第11話 波乱の元凶

 二手に分かれての事件調査。

 森林地帯へと入ったイチカ達は、各々がはぐれない様に互いが見える適度な間隔を空けた状態で調査を開始していた。



「…………」


「「「…………」」」



 互いに無言。

 静寂に包まれている森林地帯。

 聞こえてくる唯一の音は、風によって揺らされる木々の擦れ合う音が時々鳴る程度……。

 その中を、イチカを含めた6人の男達がゆっくりと歩を進めている。

 それぞれが持ち合わせている武器は、元々帝国が製造し、帝国軍人たちが皆使用していたものばかり。

 帝国製01式鋼刀『時雨』。

 帝国軍人用に製造された特殊合金の刀型の格闘武器。

 かつて帝国占有した東方にある国の技術が反映されて作られた標準装備の武装であり、帝国兵ならば誰しもが携帯していた武器である。

 イチカが普段の稽古で使用しているのもこの『時雨』であり、かつて軍人として従軍していた時にもらったものだ。

 その他にも、帝国が独自に開発した『導力機関』と呼ばれる物を小型化し、それを搭載した射撃用の武器である帝国製20式電導銃『千破矢』《ちはや》も見受けられる。

 『千破矢』は小型の銃器で、取り回しの良さに優れている射撃武器であるため、王国で使用されている弓矢よりも射程は少し長く、命中精度も高いことから多くの帝国兵たちが使用していた。

 森林地帯にいるのは軍用魔獣。

 どんな魔獣たちがいるのかは報告されてはないが、『時雨』と『千破矢』のみでも十分対処可能だろう……。

 問題は、その魔獣たちがどのくらいの規模で潜伏しているか……だ。



「シデンさん、だいぶ奥に入ってきたけど、目撃したって報告は、本当にここであってるのか?」


「ええ、我々警備隊のメンバーが、この付近で魔獣の姿を捉えたとの報告を受けています」


「へぇー」




 自治州の約三割の家屋が倒壊したほどの地揺れを起こしたほどの原因……。

 たとえそれが魔獣による仕業だった場合、とんでもない大物がいると仮定できるが……。



(森に入ってから一度も、魔獣の痕跡を見ないのは……なんか変だな……)



 森に入ってからと言うものの、獣が潜んでいると言うには痕跡が全く見つからない。

 そう、全くだ……。

 強いて言うならば、何者か……それも“人”が何度も出入りしている様な跡が多少見て取れた……。



(はぁ……めんどくさいなぁ……早く済ませてリオンちゃんの所に加勢しに行くか……)



 イチカは一度だけ大きなため息を溢して、その場で踏み留まった。

 それに反応してか、一緒に行進していた警備隊のメンバーもこちらの様子を見ながら足を止める。



「イチカさん、どうかしましたか?」


「もしや、何か手がかりを発見されましたか?」


「…………」



 シデン以外の隊員がイチカに対して問いかけるが、イチカはそれを無言で返す。

 問いかけてきた隊員は二人……一人はアッシュグレイの短髪を両サイド刈り上げたショートモヒカンの髪型をした隊員。

 見たところ体つきもシデンには劣るが、中々に鍛えているのが見て取れた。

 もう一人はいかにも貧弱そうな体つきの隊員。

 警備隊だったアランと同じマッシュルームの様な髪型で、色は緑がかった黒髪をしている。

 なんだろう、警備隊ではマッシュルームヘアーが流行っているのだろうか……?

 そんな二人の問いかけに無言の状態で、イチカはシデンの方に視線を移す。



「なぁ、シデンさん」


「……何か?」


「本当にここで目撃情報があったんですか?」


「…………」


「さっきから気になってるんですけど、森に入って痕跡を探してはいるものの……。

 獣が徘徊しているような跡が“毛ほどもない”のはどう言う事ですかね?」


「…………」


「本当なら、獣がつけた足跡……抜けた体毛があってもおかしくないと思うんですけど、それすらも無いってどう言う事ですかね?

 これじゃあ〜まるで、誰かが嘘を教えたのか……あるいは、人の手でその痕跡そのものを消し去ったみたいな感じじゃないですか」


「…………」


「「「…………」」」



 イチカの発言に、シデンだけで無く他の隊員たちも無言を貫く。

 そんな彼らの様子を見て、イチカもさらに追及した。



「それからもう一つ……」


「……今度はなんだ」


「今のあなた達の立っている位置……それ、帝国軍で教えられていた陣形の一つ……『散開戦術の陣』……だよね?

 中央突破、あるいは大軍が固まって侵攻してくるのに対して行う戦術陣形……。

 ものの見事に俺を取り囲む様にして散開しているし……本来なら、軍隊規模での陣形を立った一人を取り囲むためにやるなんて、普通の軍兵じゃやろうとすらしないでしょ……つまり、あんたらはただの帝国兵じゃーーー」

 


パァーンッ!!



「おっとっ?!」



 銃声が鳴った瞬間に、イチカは体を仰け反らせた。

 その一瞬で、イチカの顔面スレスレに青白い小さなエネルギー体が通過していった。

 そのエネルギー体はイチカの背後にあった木に直撃し、木の表面を焦がした。



「ターナー!よせ、迂闊に撃つな!」


「し、しかし副隊長っ!?」


「おいおい、いきなり撃ってくるなんて、警備隊の人はみんな怖い人たちなのかなぁー」



 ターナーと呼ばれた青年は、先程イチカに近づいて来ていた緑がかった黒のマッシュルームヘアーの痩せ男。

 その男の手には『千破矢』が握られている。

 導力機関が内蔵された射撃武装は、そのほとんどがエネルギー体を弾丸として射出する仕組みになっている。


 

「それで? あんたらの目的は何だ? わざわざ俺とリオンちゃんを分けさせて孤立させようって腹なんだろうけど……この地で一体、何をしようっての?」


「……申し訳ないが、それを君に教えることはできない……」


「ふーん……じゃあ、いいよ。自分でアラン隊長に聞いてくるわ」


「そんな事させるかっ!!」


「っ!?」



 今度は真横から、高速で何かが近づいてくる気配を感じた。

 イチカは咄嗟に身を屈める。

 すると、その頭上を目に見えない何かが通り過ぎて行き、その直後に樹木を大きく揺らす衝撃となった。



「今のは……」



 目に見えない物……それが飛んできた方向を見ると、ターナーと一緒にイチカを挟み込むような立ち位置で近づいてきていたアッシュグレーのショートモニカン男。

 手に武器を持っているわけではない。

 一瞬のことで見逃していたのか、あるいは……。



「聖霊術か」


「ライネスっ! 迂闊だと言ったろ! 相手との実力差がある時には攻撃するなと言ったはずだ!」


「しかし隊長、今ここで叩かねばっーーー」


「ライネス!」


「っ!」



 失言……。

 それを咎める様に、シデンはライネスの名を呼んだのだ。

 ライネスはシデンと事を『隊長』と呼んだ。

 しかし、警備隊の隊長はアランであって、シデンは副隊長。ならば……。



「シデンさん……あなたも聖霊魔導士なんだろ?」


「…………」


「聖霊魔導士で、帝国式軍隊格闘術のエキスパート……俺の知人に一人居たんだよね、そう言う人……」


「…………」



 イチカの語りかけに、シデンは無言を貫く。



「あんたらさ……特殊作戦群の人間だろ?」


「「「っ………!!!」」」



 小隊の間に緊張が走る。

 元帝国軍の寄り合い所帯である警備隊……その中で聖霊の力を行使できる者がいるとなると、その存在はたった一つ。

 自分と同じ“帝国の飼い犬”くらいのものだ。



「よもや、俺以外にも生き残りがいたとは……。まぁ、そのまま大人しくしていれば、平和に暮らせていた筈だが……。

 何でこんな事する? あんたらは自らの意思で行動しているのか? それとも……」


「…………」



 イチカの鋭い視線が、シデンの眼を捉える。

 しかし、シデンもシデンでその眼光に怯む事なく見返すだけだ。



「人質……」


「っ……」


「やはりな……あんたら全員、人質を取られてるんだろ?」


「……何故、そう思う」


「あんたの眼が濁ってなかったから……そんな所かな?」


「……ふっ、そんな理由で見透かされるとはな……隊を率いていた身でありながら、私も修行不足というものか……」


「隊長……」


「シデン隊長……」



 シデンの心から吐露した物は、思いの外、今回の騒動の根源に接触しているだろう……。

 シデンの周りにいる隊員たちもまた、それを察してか、先ほどまでの殺気が落ち着いている様にも思う。



「首謀者はやはり……」


「あぁ……。だが、それはここでの事を終わらせたからにしてもらうぞ……イチカ殿」


「っ……」



 シデンが徐に両腕を上げて、一気に下に向かって振り下ろす。

 すると、ガシャリと音を立てて、シデンの両腕にギラギラに輝く物体が現れた。



「その武具は……!」


「元帝国軍特殊作戦群第05部隊シェイド部隊長……シデン・ナーザ。

 申し訳ないが、我らの謀に付き合ってもらう……!!」


「帝国製06式鋼鉄籠手楯無……!それに……《シェイド》の隊長かよ……!

 って言うことは、他の四人も……!」


「そうだ……私と同じ、帝国の飼い犬だ……まぁ、それを言うなら貴殿もだがな」


「まぁ、否定はしないよ」


「ライネス、シンクー、お前たちは前に出るな……。

 出た瞬間、お前たちの命が消えると思え……!」


「「はっ!」」


「ターナー! 操れるだけ魔獣を操れ!! 出し惜しみしていて抑えられる敵ではないぞ!」


「り、了解!!」



 ライネスと呼ばれた青年は、先程イチカに攻撃してきたショートモヒカンの青年。

 その隣には、シンクーと呼ばれた茶髪の長い髪を後ろで一本に纏めたホーステールの青年。

 彼の手にはイチカも所持している細剣型の武装……帝国製02式刺突細剣撃針が握られている。

 そしてイチカの背後に陣取っているターナーと呼ばれた青年は《千破矢》を持ちながら、自分の周囲に聖霊の光粒を撒き散らす。

 すると、その光に誘われて、森の奥から続々と魔獣が現れた。



「ガルルル……!!」


「ウゥ〜!!」



 見たところ猟犬種の魔獣。

 しかし、その数は一匹、二匹のレベルではない……さらに奥からゾロゾロと現れる。

 その数、見たところ十匹ほどだろうか……。

 単体ではそれほど強くはないだろうが、猟犬種の魔獣は俊敏な動きで走り回り、敵の撹乱や優れた嗅覚を持っているため、敵の追跡など利用されてきたと聞く。

 そして何より、統率の取れた種であるため、集団で襲い掛かられると厄介だという。



「魔獣使いか……噂に聞いたことがあったなぁ。中々に面白い能力だって言うから、覚えがあるよ」


「そ、そうかい。ぼ、僕も君の事なら少しだけ知ってるよ……?

 ほ、ほほほんとうに、シデン隊長の言う通りならーーーー」


「ターナー、無駄口はいい。お前はとにかく、魔獣たちの制御に専念しろ」


「は、はい!」



 ターナーはなんと言うつもりだったのか……?

 それは当の本人であるシデンによって遮られてしまった。

 そしてシデンが周囲にいるメンバーに手振りで合図を送る。

 全員が臨戦態勢になったところで、イチカも手に持っていた《時雨》を抜く。



「貴殿には申し訳ないが、ここで潰えてもらう……!!」


「さて、それは……どうかな?」



 シデンとイチカがほぼ同時に駆け出し、イチカの振り上げた《時雨》とシデンの構えた《楯無》が交錯した。











「っ……イチカ、さん?」


「ん……どうしました? リオンさん」


「え? あぁ、いいえ、なんでもありません」



 微かに空気が震えた様な感覚……。

 それはリオンが風の聖霊の力を宿しているからだろうか、遠くから聞こえた音や衝撃が、風に乗って自分の元まで聞こえてくる様な感覚。

 昔から、何かと風が教えてくれていた……。

 良い知らせも、悪い知らせも。



「我々が調査する山岳地帯は、元々は帝国が保有していた鉱山で、今では廃れてしまい、誰も寄り付きません。

 中はそれなりに掘り進められていたので、見た目よりも深く、広い場所になってます」


「ここに、一体何があるんですか?」


「ここには以前から、元帝国軍の敗走兵たちが潜んでいるのではないかという情報があったんです。

 我々も調査しようと何度か足を運んだのですが、決定的な証拠はほとんどなく……しかもこの坑道は、最悪な事に中の天井や壁が脆くなってきてるみたいで、いつ落盤してもおかしくないと言うことがわかったんです」


「じ、じゃあ、今この瞬間にも……」


「あぁ、そこは安心してください。我々が通っているのは、比較的安全な場所なので」



 リオンとアランを先頭に、警備隊員の男たち8人が後ろをついていく10人体制で坑道の中を歩いていく。

 そんな中で、リオンはずっと気になる事をアランに対して問いただした。



「アランさん、この事件……というか事故の原因って、本当は誰かの仕業だったりするんですか?」


「……確証はありませんが、我々はその線が一番有力なのでは……と思っています」


「もしかして、聖霊使い……?」


「その可能性も否定はできません。リオンさんの様に、四年前の大戦を生き延びた聖霊魔導士がいたとしても不思議ではないかと……。

 そして、そんな彼らが何故今になって、現れたのか……それを探らないといけません」


「はい……ん?」



 10人で坑道を移動している最中に、突然大きな分かれ道が現れ、一向はその場で一度停止した。



「この道は……?」



 リオンから見て左折する道。

 その道はゆっくりと降っていき、左へと緩やかなカーブを描いて道が続いている。



「あぁ、ここには昔の遺跡があるんですよ。それもおそらく、何百年も前に建てられていたと言われているものが……」


「こんな坑道に? じゃあ、もし不審者たちがいるとしたら……!」


「ええ……。しかし、我々もそう思って調査したのですが、実際はもぬけの殻で、人が入った形跡もありませんでした」


「はぁ……」


「なので、我々が調べるのはこの先……まだ調査し切れてない場所があるので、そこをお願いしたいんです」


「わかりました」



 アランに誘導される様に、リオンと他の隊員は坑道の奥へと進む。

 すると、急に開けた空間へ出た。

 先ほどから歩いている坑道は、リオンよりも身長の大きいアランの頭上から約10cmほどしか隙間がないほど天井部が低かったが、その開けた場所は、一気に狭い部分が開放されたかの様に天井部は地面からおよそ10mほどの高さにあり、大人数でも余裕で入るほどの大きな広場の様である。



「ここは……?」


「ここは、坑道を掘り進むための機材などを置いていた場所でしょうね……。

 あとは、休憩時間にこの場で止まっていたかもしれません」



 周りを見渡してみると、確かに掘削のための機材などが取り残されていた。

 その機材はまるで、時間に取り残されたかの様に埃を被り、ところどころ錆びついている。

 その他にも木の切り株を適度な大きさで切られているものが放置されている。

 おそらくそれをテーブルやイスの代わりに使っていたのだろう。



「ここから先が、まだ我々の調査が届いていない場所なんです」


「…………」



 アランの指し示す方へと視線を向けると、そこは暗闇が続いていた。

 今まで歩いてきた坑道は、外へと直接出れるだけの横穴が何箇所か掘られていたため、灯りをつけずとも太陽の日差しが入り込んでくる為、道は照らされていたのだが、ここから先に進むにあたって、その様な横穴は一切無く、ただただ暗い道のりが続いている様に見えた。

 よくよく見ると、入り口には二本のコードの様なものが迫り出しており、それが暗闇の奥へと伸びていく。



「ここの明かりは、この電飾コードによって付けられます」



 そう言って、アランが入り口付近にあるスイッチを入れると、壁の両脇に取り付けられている二本のコードが点灯する。

 これにより、多少の視界は確保できた。

 そして地面には、二本の鉄でできたレールが敷かれている。

 これは言わずもがな、中で採掘してきた鉱石類をトロッコに乗せて運ぶための線路だ。

 まさしく、ここがかつての帝国の繁栄に助力していた鉱山であることがわかる。



「さぁ、いきましょう……!」


「っ……!!」



 意を決して、リオンたちは暗闇へと続く坑道を歩いていく。

 中は10人程度ならば余裕で通れるほどに広いが、電飾コードが点灯していても、奥までは見通す事はできない。

 先ほど歩いてきた入り口と呼ぶべき道のりよりも、圧迫感を感じる坑道には、リオンたちの足跡が木霊している。

 そして、歩き続けること数十分……。

 狭いトンネルのような坑道を抜け、またしても開けた場所に出た。



「ここは……」


「おそらくですが、実際に鉱石を採掘していた採掘場……だと思います」



 視界は暗くて分からないが、空気の流れは若干感じる。

 一本道である坑道とは違う、広い空間に滞留している空気の感じ……。

 そこが採掘場である事を証明するかの様に、微かに香る土独特の匂いや、おそらく導力機関を搭載した掘削機なども稼働していたのだろうか、工業用の油の匂いもする。

 各隊員が手持ちのフラッシュライトを使い、周囲を探索し始める。

 リオンも事前に受け取っていたライトを照らしながら、周囲を警戒する。



(こんな所で、武器や装甲車両に使う鉱石を取っていたんだ……)



 自身の持つ得物破時雨やアランたちも持っている《時雨》や《千破矢》、そして昔は程度ではごく普通に見ることの多かった装甲車両。

 それらの部品などに、鉄や鋼以外にも多くの鉱石を使って製造されている。

 パーツとパーツを取り付ける『つなぎ目』に使われたり、武器ならば鉄よりも硬くて丈夫だが、比重が軽い鉱物などは兵士たちが持つ武器のパーツに使用されていた。

 しかし、いくら武器が強いからと言って、実際の戦争で勝てるとは限らない。

 強い武器を作ったところで、それを十全に使い熟すことのできる者がいない限り、それは宝の持ち腐れと言われるだけだ。

 かく言うリオンもまた、まだ《破時雨》を十全に使い熟せてるとはいえない。

 ここ数日、イチカと鍛練を続けて分かった事……イチカはすごく戦い慣れているという事。

 父の知り合いだったと言う事がわかり、父・ギルベルトの戦いっぷりも間近で見た事がある言っていた彼からその戦い方を教えてもらったが、今の自分では到底扱いきれないほどの技術力を持って、戦場を駆けていたと言う事も知った。

 剣術の基礎を学んでいる現時点では、自分の実力なんてたかが知れているが、どうしても劣等感の様なものを抱いてしまう。

 父と同じ聖霊魔導士になって、自分の宿した聖霊の力を誰かのために……大切なものを守る為に使いたい……。



(ダメダメッ……今はこの任務に集中しなきゃ!)



 頭を振り、雑念を振り払うリオン。

 改めて周りにライトを向けて、何か痕跡がないか確かめる。


 

「ん……?」



 ライトを不意に向けた先にあった違和感。

 その場の地面に不可解な跡が残されていたのを、リオンは発見した。



(なんだろう……足跡じゃない……まるで、何かを引きずった跡みたいな……)



 地面には何か重いものを引きずりながら移動した様な跡が複数見られて、それが一直線に同じ方に向かって続いていた。

 ライトを照らしながら、その行先を辿ってみる。

 すると、その後は何の変哲もない壁に突き当たってしまった。

 


(ここで行き止まり……でも、ここって……)



 ライトを照らして注意深く観察してみる。

 そこでわかった事が一つ……その壁もまた、かなり不自然な状態である……という事だ。

 その不自然な状態というのも……。



「なんでここだけ……“綺麗”な壁になってるんだろう……」



 いま自分たちがいるのは採掘場。

 ここでは地中に埋まっている鉱石を掘り起こす作業をしていたはずなのだ。

 にも関わらず、リオンの目の前の壁には、その掘削機で“削られた様な跡が一切ない”状態で保存されているのだ。

 それはまるで、はじめから“壁としての役割を与えられた”かの様に、真っ直ぐで傷一つない状態だった。

 採掘場の中は暗闇に覆われており、当時使っていたであろう灯籠などもあるにはあるが、今は使用されていない。

 手持ちのフラッシュライトだけが視界を確保できる唯一の装備品であるため、これが無ければ見つけることすらできなかったであろう……。

 だからなのか……この不自然な壁には、何かがある……。

 直感的にそう感じてしまった。



「っ……」



 リオンはその場で踏みとどまり、腰に下げていた《破時雨》を抜いた。

 壁の厚さがわからないため、思いっきり切りつけてもいいものか思案する……が、リオンは思い切って《破時雨》を振りかぶる。



「すぅー……はぁー……」



 深呼吸をして、気持ちを落ち着かせ、覚悟を決める。

 右手人差し指にかかったトリガーを引く。

 《破時雨》に装填されていた弾丸が爆ぜ、刀身に風を纏わせる。



「せぇやあぁぁぁーーーっ!!!!」



 気合いの入った一声と共に、凄まじい爆風が吹き荒れる。

 少し離れていたであろうアラン達にも、その爆音は衝撃的だっただろう。

 爆音は採掘場内に響き、放ったリオンも多少は耳がキーンと音を鳴らしている。

 しかし、その威力が功を奏してか、目の前にあった不自然な壁を破壊することに成功した。



(やった……!)



 内心破壊してもよかったのかと不安に駆られ、もしも勘違いだったらどうしようかと思ったが、結果は出た。

 目の前にあった壁は破壊され、その奥には不自然なまでの空洞が存在した。



「なに、ここ……?」



 何のための空間なのか?

 そして何故それを隠すかの如く、壁を拵えていたのか?

 さまざまな疑問を抱いたリオンだが、それも、ここを調べてみればわかること。

 そう思い、不自然な空洞の中へと一歩踏み出した。



「っ……ぁあ……!」



 一歩足を踏み入れたのとほぼ同時に、フラッシュライトを前方に向けたリオン。

 そこに鎮座しているものの存在に気づき、戦慄した。



「こ、これ……な、なん……で?」



 そこにあった物は……人の形をした肉塊であった。



「ひ、人が……っ?! こ、これ、死ん……」



 もう死んでいるのではないのか?

 しかも一人では無く、複数の成人した男女と思しき人物達が、まるでゴミ山の様にそこに放置されていた。

 あまりの光景にリオンはその場を離れ、視線を外し、咄嗟に口元を抑えた。



「う……うぅ……!」



 壁を破壊した後に漂ってきたのは腐臭。

 それも、生物が死んだ際に発する“死臭”というべき臭い。

 鼻が曲がりそうで、なおかつ体の芯まで染み込みそうな強い臭いが、一気に解放されたのだ。

 そしてそれを、リオンはダイレクトにそれを嗅いでしまったのだ。



「はぁっ! はぁっ! はぁっ!」



 初めてみた人の死体。

 あまりにも強烈で、鮮烈な光景。

 思わず胃の中の物をお戻しかけたが、リオンは意地でも口を閉じて、逆流しそうになった物を押しとどめた。



「こ、この人たちは……」



 恐る恐る空洞の方へと再び歩み寄り、中にある死体に向けてライト向ける。

 死体はみんな同じ服装を纏っていた。

 目を引く様な赤色の軍服。

 男女でズボンとスカートで違いはあるが、上着の軍服のデザインは男女一緒の物。



「この制服……王都の魔導師団の制服じゃ……!」



 胸元に付けられている王国の物を示すバッジ。

 貴族然とした見栄えのある赤と白の綺麗な生地で作られた制服のジャケットは、本来ならば誰もが目を引く様な綺麗な物だっただろうが、今は見るも無残なまでに血で汚れ、泥で汚れ、本当に廃棄されたゴミの様にその場に捨てられている様子であった。



(この人たちは、何でここに? 四年前の大戦で? でも、それにしては遺体が綺麗過ぎるけど……)



 生物の死骸は、本来とてつもなく長い時間をかけて、土へと帰る。

 たとえ四年前の大戦での戦死者であったとしても、まだ遺体の形は残っているだろうが、多少は腐敗していてもおかしくはないはず……。

 しかし、目の前の遺体は、腐敗の進行具合が遅い上に、まだ新しくも感じる。

 まるでここ最近、ここで死亡したかのような……そんな感じだった。



「っ……まさか、この人たちって……!」


「あー、やっぱり見つけてしまいましたか……」


「っ?!」



 背後からの声に反応して、リオンは咄嗟に振り返った。

 そこには、左耳を押さえながらこちらにやってくるアランの姿があった。



「全く、いきなり爆発音を鳴らすなんて、ビックリするじゃないですか……リオンさん」


「アランさん……これは一体……!? それに、“やっぱり” って、どういう事ですかっ……?!」


「いやなに……彼らの後始末、時間がなかったんで手早く済ませたんですが、やはりやるなら徹底的に隠蔽しないとダメか……シデンのいう事も聞いておけばよかったですね」


「なにを……言ってるんですか?」


「まぁだわからないんですか? 全く、これだから子供は嫌いなんですよ」



 その声色、その表情は、先ほどまでのアランとはまるで別人を思わせるものだった。

 メガネの奥にあるアランの目は、リオン自身をじっくりと値踏みする様な陰湿な印象を受ける。



「君のお察しの通り、そこのゴミ山は、先週くらいからこの辺りをうろちょろしていた王国の調査団ですよ」


「っ?! じゃあ、この人たちは今回の事件の調査で来てくれた人なんでしょっ!? なんでこんなことをっ?!」


「あぁ〜……もういいや、変に敬語で話すのしんどいし……」


「えっ?」


「なんでも何もないんだよ……こいつらがいると、僕の計画の邪魔になるからに決まってんでしょうがっ!」


「っ!?」



 突然の怒号。

 驚くリオンをよそに、アランは話し始める。



「もうこれ以上邪魔されるのは面倒だからさ……君たちにも消えてもらいたいんだよ」


「私たちも……」


「そうそう。これから忙しくなるからさ、不穏分子は出来るだけ取り除かないとね?」


「あなたは……あなたは一体、何をするつもりなんですっ……!?」


「んん? うーん……まぁいいや、別にしゃべっても……どうせ殺すんだし……」



 面倒くさそうに頭を掻いた後、アランはその真意を明かした。



「僕らの目的はただ一つ。帝国の再建だよ……」





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