第2話 神の娯楽

 拝殿の奥に祭壇が設けられている。

 その祭壇にまあるい鏡のようなモノが、三つ置かれていた。


 鏡のようなモノには、この世界ではない景色が映し出されている。


 お城、川、湖、街、行き交う人々、祈る人々、そして戦争……。


 これからボクがわたる異世界の風景。

 左からノベリストンアロウ、アポリス、ライレアと呼ばれている。


 どうせ、三つともわたるコトになる。

 最初から、選択肢などありはしない。

 拒否権もない。


 ボクは、エイベルムの「ディヴェルト観察」のために異世界へと送られる「わたりネコ」。

 「わたりネコ」は、異世界へ渡る能力を持ったネコのこと。月の光を三十年浴びたネコにその資格があるという。


 ふと、拝殿内の隅に目をやると、綺麗に畳まれたニンゲンの衣服とくたびれた靴が置かれているコトに気が付いた。


 ボクは声のする方に、侮蔑の視線を向ける。


「エイベルム。ニンゲンを送り込んだのか?」


 この場所に迷い混んだニンゲンが、異世界へと送られるコトがある。

 ほとんど、社殿の主であるエイベルムの娯楽のために。


 ここ一三〇年くらいは、誰も訪れていないと聞いたケド。

 迷い込んだニンゲンは、世捨て人か自殺志願者か、あるいは自分探しの旅人か……。


「ククッ、ええ、ええ。それはもう、張り切ってお渡りになりました。クククッ、向こうの世界でも、楽しそうにやっていますよ。ククククク……」


 久しぶりに味わう極上の娯楽に、エイベルムは狂喜しているようだった。


 こんなヤツが、あの三つの世界では、神様として信仰の対象となっている。


 ニンゲンが異世界へわたる場合、ここで初期ステータスを設定するという。

 身分、腕力、技量、知力、魔力、スキル……など。

 ただ、初期設定の数値やスキル等によっては、ひどい目に遭うコトになるだろう。


 どうやら、久しぶりの来訪者は裸足で異世界へ渡ったようだ。靴が残されているのだからまちがいない。

 つまり、初期設定の身分は、たぶん……アレだろう。


 そのニンゲンの落胆する姿が見えるようだった。

 直後に「異世界へ行けると思ったら、コレかよ……。無いわ……」と、涙目で膝から崩れ落ちる様子が目に浮かぶ。


 エイベルムは、さぞ、狂喜乱舞したにちがいない。


 久しぶりの来訪者にココロから同情する。


 ボクは毛繕いをしながら、


「楽しんでいるのは、あなただけでしょ。こちらのヒトが異世界で足掻いたり絶望するのを見て、喜んでいるのだろう?」


 と言うと、エイベルムはやや恍惚とした口調で答えた。


「当然でしょう? 足掻き絶望するヒトの生き様ほど、彩りに満ちて、胸に迫るものはありません。ククッ、弱くあざとく愚かで悲しくとも、いえ、だからこそ、美しいと思いませんか?」


 コイツ、じつは、神様なんかじゃなく、悪魔なんじゃないかな。というか、一体、ナニする神様なんだろうか? 常々、疑問に思う。


 ニンゲンに捨てられ、忘れられた神様。

 自分がナニする神様なのか、もう忘れてしまったのかもしれない。


「……曲がりなりにも神様のクセに、ホント悪趣味だね。キモいよ。こちらのニンゲンに捨てられ、忘れられたのも当然だ」


 ボクは、前足で顔を洗いながらそう言って、さらに後ろ足で首筋をカリカリ掻いた。


「フフフ、野良猫風情が不敬ですよ。三味線の革になりたいのですか?」


 ボクは声の主に向かって、ニィとないてから、ぺろっと舌を出した。

 三味線の素材に使われる皮は、生後四か月くらいの大切に育てられたネコのモノじゃないとダメらしい。ボクのように成長した野良猫の皮では、傷が多くて使い物にならないそうだ。


「出来もしないコト言っても、脅しにはならないよ」


 そしてエイベルムは、ボクを殺すコトが出来ない。

 ボクを殺せば、神(?)としての存在が更に希薄となり、力も大きく減衰してしまうからだ。


 そうなれば、ニンゲンを異世界に送って、娯楽を楽しむコトが出来なくなる。

 「わたりネコ」を送って、異世界の様子を観察するコトすら出来なくなる。


 「忌々しい野良猫ですね。さっさと渡りなさい」


 首根っこを捕まれる感覚がしたかと思うと、薄暗い坑道に放り込まれ、バタンと扉を乱暴に閉める音がした。



🐈🐈🐈🐈🐈🐈🐈🐈


黒猫が渡った異世界へ行きたい方は、そのまま第3話「ディヴェルト・ライレア」をご笑覧ください。


エイベルムによって送り込まれたニンゲンが渡った異世界へ行きたい方は『ノベリストンアロウ2021』へどうぞ。

https://kakuyomu.jp/works/16816452220223955085/episodes/16816452220224184512

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