第1話 オレは、辿り着けるだろうか?

 ついに、この日がやってきた。

 オレはいま、法務省のサイトに釘付けだ。

 

 02015、02017、02020……、02025……。


 ……無い。

 ダメか。


 新司法試験の合格発表。

 そこに、オレの受験番号02021は無かった。

 短答式は合格したものの、最終合格はできなかった。


 オレはガックリと肩を落として、しばらくPC画面の前でボーッと宙を眺めていた。


「やっぱ、キッツいな。また来年か……」

 

 オレは、空良也そらやトオル。二七歳。

 愛知県内にある国立の不老大学法学部を卒業し、無事、就職して二年ほど会社に勤めた。

 けれども法曹になる夢を捨てきれず、不老大学の法科大学院に入学した。


 法科大学院の講義は、学部の講義と違い格段にレベルが高かったが必死に勉強してなんとか食らいついた。


 これまでの人生で、一番勉強した三年間だった。


 しかし、このザマだ。


「……ルリカ。アイツは、どうだったのかな?」


 ルリカは、大学時代からの友人で法科大学院でも同級生。


 とにかく優秀で、成績は三年間首席を維持した。

 彼女が合格出来なければ、ウチの法科大学院から新司法試験に合格できるヤツはいないとさえ言われているほどだ。


 そして、オレが今付き合っているカノジョの親友でもある。


 おそるおそる、某メッセージアプリのトークで結果を聞いてみる。


 しばらくすると、


『おかげさまで、無事、合格できました🌸』


 と返ってきた。

 よかった。少しほっとした。


 だが、こちらの結果について、彼女は何も聞いてこなかった。


 その代わりに入ったメッセージは、


『合否に関わらず、さくらちゃんに連絡してね』


 ………。


 さくらは、今付き合っているカノジョの名前。


 この結果を伝えるのは、かなり気が重い。


「はぁ………」


 ため息しか出ない。

 けれども、伝えないワケにはいかない。


 さくらだって、ヤキモキしながらオレの連絡を待っているかもしれない。


 オレは意を決して、さくらに「ごめん。ダメでした」とメッセージを送った。


 思いのほか早く、さくらから返信がきた。


『お疲れ様。残念だったね。それでどうするの?』


 ………。


 どうするか?

 決まってる。

 このまま終わるワケにはいかない。

 また、来年挑戦するつもりだ。


『また、来年受けます』


 そう送った。


 次の返信は、なかなか送られてこなかった。

 オレはベッドに転がって、明日から、いや今日から次の受験までどう過ごすか考えていた。


 そろそろ夕飯にでも出掛けようか、そう思った矢先、さくらからメッセージが届いた。


『ごめんね。わたし達、もう別れよう。司法試験合格してね。応援してる』


 !?

 は?


 頭のなかが、真っ白になった。

 次の受験までどう過ごすか、色々考えていたことがすべて吹き飛んだ。

 悪い冗談だろうと思った。


 オレは、急いでさくらに電話する。


 ………。


 コールは直ぐに切れた。

 着信拒否されている?


 続けてメッセージを送る。


『会いたい。会って、さくらと話したい』


『もう、トオルとは会いません。会って話したら、きっと別れるのが辛くなる。だから、ごめんなさい』


 ………。


 胸のなかで熱くて重くてモヤモヤしたものが渦巻いている。


 そんな、ウソだろ……。

 何でだよ?


 オレは、そのままベッドの上で横になった。

 胸にモヤモヤしたものを抱えながら、なにも考えられずただ宙を眺めていた。


 さくらと過ごした日々を思い出して、目頭が熱くなった。

 じわじわと湧き上がってくる涙が、枕を濡らす。


 そして、今更ながらに気がついた。


 よく考えてみると、オレは自分勝手に夢追って、さくらを待たせていたことを。


 さくらに司法試験を受けるから会社を辞めて法科大学院へ行くと伝えたとき、彼女は少し寂しそうな顔をしていた。


 ふつうなら、結婚しようって話になってもいい時期だ。


 それなのに、オレは自分のことしか頭になかった。


 オレはバカだ。

 悪いのはオレだ。


 どうして、どうして、さくらの気持ちに気付かなかった?


 なにが、「また、来年受けます」だ。

 アホかっ!

 アホだろ!!


 拳を握って、枕を殴った。

 思い切り殴り付けた。


 その夜は、まったく寝付くことが出来なかった。



 結局、夜が明けても昼頃までベッドに転がっていた。

 さすがに前の晩に夕食を取らず、朝食も取らずに昼まで過ごせば腹が減る。


 だが、身体が自分のモノじゃないみたいに重い。

 オレはその重い身体をなんとか起こして、ベッドから這い出た。


 時計を見ると、もう一四時を過ぎている。


「コンビニでも行くか……」


 自転車けったのキー、スマホ、財布、タバコとジッポライターをポシェットに放り込んで部屋を出た。


 だらだら自転車けったをこいで、近くのロー◯ンへ向かう。


 最近は、ロー◯ンの「三元豚厚切りロースカツサンド」がお気に入りだ。


 昼飯はコレと缶コーヒーにしよう。


 オレはロー◯ンに入ると、飲料が並ぶ棚から缶コーヒーとミネラルウォーターを取り出し、レジの側の棚に並んでいる厚切りロースカツサンドを手に取ってレジへと向かった。厚切りロースカツサンドは、三〇円引きになっていた。


 レジで会計を済ませ外へ出る。


「あぁ、今日はいい天気だったんだな」


 見上げると、雲ひとつない青く澄みわたった空が広がっている。

 太陽の光が、いつもより眩しく感じる。


 そんなあたたかな光を、オレに向けないでくれ。

 そんな光で、オレを照らさないでくれ。


 オレは昼飯を籠に放り込むと、ペダルを踏んで自転車けったをこいだ。


 真っ直ぐ部屋へ帰らず、ふらふらとあてもなくペダルをこいだ。


 ずっと遠くの方にくっきりと山が見える。

 この道を真っ直ぐ行けば、あの山に辿り着けるだろうか?

 オレは、あそこに辿り着く事ができるだろうか?

 いつになれば、オレは辿り着けるだろうか?


 オレは遠くに見えるあの山に向かって、思い切りペダルをこいで自転車けったを走らせた。

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