉に激昂し、リオンは《破時雨》を両手で握りしめ、腰溜めの状態で構えた。



「おや? おやおや? なに、もしかして怒っちゃった?

 ごめんねぇ〜、僕は頭に血が上ると言葉遣いが荒くなっちゃうクセがあってさぁ〜」


「っ……!!」



 今にも斬り伏せたい。

 そんな衝動に駆られるが、リオンはギリギリの所でそれを耐えていた。

 元々住んでいた元帝国領の家から自治州まで、いろんな人物と接してきた……。

 当然、その中には碌でもないゴロツキ達も大勢いたが、それでもリオンは命を取ろうとまでは思わなかった。

 しかし今この瞬間、どうしようもなくこの剣を振るいたいと思っている。

 頭が……腕が……脚が……体が……その全てが、目の前の男の首を斬り飛ばせと言っているように感じた。



「ほら? どうしたの? 取り消してほしいんでしょう?

 でも僕は取り消さないよ? だって事実だしさぁ〜、それに僕の方が君たちより上手くやれると思うんだけどなぁ〜」


「?」



 言っていることに意味がわからなかった。

 自分達よりも上手くやれる……とは?



「ほら、どうしたんだい? その剣で、僕を斬りたいんだろ?

 野蛮人め……っ! やはり親が親なら子供もそうなんだなぁ……。

 人を殺しておいて、それを誇らしいと勘違いしている戦闘狂の血筋なんだよおぉぉッ!!!」


「あなたと一緒にしないでくださいッ!!!!!」


「ふふっ……!」


 溜めていた感情が爆発した。

 リオンは激情に任せて駆け出し、跳躍した後、大きく振りかぶった《破時雨》を思いっきり振り下ろした。

 しかしアランは余裕の笑みを浮かべたまま、右手の指でパチンッと鳴らした。



「ははあっ!」



 振り下ろした《破時雨》の刃は、真っ直ぐアランの脳天をかち割るはずだった。

 しかし実際にはそうならず、《破時雨》の刀身が届くよりも前に、アランの前に割って入った者がいた。


「っ……!?」


「ありがとう、フィーア」


「…………」


「くっ……?!」



 フィーアと呼ばれる女性隊員が、あろうことが両手をクロスさせて、斬撃を止めていたのだ。

 無論、甲冑や鉄手甲を装備してるようには見えないため、素の状態で受け止めた事になる。

 そして、華奢な体型の女性とは思えないほどの力で、弾き飛ばされてしまった。

 採掘場の中央方面へと弾き飛ばされ、体勢を整えて着地すると、リオンの周りにはアランと共にやってきた複数名の隊員が取り囲んでいる。



(いつの間に……?! それにこの人たち……)



 なにかは分からないが、どうにも人間らしい正気のない顔だと思った。

 アランと共に鉱山地帯に来た時にも思いはしたが……。

 無口で、ただただ機械のように頷くだけの隊員達だった。

 初めはそういう人達なのだろうと思っていたが、どうにもそれだけ……というわけではなさそうだ。



「悪いけど逃さないよ? 君にはここで死んでもらう……そして邪魔になるであろう、あの男もシデンたち殺させてるから、安心するといい。

 君一人で寂しい思いにはさせないからさ……」


「っ……イチカさんは、そう簡単にやられたりなんかしません……!」


「さぁ……どうだろうね。一応シデンもさぁ、君の親父さんと同じ特殊作戦群の隊長だったからなぁ〜」


「っ……!?」


「簡単にくたばってくれるのも面白くないけどねぇ〜」


(イチカさん……!)





ーーーーーーーーーーーーーー





「はぁ……はぁ……はぁ……」


「ぜぇ……ぜぇ……」


「っ……よもやここまで耐え凌ぐとはな」


「なんでっ……こっちの攻撃……当たらないんです?」



 息が絶え絶えの三人の男達と、まだ余裕の表情を見せる恰幅のいい男。

 それぞれ警備隊の制服を身につけているが、その制服も着崩れていたり、土埃や落ち葉などが付着していたりと、かなりの不恰好だった。

 対する相手はと言うと、普段から着慣れているであろう簡易な洋服には汚れ一つ付いておらず、むしろ肩で息をしている警備隊の三人と比べて、こちらは汗一つかいてすらいない。



(そろそろか……)



 一旦周囲を見回して、状況を確認する。

 少年……イチカは改めて恰幅のいい偉丈夫の男、シデンの方へと向き直る。



「なぁ、そろそろいいんじゃないかな……隊長さん」


「元……が付くがな」


「この戦いに意味はないだろう……。かつての同胞同士、ここで討ち合って何になる」


「…………」



 シデン・ナーザはかつての同胞……。

 同じ帝国軍特殊作戦群に所属していた男だ。

 その周りにいる部下も、同じ部隊の面々だ……。

 特殊作戦群第05部隊【シェイド】は暗殺部隊……少数精鋭ながら、その暗殺任務の達成率は高く、部隊内の規律も割といい方だった。

 それも一重に、隊長であるシデンの統率力によるものであり、それについて行った部下達の信頼の証なのだろう。

 そんな彼が、何故アランに付き従っているのか……。



「人質はどこに?」


「…………」


「あんた達は動けないのかもしれないが、俺なら動ける。これでも“なんでも屋”なんでね……。

 正当報酬さえ貰えれば、人質救助の依頼も受けるぞ?」


「……ならばなおのこと、私たちを殺さねば、何も救えん」


「ん? どういう意味ーーーー」



 イチカが言いかけたその時、シデンが警備隊の制服であるシャツの襟首を掴み、バッと首元をあらわにした。



「っ……まさかそれは……」



 イチカが目にしたもの。

 首に巻きつかれていたのは黒いチョーカーのようなものだった。

 しかし、どこか機械仕掛けの物のようで、ただのアクセサリーではないのは一目で分かった。



「奴からの贈り物だ。これは私たちだけでなく、人質にもつけられている」


「っ……連動してるわけか」


「そうだ……。私たちの脈を発信源にしているからな……。

 我々の命を断てば、信号が送られ、人質の首輪が解放されるという仕組みだ。

 お前に依頼するとすれば、人質の解放であるのは間違いない……ならば、我々の命を斬り捨てるほかあるまい」


「あんた達が生き残れば?」


「時限式なのだ……この爆弾は。

 制限時間は1時間……起爆スイッチをオンにしてからもう既に30分以上経過している。

 人質が捉えられているのは、あの少女が連れて行かれた山岳地帯にある遺跡。

 ここからでは到底間に合わん……同胞よ、これをどう突破する?

 解決策があると言うのか?」


「っ……」



 今いる場所から山岳地帯までは正反対の場所に位置しており、かなりの距離がある。

 あと30分でシデンたちを倒してしまうのと、ここから最速で山岳地帯の遺跡へと向かうのと、どちらが確実か……。



「……答えは知れているだろう。我々を殺せ……同胞。

 そうすれば、少なくとも人質は助かる……我々が死ぬ事で、救われる命があるのだ……ならば、迷う事などあるまい」


「……潔い覚悟……武人としての心構えってやつか?」


「そんな大層な物ではない……先の大戦で多くの人の命を奪い、国を混乱させ、王国に敗北し、そして死兵となった我らを、不快に思いながらも自治州の人々は受け入れてくれた……。

 ならばせめて、その恩義に報いる事で彼らに応えねばならないだろう。

 落ちぶれた元軍人の軽い命で、尊い命が救われるのなら、私は本望だ」


「…………」



 相当な覚悟。

 シデンの目は本気の色を帯びていた。

 イチカはその様子をしっかりと見た上で、はっきりと応えた。



「馬鹿かアンタ」


「っ……」


「なっ、貴様っ!」


「我らの隊長に向かって、その口はなんだ!」


「隊長を愚弄する気かっ!」



 イチカの言葉に憤慨したシデン以外の三人の隊員が、遺憾の意を表す。

 しかし、イチカはそんな三人に構わず答える。



「お前たちもだよ! 自分の命を対価に人質を救うだと?

 どいつもこいつも死に急ぎやがって……いいかっ?! まずお前たちが死んだ後、アランが人質を必ず解放するという保証はあるのか?」


「っ……」


「それは……」


「奴の事だ……死んだら儲け、生きてても使い道があって儲け……絶対そんな風にしか思ってないはずだぞ。

 それがわからない、なんて事ないだろう……だったらこんな所で命を捨てるのは、ただの愚策……バカのやる事だっ!」


「だがっ、それでは奴に反抗しうる機会は訪れないっ!

 だからこそ、私たちは貴様に託すしかないのだっ!

 貴様ならば、奴の企みも全て打ち砕いてくれると思い、隊長は委ねたのだ……っ!」



 初めからそのつもりだったのか……。

 イチカは内心で納得しながらも、死に急ぐような彼らの行動を認めたくなかった。



「だったら使命を果たしてから死ねっ!!」


「「「「っ!!」」」」


「人を殺め、その事を後悔しているというのなら、意地でも生き抜いて、人々の役に立てっ!

 10人の人間を殺したのなら、10人の命を救ってから死ねっ!

 それが俺たち、元帝国軍人にできる唯一の償いだろうがっ!」


「っ…………」



 イチカの言葉に、全員が押し黙る。

 自分達の存在を忌避しながらも、警備隊という職を預かり、晴れやかではないにしても日常らしい生活を享受できているのは、元帝国民である自治州の人々の恩恵もある。

 その者たちを人質に取り、命すらも軽んじているアランの暴挙を止めるために、自らを犠牲するのも当然と思っていたが……。



「そんな考え方を……」


「少なくとも、俺はそうする様にと師匠から教えてもらった。

 だから『なんでも屋』なんていう不定期な仕事をしているわけなんだが……。

 それで、どうする?

 このまま人質の救出依頼を出してくれるなら、俺も全面的に協力する……そして」


「…………」



 いったん言葉を区切るイチカ。

 そして、心の内に秘めていた言葉を吐露した。



「あの警備隊長を煉獄の底に叩き落とすくらいはしてやるぞ?」


「っ…………」



 何の気なしに言ったセリフだが、どうやら殺気立った声色になっていたようで、シデンをはじめ、その他の隊員達も息をのんで見つめてくる。

 周りの様子に気づいて、イチカは一度咳払いをした後、もう一度シデンへと向き直る。



「どうする? シデン元隊長。

 俺もあの娘……リオンを助けにいかなくちゃならないからな。

 そのついでに人質も助けに行ってやるさ。

 これでも仕事の速さと正確さは、結構評判なんだけどな〜」



 煽る様な誘い文句にも聞こえなくないが、シデンの反応はこれまで相対して話し合った時の中で,一番穏やかな表情をしていた。



「わかった……貴殿の策に乗ろう」


「ふっ……その依頼、たしかに承った。

 早速で悪いけど、情報をくれないか?

 それによってはほんとに秒で事件を解決してやるよ……!」





ーーーーーーーーーーーー




「くっ!?」


「フィーアッ、ノインッ! 挟み込んで動きを塞げっ!」



 採掘場内での戦闘は、リオン1人対アランとその部下8人……合計1対9というあまりにも多勢に無勢な戦いが繰り広げられていた。

 リオンは自身の聖霊の能力である風を操り、父の形見の品でもある特殊戦術刀【破時雨】の機能を使いながら、なんとか相手の攻撃を捌いていた。

 敵は9人。

 その内、アランは一番後ろで戦闘指揮をとっており、リオンとは一番離れている距離にいる。

 実際にリオンの相手をしているのは残りの8人。

 しかし、その8人の隊員達は、明らかに“人ではなかった”……。



(っ、この人たち……いったい何者っ?!)



 先ほどから抵抗を見せ、聖霊術である風の塊をぶつけて吹き飛ばしている……。

 その術は、剣術の師であるイチカですら簡単に吹き飛ばし、地面に叩きつけたほどの技だ。

 実際、相手をしている警備隊員を同じく吹き飛ばす。

 10メートルくらい吹き飛び、やがて地面に叩きつけられるものの、何事もなかったかの様に起き上がり、こちらへの攻撃を再開する。



「ゼクス、まだ立てるよね? じゃあ突撃再開だ……君ならあんな小娘一捻りだろう?」


「……」



 アランの言葉に対しての返答はない。

 しかしゼクスと呼ばれた人物はただ命令に従うまま、両手に槍を握りしめ、こちらはと突進してくる。

 帝国製13式突撃可変槍【闘狼】……ゼクスが持つ槍の名前。

 機械的な見た目で、伸縮機構を備えた両手槍であり、その伸縮性を活かして服の中などに忍ばせておき、咄嗟に取り出して即座に戦闘準備を始めることが可能な長物装備。

 ゼクスと呼ばれた男性隊員は【闘狼】を握りしめて、その穂先をリオンに向けた状態で突進してくる。

 人とは思えない程の脚力で飛び込んでくる姿に驚愕しながらも、リオンは【破時雨】の刀身で受け流し、ゼクスをよろめかせる。

 隙ができた背後に向けて、峰打ちで仕留めようと思いっきり振り下ろす。

 が、完全に体勢を崩したと思ったゼクスが、よろめきながらも槍を薙ぎ払って来て、リオンも慌てて【破時雨】でこの薙ぎ払いを受ける。

 悪い体勢からのやぶれかぶれのような薙ぎ払いにしては、あまりにも力強い一撃をもらったため,今度はリオンが吹き飛ばされてしまう。

 背中から倒されてしまい、即座に立ちあがろうとしたその瞬間、背後から迫り来る物を視界にとらえた。



「そうだツヴァイっ! とどめを刺せッ!!」


「………」



 ツヴァイと呼ばれたのは身の丈がリオンの二倍くらいはある大男。

 その男の手にも、長物の武装が握られている。

 しかし、ゼクスという男が持っていた槍型の武装ではなく、先端が重厚で大きな刃で形成された両手斧の武器。

 帝国製12式可変式戦斧【砕斧】。

 その重厚な見た目と重い一撃を放つ武器を、ツヴァイと呼ばれる大男は、上段で思いっきり振りかぶり、それを一気に振り下ろした。



「くっ?!!」



 回避が間に合わない……。

 そう思ったリオンは、咄嗟に立ち上がるのをやめ、掌で生み出した突風を打ち出し、それを推進力として急速離脱。

 リオンの脚がすり抜けた瞬間、ツヴァイの振り下ろした戦斧が地面を抉り、その衝撃が周囲へと伝播していく。

 地面に亀裂が走り、衝撃によって舞い上がる土埃と飛び散る石礫。

 突風で大男の背後へと飛び退いたリオンは勢いそのまま転がりながら、体勢を整えて起き上がった。



「はぁ……はぁ……はぁ……」



 荒い呼吸を整えながら、周囲を一度見回してみる。

 先ほど、ツヴァイと呼ばれた大男の姿をリオンは初めて目にした。

 この採掘場に来るまでの道中に、戦斧を握る大男はいなかった。

 採掘場までの道のりにいたのは、自分とアラン、その部下としてついて来た男女8人の隊員。

 そのうち5人が男性であり、残りの3人が女性……。

 内女性の方の2人は、フィーアとノインという名前らしく、男性の方もゼクスという名前が1人。

 しかし、その中にツヴァイと呼ばれる大男の姿はなかった……そして、それに気づかないはずもなかったので、考えられるとすれば、この場で待ち伏せていたと言うことだけ……。



(この人たちは……っ、人間じゃない……!)



 見た目や姿形は人そのもの。

 だが、どう見ても人間にはあり得ない筋力、あり得ない反射神経、そして正気の無さを感じる。

 今の今まで言葉を発していないのも気がかりであるし、こんな状況で、嫌な顔ひとつせずにアランの指示に従い続けている。

 そして、この場にいる物たちが何者なのか……その答えを、リオンは既に感じ取っていた。



(あまり使いたくはないけど……)



 意を決したリオンは【破時雨】の柄近くにあるカートリッジを解放する。

 そこに装填されていた弾丸を取り出し、懐にある内ポケットから新たな弾丸を取り出す。



「っ!? 何をするつもりか知らないがっ……ドライっ、アハトっ! あの小娘を取り押さえろっ!」



 アランの指示で、ドライとアハトと呼ばれている男性隊員が即座に動く。

 2人の手には戦術刀【時雨】が握られており、素早い連携で次々と斬撃を放ってくる。

 しかし、リオンはそれを【破時雨】で捌いていき、左の掌で拳大の大きさまで溜めた風の砲弾を放ち、それをヒットする寸前で暴発させる。

 先ほどゼクスと呼ばれていた隊員を吹き飛ばした疾風の弾丸とは違い、その威力は桁違い。

 ドライ、アハトの2人の隊員を吹き飛ばして、リオンは弾丸を装填した。

 カートリッジが挿入され、リオンがトリガーを引く。



「まとめてっ……薙ぎ払うっ!!!!」



 トリガーを引いた【破時雨】の刀身に、リオンの疾風が纏わられ、それを一気に横薙ぎ一閃。

 風は激風となって、目の前にいた全て隊員達の隊員達を巻き込んで、採掘場の土壁に激突。

 壮大な瓦解音と共に壁は崩れて落ち、隊員達を押しつぶす。

 そして、それに呼応するかの様に、採掘場内の壁にひび割れが走った。



「っ……しまった!?」


「っ!? この馬鹿ガキっ!! 天井が崩落するじゃないかっ?!」



 アランが怒気を含んだ声で罵倒してくる。

 そしてその言葉通り、採掘場内の天井が崩れはじめた。



「わわっ……!」



 一つ、二つと天井の土壁が落ちて来て、やがてその瓦礫は大きなものへと変わり、本格的な崩落へと変わる。



「逃げなきゃっ……!」



 崩落に巻き込まれて生き埋めにはなりたくないので、リオンは即座にその場から撤退する。

 駆け出すと同時に自身の風の聖霊の力を駆使して、まさしく疾風の如き速さで採掘場を駆けて行き、入り口へと向かう。

 逃げていく際に、アランの怒号が聞こえたが、それに構いすらせず、リオンは走り続けた。

 入り口を踏破し、元来た道をそのまま逆走する。

 そこで、ある事を思い出した。



「ここって……」



 立ち止まった場所には、二手に分かれる道が続いていた。

 片方は鉱山の麓へと降りる道。

 もう片方は、アランの言葉が正しければ、その道の先には古代の遺跡があるとか……。

 アラン達は既に調べたが、何も無かったと言っていたが……それが本当かどうかはわからない。

 もしかしら、先程の採掘場にあった遺体の様に、何者かと交戦した可能性もある。

 もし……万が一にも、生き延びている人がいるとしたら……。



「お父さんなら、助けに行くよね……?」



 正直、いま直ぐにでもここから立ち去りたい。

 しかし、父・ギルベルトだったら……と、リオンの心が揺らいでいた。

 


「私は……お父さんの様になりたい……っ、だからっーーーー!!!」



 何もなければ、先程の様に即座に撤退すれば良いだけだ。

 そう思い、リオンはそのまま遺跡へと続く道を駆け抜けていった。

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

聖霊魔導学院の剣聖 剣舞士 @hiro9429

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ