ノベリストンアロウ2021

わら けんたろう

序章 奴隷と聖女

プロローグ

「ほら、アレクサンダー坊や。次はこっちの部屋の掃除だよ。グズグズするんじゃないよ!」


 オレが部屋のひとつの掃除を終えて汗をぬぐっていると、メイド長のジーナさんが箒と水の入ったバケツと雑巾を持って立っていた。


 このジーナさんは口はあまりよくないが、いい人だ。

 肝っ玉母ちゃんみたいな女性といった方が分かりやすいだろうか。


 なんだかんだで、この屋敷に来たばかりのオレを気遣ってくれるし、丁寧に仕事も教えてくれる。


 とくにこの屋敷での仕事は、オレにとってひどく戸惑うコトばかりだった。


 まず、とにかく屋敷がデカい。

 いくつもの部屋があり、そのなかには使用しているのかどうかすら疑わしいところもある。


 くわえて、オレは貴族の屋敷で働いた経験などない。

 貴族の暮らしなど、妄想はしたことはあっても実際に目にしたことはない。

 だから貴族の屋敷で働くといっても、何をどうするのか皆目見当もつかない。

 行事や決まり事なども多いようで、それを覚えるだけでも大変だ。


 どうしていいのか途方に暮れるオレを見て、ジーナさんは自らお手本をとなりコツなども合わせて教えてくれた。


 見よう見まねでやってみると、必ず「ほら、やれば出来るじゃないか」と言ってオレの頭を撫でて誉めてくれる。


 ――やって見せ、言って聞かせて、させてみて、誉めてやらねば人は動かじ。


 まさにこの言葉が、ぴったりあてはまる。


「坊や。いいかい? このお部屋は、領主様がお使いになるお部屋だからね。しっかりやるよ!」


「はいっ!」


 まず窓を開けて、棚やテーブルの上などの埃を払う。

 それから埃が立たないように、箒で床を掃いた。

 砂や埃を塵取りに集めて捨てた後、今度は雑巾をバケツの水に浸してギュッと絞る。

 その雑巾で棚やテーブルを丁寧に水拭きした。


 最後に部屋全体の床を水拭きすれば、とりあえず終了だ。


 その間、ジーナさんは花瓶の花やテーブルクロスを取り換え、集めたゴミを捨てたりした後、オレと一緒に窓や床を水拭きした。


「ふむ。良くできるようになったじゃないか。次からは、お前に任せてもいいだろうね」


 オレの仕事ぶりを見て、そう言ってくれた。

 たぶん、誉めてくれたのだと解釈している。


 だが、どうしても納得がいかないことがある。


 ――オレは、いったい何をしている。

 なぜ、オレはここにいる?

 どうして、こうなった?


 今のオレは、「アレクサンダー・ドレイク」。8歳。


 ここへ来てからというもの、屋敷の掃除、庭の草むしり、馬の世話など、くるくるせかせかと働く毎日。


 この屋敷で働く奴隷だ。

 奴隷のように働いているという意味じゃない。

 身分が「奴隷」という意味だ。


 そして、オレはもともとこの国の……、いや、この世界の人間ではない。


 あの日、オレはおかしな神社に迷いこみ、そこでおかしな爺さんに出会い、そしてこの世界に放り込まれた。

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